46話 解決へと向けてⅠ

 翌日の放課後。

 ボクはグリンダと共に商店通りの路地裏、クライン君が発見された場所に来ている。

 そこは道が入り組み、立ち並ぶ建物によって周囲はとても薄暗い。たぶん昼間でも薄暗いと思う。そんな路地裏をさらにずっと進んだ奥、木箱が乱雑に放置されている一本道の途中でクライン君は倒れていた。

 事件当時はもっと大量の木箱や樽、廃棄物で溢れていたとアルフォード先生は言っていた。だけど今はまるで証拠を隠滅するように、綺麗に片づけられていて、地面に残る汚れや跡だけが当時の状況を物語っている。


「どうだマリア、何か匂いは残っているか?」

「……ダメだ」


 魔法で嗅覚を強化して、地面にぴったりと鼻を近づけて匂いを探っているけど……この匂いたぶんアルフォード先生や、その後にここを訪れた他の先生たちの匂いだと思う。それ以外には……。


「不審な臭いは残ってない。もしかしたらと思ったけど……」

「そうか、だがこれで一つ分かった。クラインは襲われた後にここへ運ばれたんじゃなく、ここで襲われた」

「うん、たぶんあそこの突き当りにいたと思う人物と会う為にここへ来て、物陰に隠れている共犯者に後ろから襲われた。目立った外傷が無かったのは、抵抗をする暇も無く後ろから襲われたから」

 とするなら、誰に会いに来たんだろう?」

「とするなら、誰に会いに来たのか?それさえ分かれば犯人の目星はつくんだが…分かっているのはクラインが何者かに会いにここへ来たという事だけだ」


 そう、ラディーチェ君の話ではクライン君はその日、誰かに会いにここへ来て襲われた。

 犯人が複数犯であるのは疑いようのない事だから、主犯か共犯者のどちらかさえ分かれば後は芋づる式で、あっという間に全員を捕まえることが出来る。だけど分かっているのは、何者かに会いに来たという事だけなのだ。

 それでも物事を時系列に並べて、当時の状況を想像してみれば何か分かるかもしれない。


 ボクはクライン君が倒れていた場所に立って、当日の状況を頭の中で再現する。

 当時は夜、つまり真っ暗な路地裏を僅かな手持ちの灯を頼りに進み、一本道の突き当りで待ち受ける何者かと面会する。もしもボクだったら?きっと何時襲われても良いように警戒する、当時は人が隠れ潜める場所に溢れていたのだから。

 きっとクライン君も同じように警戒していたはずだ、今は治安が回復したけど以前の南部は治安が悪かったと、前にクライン君が話していた。だから警戒していた筈なのに…つまり警戒を必要としない相手だった?

 もしくは警戒こそしていたけれど、襲われるとは考えもしない相手だった?

 いや、そんな相手だったらわざわざ夜に、こんな場所で会う必要は無い。

 そうなると堂々と会えない相手に会う為に、当日の夜にクライン君はここへ来た。


「そうなると…犯人は学園側の誰か?それも名前を伏せる必要のある相手」

「その線は確かに説得力はあるが、学園側としては今回の事件が起こるくらいなら署名活動をされた方がマシだった筈だ。リスクに対してリターンが少な過ぎる、むしろ大損だ」

「うん、だけど学生の犯行には思えないし、外部の犯行なら警察の捜査網に引っかかっている筈なんだ。捜査網には引っ掛かっていないし、学生にはとうてい無理だ」


 イリアンソス中のお医者様がこれ以上、容態が悪化しないようにするだけで精一杯。原因は皆目見当がつかない、そんな犯行を、手段を学生が持っているとは思えない。そもそもどうやって外傷も与えずに、相手の意識を奪い昏睡状態にさせたんだろう?

 意識を奪う…クロロホルム?いや、あれはドラマとか誇張されているだけで、意識を奪う事は出来ない。それに薬物ならお医者様たちが症状から推測出来る。

 後は…毒、毒?そうか、もしかしてエドゥアルド殿下はもう原因が何か分かっていて、それでサラさんを王都から呼び寄せっ!?


