45話 事態は混迷を極めて……Ⅲ

「なんちゅーか……八つ当たりしてもーて、すまんかった」

「いいよ、気にしてない」

「問題ありませんわ、友人というのは時として友の思いを正面から受け止めるものですの」

「二人と同意見だ、だが次からは必要以上に溜め込むなよ」


 ため込んでいた不安や焦りを、涙と一緒に全て出し尽くしたレオは、ばつが悪そうに、だけどとてもスッキリとした表情で謝罪の言葉を口にして、ボク達はそれを受け入れて、取りあえずは一段落。

 したのだけど、問題自体は解決していない。

 レオが冷静になれたのは良い事だけど、一番の問題は学園を包み込むこの不穏な空気を、如何にして解決するか?エドゥアルド殿下が色々と動いてくれているけれど、中等部で巻き起こっている犯人探しという大問題は、ボク達がどうにかするしかない。

 するしかないのだけど、王統派は完全にオズワルド殿下の手中。

 貴族派は…セドリック殿下自身は、それよりも身の安全を守る事を優先しようと最初は言っていたけど、周りの勢いに押されて先頭に立って、動くしかない状況。革新派は元々が一体感の無い、別々のグループを無理やり一纏めに扱っているだけだから、誰がどう動いているのか?それは分からない。

 現状は学園側へ向かっていた矛先が、犯人に向けられている。

 どの勢力が犯人を捕まえても、どう転んでも事態は好転しない。

 さて、どうするべきなのか?どう動くべきなのか?

 ボクには皆目、見当がつかない。


「では、ここで提案ですの!」

「提案?メルは何か良い考えがあるの?」

「もちろんですわ姉様、名案…とまではいきませんが、全てを有耶無耶にする形で終わらせる妙案ですの」

 

 全てを有耶無耶にして終わらせられる妙案…一体どんな内容なんだろう? 


「簡単ですわ、まずは二手に分かれますの」

「二手に?」

「ええそうですわグリさん、わたくしとレオさんがオズワルド殿下の足を引っ張り回し、そして姉様とグリさんが犯人を捕まえますの」

「……それがメルの言う妙案?だけどそれならオズワルド殿下を補佐して捕まえるのと変わらないんじゃ?」


 ボクやメル、そしてグリンダとレオ、つまりボク達は王統派。

 どういう言いつくろおうと王統派が犯人を捕まえた事になる、それはオズワルド殿下が中心となって、王統派の生徒が犯人を捕まえるのと同じなのでないのだろうか?だけどメルははっきりと違うと言い、訝しむボクの目線に不敵な笑みを浮かべる。


「姉様の言う通りですわ、ですが私達わたくしたちが捕まえたという事にするのではなく、あくまで警察が独自に捜査して捕まえたという事にすれば、どうなりますの?」

「どうなる……そうか!」


 学園側にとって、誰が犯人を捕まえても良い。それこそ捕まえた勢力を厚遇して、他の勢力よりも優位に立ったという体歳さえ整えれば、自然と再燃している学生同士の対立がさらに激化し、学生同士だけの争いに戻る。

 学園側にとって一番嫌な、中等部が一丸になるという事態は避けられるし、都合よく犯人を手中に収めれば、自分達に都合の悪い証拠も握り潰せる。

 だけど警察という第三者が捕まえたのなら?

 それは学園側が最も嫌な展開になる。

 まず犯人逮捕の功績は警察、第三者の物。

 そして同時に学生が襲われ今も昏睡状態だというのに、打開策の一つも取れず、逆に学生同士の対立を放置する学園側の失態が、白日の下に晒される。認められ続けて来た、高い独立性が生んだ弊害として。

 都市議会は大手を振って学園運営に介入できる。


「成程な、そうすりゃあおまけで元々の目的も達せられる―ちゅうわけか」

「だがそうなると…犯人は学園側、理事長派の教師という事だろうか?今回の事件で一番利を得ているのは学園だ」


 言われてみればそうだけど…だとしてもリスクが高すぎる。

 イリアンソス中から名医を呼び集めて、何とかクライン君の容態の悪化を防いでいる。もしも彼が死んでしまったら?間違いなく都市ではなく国が介入して、コンラッド理事長は相応の罰を受ける。

 ただ都市議会の介入を防ぎたいとか、中等部が一丸になるのを防ぎたいというのなら、無理やりでも罪を作って、ボクやメルを退学した方がまだリスクは少ない。


「グリさん、まだ犯人の目星をつけるには早すぎますわ。最初から断定して進めると、不都合な証拠を前にした時、目を背けて真実から遠く事になりますわ」

「そうだな…ただ疑問なんだが、この組み合わせの理由は?私とマリア、メルとレオ、冷静に考えるならメルとレオが犯人捜査に回った方が良いんじゃないか?」


 うん、それはボクも疑問に思った。

 推理力の面だと、それこそメルとグリンダの二人が一緒に行動した方が効率が良い、そしてレオは獣人で鼻がボクよりもずっと利く。魔法で底上げしているだけのボクとは違って、警察犬のように鋭い。

 オズワルド殿下の邪魔立ては、ネスタ兄さんとエドゥアルド殿下を助力があれば、わざわざメルとグリンダの手を煩わせなくても、ボク一人で何とかできる。相手の考えを読んで、先回りするのが執事道にとって必要な技能。

 ロバートさんには及ばなけど、少しは相手の考えを読んで先回り出来るようになったのだ。


「それに関しても、簡単明白ですの。レオさんは犯人を前にして冷静でいられるか?ですわ。わたくしの考える限り、問答無用で犯人を私刑にされてしまうと確信してますの」

「否定はせーへん、実際になってみんと分からへんけど」


 メルの指摘に、レオは頭を掻きながらそう言ってm鋭い目つきになる。

 あの目…ボクはあの目を知っている。

 セイラム事変の時、壊れた狙撃銃を片手に戻って来た、人を殺めて帰って来たララさんと同じ、鋭くて暗い瞳。クライン君を傷つけられたことを、誰よりも許せないレオはきっと、自分がしてしまう事を理解しているんだ。

 

「そうか、なら私はこれ以上何も聞く事は無い。友人が捕まる姿は見たくないからな、それと私からも一つ、これは質問ではなく提案。メル、地下室に隠してある銃をレオに貸してやれるか?それとマリアにも携帯させてやって欲しい」

「銃を?ええと…メル?」

「はぁー…事態が事態ですから仕方ありませんわ、人前で必要に迫られない限り使用しない、というのを条件に許可しますわ」


 メルはため息をつきながら、グリンダの提案を承諾する。

 普段は危険、危ない、そもそも御法度とナイフを袖に忍ばせる事にも難色を示しているメルも、今回の事態が事態だけに仕方が無いと割り切ってくれたみたいだ。

 

「さて、それでは当面、別行動になりますし、エド先輩に頼んで再びダンテスさんを派遣してもらいましょう。姉様は一日中、イリアンソスをグリさんと一緒に動き回るわけですし、以前のように倒れられてはかないませんわ」

「そうやな、どうせ真っすぐ寮に帰らんとあっちこっち嗅ぎまわってるやろうし。それで変なとこと行って、バカやられたらたまったもんやないしな」


 この後、ボク達は明日からどう動くのか、それを何度もうち汗をしてから、翌日に備えて早々に眠りについた。

 必ず、クライン君を襲った犯人を捕まえるという確固たる決心と共に。

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