68 化け猫ユエ 帆多 丁様
「ちょっと五分だけ大丈夫ですか?」
仕事中、作業療法士の先生に呼び止められた。
学生時代の恩師であるA先生の元同僚であり、自分の学生時代に、実は作業療法の体験をさせてくれた先生だ。まあ正直、ちっとも覚えていなかったけど。ひどい記憶力である。
とはいえ、一年間作業療法を実践して頂き、集団に及ぼす影響や凝集性による変化というもの実感として経験させて頂いた。個別的な支援も大切だけれど、集団に対するアプローチ、集団に属することにより役割を担い、個人の肯定感を増幅させ、プラスの行動を起こさせるという見解は、今までの自分にはなかったものだ。新しい知識を与えてくれた、今や恩師と呼べる人物だ。
そんな先生に呼ばれる時というのは、大抵何か困ったことがある時だった。新しいグループ編成についてどうしようかとか、新人の子が他の職員とうまくいっていない様子だとか、〇〇さんの調子が悪い様子だとか。
少しだけ気合を入れなおして、「わかりました」と返事をして、呼ばれるがままにホールへと移動した。
そこで待っていたものは、おもちゃに近いウクレレとキーボード。
「作業療法の一環で二人がセッションするので、遠藤さんはいとしのエリーを熱唱してください」
めっちゃ真面目なテンションで来た私の意気込みを返して!
問題ごとが10個くらい思い浮かんで微妙に暗い気持ちになったでしょうが!
でも、本当に問題だったのはそういうことではなくて
「すいません、実はいとしのエリーをサビしか知らないです」
「えっそうなんですか。世代の差が……」
そんな作業療法士の先生は、少し悲しそうな表情でした。
で、その晩。
私は「いとしのエリー」をアイチューンで買いました(255円)
化け猫ユエ 帆多 丁様
https://kakuyomu.jp/works/1177354054896395656
猫の右目にヒトの左目、大きな平笠をかぶった西方の呪い師、ユエ。
眼球に宿る使い魔リールー。腹ペコを訴える下腹の居候。
呪い師の娘は今日も行く。呪いとともに、生きて行く。
まずは、文章の雰囲気がとても良いですね。
鮮烈な文字遣いと知らなければ読めない本格的な仮名遣いは、一瞬で心を張り詰めた宵闇に連れて行ってくれるようです。
灯火、霊銀、筵屋根。
こういった言葉がラブコメとかで出てきても、物語の雰囲気とはマッチしないことでしょう。
和風色に彩られた化物譚ファンタジィだからこそ、とても引き立つ文体ですね。
女性ばかりを喰らう犬を退治するために、化け猫の能力を駆使して戦いを挑むというのが本筋。
特に惹きつけられたところは、本筋の巧みさやギミックによる驚きというよりも更にあります。
ユエ、右目に宿る使い魔リール、下腹の居候、三者の関係模様です。
能力とか戦いぶりとかは順当な感じがするのですが(コラ)、面白く感じたのは一人の人間の間に三様の生き物がいるのです。あっ、三者三葉の話ではありませんよ。腹黒メガネ委員長が可愛いというかなんというか、なんとなく好ましいとか、そういう話じゃないですからね←三者三葉の話はやめろ
ネタバレ気味に語るのあれば、ユエの下腹辺り、というかもう書いてあるので言っちゃいますが、子宮には何かが宿っている。
何がかということは、読めば明確に書いてあるのですが、言うなれば幼い傲りの代償です。
使い方という表現は、この場においては適切ではない。
例えば、野原にライオンがいたとする。金色の鬣をもち、鋭い牙に精悍な瞳。
もし初めて目にしてしまったのなら、かっこいいとか怖いとか、単純な感想を抱くかもしれない。
けれど、ライオンのことについてある程度のことを理解していて、自分なら飼いならせるなどと思ってしまったら。
何かを間違えれば、痛い目に合うかもしれませんね。ライオンには爪も牙も瞬発力に長けた足があるのですから。
世の中には取り返しのつくことと取り返しのつかないことがあります。
そして、取り返しのつかないことに遭遇してしまったら、そんなどうしようもない取り返しのつかなさと共に生きて行かなければいけない。
罪に対して罰がある。けれど、罪の償い方があるとは、限らないんですよね。
ユエは子宮の暴走のたびに、とある変化をします。変化という表現では易しすぎるのかもしれないので、はっきりというと、失っていきます。
かつては目を失い、使い魔を失い、そして自分自身を。空白に向けて解体されるように、どんどんと。
生きて行くことは、必ず何かを失っていくものだ。
なーんて名言っぽくお茶を濁すとしたら、ある意味この物語を美しく飾れるのかもしれないですね。
けど、そんな月並みの感想を持ったわけではないのです。失っていくといいつつ、人生では失うと同時に何かを得ていることが多々あるのですから。
職を失う代わりに、時間や自由を得る。
時間を失う代わりに、対価として金を得る。
人間との関係を失う代わりに、他者との距離を得る。
でも、ユエはただ、失うばかりなのだ。
喪失と獲得が同時に交換されていくことが人生ならば、ユエのそれはもう人生ですらない。
幸福という観点から見るならば、償う方法も与えられず、生きている限り喪失の続く彼女の人生は、幸福と言えるのだろうか。
失う度に、ユエは死んでいるようなもんだ。新しい自分を得ているともいえるけれども、完全に自分が自分でなくなる日はくるのだろう。
物語に救いは、絶対に必要だとは思わない。
おそらく、どうあっても救われない。
それでも、一つの希望を残しておいてくれている。
それが、ユエとリール―の関係だ。
ユエは失っていくけれども、リール―は、その様をずっと見ている。
だって、今のリール―は瞳なんだから。
厄介な三様の魂の物語は、どう続いてもいいしどう終わってもいい。ラブコメならきっと、誰かと誰かが結ばれるだろう。ミステリーなら事件に、なんらかのピリオドが打たれるだろう。
本当に珍しく、この物語はきっと、どのような結末を迎えても、納得はできるし、納得ができない。
救われようとも報いが進行しようとも、それでいい。
ただ失っていく物語。
失って死に代わって、それでも生きている、化け猫らの物語だ。
約250万7千
おっ、珍しくlineがきた。しかも妹ちゃんからじゃん。珍しい。
お兄ちゃんに会いたくなっちゃったのかなあ? もうしょうがないなあ、なんだかんだで可愛いんだからでっへっへ←誰かコイツをヤレ!
「もうすぐ自分の誕生日だよ」
ソウダネ
ナニガホシインダイ?
「バッグか財布」
次回予告
遠藤の財布から、有り金全部抜く
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