「マリア?」

「グリンダ、静かに…振り返らずに」


 ボクの緊張した声に、何か異常事態が起こったのだと理解してくれたグリンダは、静かに何時でも動けるように身構える。

 ……いる。

 ボクは袖から投擲用のナイフを取り出して、何時でも投擲できる態勢を整えて感覚を研ぎ澄ませる。

 距離は?たぶん約5メートル

 位置は?斜め右後ろ…木箱の上!




♦♦♦♦



 姉様とグリさんは大丈夫でしょうか?とわたくしは本日、この億劫な集会に参加して何度目かの物思いに耽ていました。一番危険を伴う役割だけに、大丈夫だと確信を持っていても、心配なのは心配ですの。


「つまり、秘密倶楽部は間違いなく都市のどこかに拠点を持っている。ただ俺達が学生という事から土地の所有者は非協力的だ。そこで法に触れるかもしれないが、正義の為に秘密裏に調査をしようと思う」


 突然、学生が怪しいからお宅を調べさせろと現れたら、協力的な対応をされる方は普通にいませんわ。ましてや、正義を掲げても法を破っていいなどという道理も存在しませんの、なのでそこに関して、ネチネチと指摘しましょう。


「現在、他の都市から警察の応援が駆け付けていますわ。そんな状況下で夜半に無断で、侵入しようとすれば、間違いなく即座にわたくし達が捕まりますの」

「メルセデス嬢!そんな後ろ向きではバーナード・クラインの無念は晴らせないぞ!」


 クラインさんはまだ死んでいませんわ、と言いたいのですが今は平然と、考え無しにレオさんの逆鱗を、オズワルド殿下が触れてしまいましたので、激昂するのを耐えるレオさんを宥めるのを優先して、指摘するのは止しておきましょう。

 それにしてもレオさんはいったいどこから、こんな唸り声を上げるのでしょうか?

 まさに威嚇する猫が如し、ですわ。


「レオさん、姉様は何か確信を持っていましたの。それに王都から高名な医師が来られればクラインさんの様態も快方に向かいますわ」

「分かっとる。それにしても気に食わんわあの王子」


 周囲に聞こえないように気を払って、小声でそう言うと、レオさんは嫌悪感を隠さず悪態をつきました。お気持ちは分かりますわ、実兄を恐れて今までずっとわたくし達の後ろに隠れていた。

 そんなオズワルド殿下が、事件が起こり状況が混乱すると我が物顔で中等部の王統派を手中に納めた。わたくしだって気に入りませんわ、ですからここは出来うる限りの手段を用いて、足を引っ張って差し上げませんと!


「そもそもの話で、殿下は何ゆえに外部へ目を向けさせたがるんですの?」

「は?いや、相手は秘密倶楽部だぞ?なら学生区の内部にはいない筈だ。いたら学園側が把握している」

「だとしたら、既に警察が尻尾を掴んでいますの。掴んでいないという事は、学生区内か…下手をするとイリアンソスの外にいるかもしれませんわ。最初から可能性の全てを排するのは悪手、ですの」

「いや…いや!それでもだ、学生区内には絶対にいない」

「どうしてそう思われるんですの?」

「それは…今も活動を続けてるのは七人の姉妹だけだという噂だ。それ以外は学園側によって摘発されて解散した。なら活動の場は学生区の外だ」

「集会場所まで学生区の外、となると不都合があります。拠点を分散して配置しているかもしれませんわ。それを踏まえれば外だけに目を向けるのは些か、短絡的ですわ」

「…そうれなら逆に学園側に見つかっている筈だ。学園側の目から逃れているのなら、必然的に学生区の外しかありえない」


 斜陽に染まる図書館内で、矢継ぎ早に自分の推理の穴を指摘されて言葉を詰まらせるオズワルド殿下。ですがその話しぶりは、学生区内に目が行かない様にしているように思えました。

 何を理由に確信を持っているのか?何度も問いただしていますが、どうにも証拠とするには説得力の乏しい事ばかり。確信を得るにはあまりにも不十分で、雄弁に語っているから周囲は信じていますが、冷静な方は既にオズワルド殿下の考えに懐疑的になっています。

 何より不思議に思うのは、あれ程までに争う事態を避けて来た兄との、全面対決の姿勢を見せ、隠していた牙を剥きだした事。その行動はまるで、こちらが地盤を固めて、場を整え終えるのを待っていたかのように思えますわ。

 そう考えると、とも言えます。

 今回の事件、予想以上に複雑に入り組んでいそうですの。

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