第24話 オン・ザ・ビーチ


 おとぎ話に出てくるような王子様が、もしホントにいるのなら、彼のような人だと思う。

 少なくとも、藍原美波にとってはそうだった。

 ここ、土那島のビーチに降り注ぐ真昼の太陽の光が、海水に濡れた彼の体に打ち付けては照り返す。

 それにより彼――黒河司の姿は、いつもよりいっそう輝いて見えた。




「海だー!」


 浜辺につくなり、美波はお約束のセリフを叫んだ。

 司は美波のはしゃぎように「海ならさっきからずっと見えてただろ」と苦笑しながら答える。


「だって、船の上からじゃ泳げないでしょ? ビーチはやっぱり特別だよ」


 たしかにそうだ、と司は思った。海なら釣りに行くたびに見ているので珍しいものではないが、こういった島の中の砂浜というのは特別感がある。


 ここは、土那島の浜辺。美波の祖父母が切り盛りする民宿の近くにある砂浜だ。

 島までの道のりは知り合いの船乗りに頼んで船に乗せてもらった。その移動手段からして、なかなか得難い体験だったと思う。


 何より、自分たち以外に人がいないというのが素晴らしい。

 さざめく波の音どころか、潮風さえも遮るものがなく、すべてありのままを感じられた。


「……本当に、僕たちだけしかいないんだね」

 創一が言った。小柄な体に半袖のシャツ、半ズボンのようなサーフパンツを履いた姿。それはまさに少年といった出で立ちで、何度見ても吹き出しそうになる。


「そうだよー。ね、すごいでしょ? 来てよかったでしょー?」


 美波はにこにこしながら、両手を広げ、つま先を軸にしてくるりと回ってみせた。


「そうだな。ほんとにいいところだ」

「でしょでしょー。イヒヒッ」


 司が同意を示すと、おかしな笑い方をする美波。そのテンションの高さに苦笑しつつ、司は海に向かって両腕を広げた。

 太陽の光を全身に浴びる。

 そのまま大きく息を吸うと、潮の香りが鼻孔を満たした。


 何を隠そう、司は海が好きだ。

 普段釣りに行くような漁港も好きだが、やはり美波の言う通り、砂浜は特別だと思った。

 遮る物のない砂の地平と、波打つ水平線は、その場にいる者を開放的にさせる。

 そうして風を受けていると、どこか熱を持った視線で見つめる美波と目が合った。


「そ、そうだ。アヤヤも早くこっちに来なよぉ!」


 美波は頬を赤らめながら、何かをごまかすように後ろに振り返って声をかけた。

 後方では、恥じらうように上着をぎゅっときつく抑えた彩女が、司たちの様子を伺っていた。


「は、はい……。すみません。やはり人前に肌を見せるのは恥ずかしくて」

「もー。ほんとに恥ずかしがり屋さんだなぁ。アヤヤ、プールのときだっていつもそうだもんね」


 美波いわく、彩女はプールの授業の着替えのときも、肌を見せるのを恥じらって部屋のすみで縮こまっているらしい。水着に着替えたあとも、プールに行くまでの間にもう一苦労あるとか。

