12話 5月からの日々にⅠ
今のボクの心を端的に表すと心機一転だ。
問題だらけで理想とはかけ離れた学園生活に沈んでいた心は、グリンダと再会し同じ
そんな5月の初めの土曜日。
今日は学校がお休みで朝からボクは溜まっている家事を済ませてしまおうと奮闘している。銃器の手入れはレオが受け持ってくれているから、ボクの主な仕事は普段後回しにしている所の掃除だ。
後は衣装棚にしまいっぱなしにしている夏服の陰干し。
来月から夏服に衣替えだからしっかりと手入れをしておかないと!
食糧庫の在庫と日付チェック、これも重要だ。
日々行っているけれど見落としがあるかもしれない……あった!日付の近いカットトマト缶!今日のお昼はハンバーグの予定だけどどうしようか?トマトソースに変更するかもしくは付け合わせのスープに使うか。
そう言えばレオから貰ったアーカム名物のウォルドソース。
生前、親しんだソースの味にとてもよく似たカレー風味のソースだ。
ミートスパゲティーを作る時にこのソースに似た味のソースともう一つの郷土にして世界進出した、つまりボクが再現して不本意ながらボクの名前の付いてしまったソースを隠し味にすると、とても深い味わいの絶品ミートスパゲティーが作れる。
思い出したら食べたくなってしまった。
うん、今日は予定を変更してミートスパゲティーだ!
「おーい、マリやん宛に郵便届いたで」
「ありがとうレオ」
「誰から?」
「ええとね…お母さんと親方さんと、あとは…ネスタ兄さんからだ!」
エドゥアルド殿下の側仕えをしているネスタ兄さんは、4月からずっと王都でエドゥアルド殿下と一緒に国事に参加している。
だからボクはイリアンソスに来てからずっと5月を待ち遠しいにしていた。
5月に入ればネスタ兄さんに会えるから。
「マリやんって兄弟おんの?」
「ううん、義兄妹の契りを交わした相手だよ。ネストル・リンドブルムって言ってエドゥアルド殿下の側仕えをしているんだ」
ボクは袖からナイフを取り出して手紙を開封する。
お母さんからは近況報告と言う感じでお屋敷の方で何があったのか、シャトノワで何が起こったのか、アストルフォがまた大きくなったとか。
親方さんからは頼んでいた物が幾つか形になったから夏休みで戻って来た時に確認して欲しいと言う事と、もう一つ頼んでたい物は今溜まっている注文が終わり次第作ってくれるとのこと。
あとはネスタ兄さんからだけど…何か入ってる。
「何やそれ?ガラスの…葉っぱ?」
「世界樹の葉だよ、冬に落ちた葉を加工して髪飾りにした物で世界樹の葉は王都の名物なんだ」
「そうなんか…しっかし綺麗やな。なんちゅーかディ〇ニープリンセスが付けてそうな感じや」
手紙にはもうすぐ国事が終わるから予定だと5月最初の土曜日にイリアンソスに戻り、昼前にヴェッキオ寮に行くと書いてあった…え?ボクはもう一度手紙を確認するとやはり、五月の最初の土曜日である今日帰って来ると書かれている。
消印は…一週間以上前だった。
「ようあるこっちゃな…まあ二ホンやと無いかもしれへんけど」
「まあ仕方ないよね…そう思うことにするよ」
だとするとだけど、のんびりしている暇はないよね?
大急ぎでお出迎えの準備!
メルにも伝えないと!
ボクは慌てて二階の図書室で自習をしているメルの所へ走って行こうとした時、まだ鳴って欲しくないのに来訪を告げるベルが鳴り響いて来た!
どっ…どうしよう?
あ、でもネスタ兄さんはメルの
……深呼吸して落ち着こう、スー、ハー…よし落ち着いた。
焦っても仕方がない、まずは客人を外で待たせる訳にはいかないから先に招き入れてその後にメルに説明する、よし!この流れで行こう。
ボクは意を決して玄関の扉を開けて出来る限り平静を装って……。
「お待たせしました」
「久しぶりだなマリ―――」
ボクは思いっきりドアを閉めた。
見間違えじゃなければとても懐かしい人物が目の前にいたからだ。
ただし再会して嬉しいと思える相手ではなかったし何より会ったのは一度だけの人物で、その人に対してボクは良い印象を抱いていなくて、だからドアを開けて目の前にいたからドアを思いっきり閉めてしまった。
ボクは悪くないもん!
そう心の中で結論付けると同時に再びベルが鳴り響く。
今度は恐る恐る玄関の扉を開くとそこには……。
「元気だったか?マリア」
「お久しぶりですマリアローズさん」
「ネスタ兄さん!ダンテスさん!」
温厚で知的な顔立ちはそのままに以前よりもずっと大きく精悍な美男子に成長したネスタ兄さんと、以前と変わらない姿のダンテスさんの二人が立っていて、ボクは思わず抱き着いてしまった。
ネスタ兄さんとは王都で別れて以来、ずっと会っていなかったしダンテスさんとは王都に向かうで汽車の中で別れて、何より命懸けの任務に就いていたから無事な姿を見れてボクはとても嬉しい
「マリア、兄より先にユスティーナの方か?少し妬けるな」
「これも同じメイドと言う役得ですネストルさん、それに私の方が付き合いは長いのでね当然の反応です」
「そうか?じゃあ次は俺だな、さあ来いマリア!」
「はいネスタ兄さん!」
今度はネスタ兄さんに!
