32話 君の中の思いは色褪せてもⅣ
最初に出会った頃はまさに美少年!という面立ちだったけど、今はネスタ兄さんに負けず劣らずの美男子に、アレックスは成長していた。
精悍で凛々しく、野性味はさらに磨きがかかり、大人び始めた相貌はネスタ兄さんのように、女性を見つめただけで魅了してしまいそうな。
そんな美男子にアレックスは成長していた……あれ?だけどネスタ兄さんやダンテスさんは、アレックスの事をセドリック殿下って……どういう事だろう?
ボクの記憶に誤りがなければ目の前の美男子は、アレックスだ、アレックス・ベイツだ。
アーカムでグリンダ達に襲われていたボクを助けてくれた、淑女の酒宴にグスタフさんと一緒によく来てくれた、解放祭を一緒に楽しんだアレックス、でもネスタ兄さんもダンテスさんもセドリック殿下って呼んでいる。
どうしよう、久しぶりに頭が混乱して熱暴走を起こしそうだ。
「おい、俺はセドリック・ライオンハートだ、王太子が第一子にして第一王孫である、名を言い間違えるは非礼だぞ?しかし初対面であるならば、この非礼には目を瞑る」
「……ふえ?ちょっと待ってよアレックス、ボ…ボクだよ?マリアローズだよ?初対面って、あ!そうだよね、今は髪の色を変えてるから分かり辛いよね……」
何で、何でそんな冷たい目でボクを見るの?
それに君は…アレックス・ベイツだよね?
でも二人はセドリック殿下だって…ボクの見間違えなのかな?初対面だって言ってるし…そんなバカな!ボクが君を間違える筈がない、一緒に過ごした時間は僅かだったけどあの時、初めて出会った時のことを、ボクは昨日の事のように思い出せる!
解放祭を一緒に楽しんだことも!
ラフタ灯台を二人で上ったことも!
ボクは覚えてる。
それに再開の目印である、片翼の鳥のペンダントを君は!今も首にかけてくれているじゃないか!?
ボクはアレックスに見えるようにはっきりと、隠すように首にかけている片翼の鳥のペンダントを取り出す。
きっと忘れているだけ、これを見たら思い出すに決まってる!
確かにボクは生死不明ということになっていて、それでとても心配をかけてしまって、グリンダも再開した時に怒っていたから、そうさ!アレックスも怒って知らないふりをしているだけだ。
「……アーカム土産の定番だったか、このペンダントは。確かに俺は一時アーカムに滞在していた時期はある、だがそれだけで面識があると思われるのは困る。何度も言うが俺は、お前を知らん」
「嘘だ!?信じないぞ!あの時、ボクは君と、イリアンソスで会おうって約束したんだ!ボクを、ルシオ・マリアローズを忘れたなんて、絶対に信じない!」
「ルシオ…マリアローズ?ああ、国家反逆罪の逃亡犯か。それならば、なお知らん、犯罪者と面識を持つ趣味はないんだ」
なんで…なんでそんな冷たい目でボクを見るんだ。
ずっと会いたかったのに、ずっとずっと、辛いことがあっても、苦しいことがあっても、ボクは君を忘れたことなんてない!
なのになんで、嫌だ…そんな目でボクを見ないで!
そんな冷たい、鬱陶しいモノを見る冷たい目でボクを見ないで!
忘れたなんて言わないで!
「ただの下男の妄言として聞き流し忘れる事にするが、犯罪者の名前を自らの名前と公言するのは、お前の仕える主や周囲の者への悪い風評に繋がる。もう少し考えてから言え」
「…………」
本当に…アレックスはボクを忘れたんだ。
あの時交わした約束も、アーカムで一緒に過ごした日々も、何もかも。
記憶の片隅に、欠片も残ってないんだ。
「マリア!?」
「マリアローズさん!?」
何だろう…それが分かったら胸が苦しい、それに痛い。
視界も少しぼやけて、瞼が熱い。
「ふう…頭が冷えた。ダンテスさん、先程は感情に任せて失礼な事を言った、すまない。それとネストルさん、確かに俺はここへ顔を出すのはよろしなさそうだ、次からは叔父上の屋敷へ直接赴く。そえとええと…そこの泣いてる下男」
泣いている下男?