 最近ではそんな彩女の様子が面白くて、他の女子たちによく弄られているらしい。想像するだけでも、男子にとっては羨ましい光景だ。

 そんな彩女は、少し暗い顔をしながら、つぶやくように言う。


「だって……こんなのお目汚しでは……」

「アヤヤ、そんなことないって!」

「そうそう。あんな綺麗だったのに――」

「え?」

「え?」

「あぅ、つ、司さん!?」


 しまったと思うもつかの間。司の痛恨の失言に、美波と創一がそろってこちらのほうへと白い目を向けた。

 創一は若干苦笑混じりに見ているので、誤解されているにしてもまあいい。だが、美波のほうはまったくの無表情で、普段とのギャップが恐ろしかった。

 彩女のほうはというと、湯気が出そうなくらいに真っ赤になってうつむいている。どうやら助け舟は期待できそうにない。


「待て、今のは……」

「え、司くんもしかして……」

「美波、誤解だ!」

「やっぱ司くんはすみに置けないなぁ」

「創一、本当はわかってるくせに煽るな!」

「違います。あれは、私が悪いんです……」

「いや、彩女が悪いんじゃなくて俺が……って、ああもう!」


 司は慌てて弁明する。だが、誤解する美波と慌てる彩女、さらにそれを駆りたてる創一とあっては、そう簡単には収集がつかなかった。




 混乱した場がなんとか収まると、今度は水着のお披露目会になった。

 男子二人の水着の披露はあっさりとしたものだった。というより、司も創一もズボン代わりに履いてきていたため、上に着ていたシャツを脱ぐだけでよかったのだ。

 美波は「面白くない」とぶつぶつ言っていた。


 対して女子二人のほうは司や創一にとっても期待度が高かった。

 なにせかたやクラス1の美少女に、かたやミステリアスで浮世離れした少女の水着姿なのだ。

 スタイルのいい美波の晴れ姿は楽しみだし、彩女がどんな水着を着て来たのかも興味深い。


「それじゃ行くよぉ。アヤヤも準備はいい?」

「う、うぅ……。わかりました。覚悟は、決めました」


 彩女は目に涙を浮かべながら、苦痛に耐えるような表情で美波の言葉に答えた。

 ――彩女にとっては、それほどのことなのだろうか。

 司は少しだけ彼女をからかってみたくなった。


「いやー、乙女の恥じらう姿もそそるものですなー」

「ひぅっ」

「あー。司くんのエッチ! そんなこと言うと見せてあげないよ?」

「……ごめん。見たい。見せて」


 司、彩女、美波の漫才のようなわざとらしいやり取りに、創一が「アハハ」と楽しげに笑い声を上げる。

 美波はそれに満足したように微笑むと、ぽんぽんと彩女の背中を叩いて合図をした。


「それじゃ、行くよぉ」

「は、はい!」


 美波が楽しそうに上着に手をかけると、彩女も意を決したように深呼吸をしてからそれにならった。

 司と創一、二人の男子は期待を込めた眼差しで身を乗り出し、それを見守る。


 合図と同時に、美波と彩女の二人は、身にまとっていた上着をばっと投げ捨てた。


「じゃーん! これが私とアヤヤの水着でーす!」


 その瞬間、四人の間に歓声が巻き起こった。


 美波の水着は、胸の下で布地が交差したクロスビキニと呼ばれるタイプ。

 ボリュームのあるバストを覆うトップスは水色の生地で、交差した布地が胸を支えつつ引き締まったウェストを引き立てている。

 蒼い花柄のボトムスが可愛らしくヒップを包んでいて、彼女の亜麻色の髪とチャーミングな表情によく似合っていた。


 彩女が着ているのは、肩紐のないチューブトップで、胸元にフリルのついた白色の水着だった。

 きめ細かな肩や腕を晒しながら、フリルが胸元にボリューム感を与えている。このような水着は、スレンダーな体型によく似合っていた。

 ボトムスはシンプルな白一色で、こちらも鍛錬によって磨かれた美しい肢体がよく活かされていた。


「……いい」


 司は呆然と、ただそれだけを口にした。

 頬に熱が灯るのがわかった。


「わあ! 二人とも、よく似合ってるよ!」


 創一が楽しそうに手を叩いた。つられて、司も拍手をする。

 創一のほうは、意外とこういうのに慣れているのだろうか。動じることなくうんうんとうなずきながら二人を褒めている。


「ふへへー。でしょでしょー? 司くん、創一くん、ありがと♪」


 美波が嬉しそうに両手を広げて一回転した。素晴らしいサービス精神だと司は感動した。ああ、本当に素晴らしい――。


「は、恥ずかしい……」


 対して彩女は照れたように赤面しながらもじもじとうつむいている。こちらはこちらですごくいい。


「俺、今日来てよかった……」司がしみじみと言った。


「えへへ。そんなに喜んでもらえるなんて、アヤヤ、一緒に水着選んだかいがあったね」

「そ、その……はい……」


 彩女は少しでも露出を抑えたいのか、自らの体の前面を両手で抱いている。

 だが、それは無駄な努力だった。そのような仕草は、思春期の男子をより喜ばせるだけなのだ。

 司は今回の一番の立役者の美波へと向き直る。


「とりあえず……美波」

「ん? なーに、司くん」

「――グッジョブ!」

「いひひっ。ぶい!」


 司が親指を立てて見せたので、美波は満面の笑みでピースを返した。

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