ボクの事だ、ボクは今、泣いてるのか。
「二度と、俺をアレックスなどと呼ぶな。それとマリアローズだとも言うなよ?気でも触れたのかと思われるぞ、お前の周りの者達もな」
アレックスはそう淡々と告げると、ヴェッキオ寮を後にする。
ボクはただ、その背中を見る事も出来ず呆然としているしかなかった。
♦♦♦♦
「どういう事ですの!」
会合を終えたメルセデスがヴェッキオ寮へ戻ると、普段なら笑顔で出迎える筈のマリアローズの姿が見えず、代わりに淡々とダンテスが出迎えた時、メルセデスは何か家事をしていて、手が離せないのだと思った。
し自室で涙で瞼を腫らし、呆然と自分を出迎えたマリアローズの力ない悲壮な姿を見るまでは……。
「なんで楽しそうにされていた姉様が!あんなお姿になっているんですの!?説明をしてくださいまし!」
「そうだ!マリアがあそこまで落ち込むなんて、私は初めて見る!」
「何したんや!マリやんに何したんや!?」
「分かった!説明するから落ち着け」
「お三方、手を放してください。ネストルさんも深い事情を知りませんし、知っているのは私を含めたごく少数ですので、
メルセデス、グリンダ、レオノールの三人は何があったのか?ネストルに掴みかからずにはいられなかった。しかしマリアローズがセドリックにお前なんて知らない、と言われたという事実以上の事を知らないネストルに、説明のしようがなく。
さっと間にダンテスが割って入り、三人に説明を始める。
まだマリアローズがアーカムに住んでいた頃に、アレックス・ベイツという偽名でセドリックはマリアローズと交流を深め、お互いに再開の約束を交わした仲だという事。二人は再開こそしたがセドリックはマリアローズの事も、約束も何一つ覚えていなかった事。
そしてマリアローズはその事実に深く傷つき、声を押し殺して泣き続けていた事を、ダンテスは三人に説明する。
グリンダはあの時のいけ好かない奴がセドリックだったという事実に驚き、マリアローズが何度も再開を待ち望んでいた相手が、セドリック殿下であったことに、アレックスという少年の話を、マリアローズから聞いていたメルセデスとレオノールの二人は驚く。
「殿下とマリアローズさんの関係は私を含め、グスタフ殿とレオニダス、それとベルベットさんやアグネスさんなどのごく少数、殿下に関しては…正直に言いますと任地に赴く前にお会いした際、確かに再会を待ち望んでいると口にされていました」
「それなら何で忘れたんや!ありえへんやろ?ちょっち分からなくなるんは分かるで?それでも皆目知らんはおかしいやろ!?」
「ええ、イリアンソスの屋敷へ移られてから管轄違い、何より私自身は別の任地にいましたので、仔細は又聞き…ですが少なくともアーカムから戻られた殿下は、将来を待望される成長ぶりでした」
ダンテスの説明を聞きながら三人は少しずつ冷静になって行く。
今、混乱し困惑しているのは何も自分達だけではなく、普段の姿からは想像の出来ない有様のマリアローズに、ダンテスもまた酷く困惑しどうしたらいいのか?皆目見当がつかない状態である、と三人は理解する。
ネストルもまた、同じで、だから遅れて現れたエドゥアルドに視線が集中する。
『お前、何か事情を知ってるだろう?』という視線が。
「ふむ、言っておくぞ。俺はユスティーナ以上の事情は知っているが!マリアとバカ甥の関係は今知った!それと今すぐにでもバカ甥を殴りに行きたい、マリアを泣かすとはどういう了見だとな!だがまあ…マリアが生死不明になってから、確かにあいつは変わった」
「具体的には?殿下、私は南部連合に潜入していた時期なので詳細を洗い浚い吐いてくださると、助かります」
握り拳を見せて、自分の仕える相手に脅迫をするダンテスにエドゥアルドは顔を引きつらせながら、自分の見て来たセドリックの変化の説明を始める。
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