前よりもずっと身長が伸びて、まだ幼さは残っているけれど大人の雰囲気を纏いだしたまさに美青年という感じで、もしもボクが女の子なら時めいてしまう程に成長している……うん、一応ボクは今は女の子だった。
それと何か気になる言葉が……。
「あ、そう言えばマリアローズさんには言ってませんでしたね、私のフルネームはユスティーナ・ダンテス、以前と変わらずダンテスさんで構いませんよ。ダンテス家には私自身とても恩義があるので、その一員のようで家名で呼ばれるのが好きなのです」
「はい分かりました、ダンテスさ!あ、その……」
ダンテスさんがいる、だけど……。
「安心してくださいマリアローズさん、三馬鹿なら新設された第三中隊の各小隊を率いてそれぞれの任地に赴いています。全員、元気にしていますよ」
「良かった……」
命懸けの任務だと聞いていたからずっと心配だった。
だからキルスティさんも、セリーヌさんも、アデラさんも、三人共元気にしている聞いてボクは安堵して胸を……どうしよう、さっきから視界に何かチラついてきて感動の再開に水を差してくる。
「ふむふむ、確かにユスティーナ以下、旧第三中隊第四小隊は唯一の政治争いと無縁の部隊だったからな、危険な任務に数多く従事していた。その安堵した表情は実に可愛らしい、そして本命!俺と感動の―――」
ボクは両手を広げたそれが入って来る前に扉を勢いよく閉めた。
「何故閉める!俺王子だぞ!この国の第二王子だぞ!」
諦めない人だ。
そしてボクが抱き着くと何で思ったんだろう?
この人と、エドゥアルド殿下と会ったのは一回だけで出会い方自体も最悪だった。
ただ雰囲気は以前とはまったく違う。
前髪を気にしていそうな雰囲気はそのままだけど、以前のような狡猾そうな印象は薄れ知的でありながら野性味を感じさせる容姿と陽光に煌めく金髪が合わさって、物語に出て来る王子様がそのまま出てきたような美男子に成長していた。
「お久しぶりですエドゥアルド殿下、ボクの事覚えていてくれたんですね」
「当り前だ、思い人を片時も忘れはしないさ」
「そうですか………………………………………え?」
何を言ったんだろうこの人?
思い人のこと?思い人ってどういう意味だっけ?
確かLikeじゃなくてLoveの方、つまり異性への好意や恋心のことで…あれ?話の流れだと……。
「ボクーーー!?」
「どうしたんやマリやん!?」
「何事ですの姉様!?」
「何があったマリア!?」
叫び声を聞いて二階からメルとグリンダが、地下の隠し部屋からレオが駆け付けて来たのだけどボクは、エドゥアルド殿下の放った言葉が原因で思考が止まってしまって三人に何があったのか説明できないでいる。
「やあ初めまして、俺は国王陛下が第三子にして第二王子、エドゥアルド・ライオンハート、たった今マリアローズへ婚約を申し込んだところだ」
「お帰りくださいまし!姉様はどこにもお嫁には行かせませんわ!!」
「その通りだエド!なにいきなり人の義妹に手を出そうとしてるんだ!」
「ちょい待ちお三方、その前にこの人達は誰なん?自分で口走っといてあれやけどマリやんの事情知ってるみたいやけど」
レオの言葉にボクはようやく正気に戻る事が出来た。
兎に角三人に説明しないと!
まずグリンダとレオには目の前の美男子ことネスタ兄さんとエドゥアルド殿下の関係を、そしてメルを含めて三人にボクとダンテスさん、そしてエドゥアルド殿下の関係を説明、あと目でボクが
「あれかそこのメイドさんはマリやんの知り合いで、そっちの黒髪の美男子がメルの
「下種とはなんだ下種とは、これでも第二王子だぞ?」
「だがエド、お前は初対面のマリアに何て言った?」
「俺の女にしてやる」
そう曇り一つない瞳でネスタ兄さんの質問に答えるエドゥアルド殿下。
だけど気付いて、三人の貴方を見る目は汚い物を見る目だよ?
小さな声でレオは「さいってーやな」と、メルは「汚らわしい」とグリンダに至っては「殺す……」って呟いたよ!
気付いて、そしてこれ以上失言しないで!
「それで一体何の用ですの?
「ん?ああ、何難しい話じゃないから立ち話で問題無いな、実はヴィクトワール嬢とそこのウォルト=エマーソン嬢に話があってな」
エドゥアルド殿下はそう言うと顔に作り笑いを張り付けて、メルとグリンダの二人を真っ直ぐ見据える。
「ちょっとした盟約を結びに来たのさ、俺が君達の後ろ盾になるから中等部での旗振り役を務めて欲しい、そして片手間の余裕があれば愚かな甥っ子を徹底的に叩き潰して欲しい」
「どういうつもりだ?王族同士の継承権争いに巻き込まれるのはお断りだ、王統派の旗振り役は努めはするが私達を巻き込むつもりなら徹底して、双方と敵対するぞ」
「そのつもりはない、兄上の次の王太子は今のままだと俺一択だ。セドリックは何を思ったか愚か者に成り果て今やセドリックはコンラッドの駒、だから君達との対立は必定だ、その時は俺が後ろ盾になるから諸々の問題は気にしなくていいという意味だ」
エドゥアルド殿下は肩をすくめながらグリンダの質問に答えたふりをする。
何か隠している。
それはメルもグリンダも感じたみたいだけどこれ以上応える気はないとエドゥアルド殿下は目で言っている、問いつめたとしてものらりくらりと話を逸らされそうだ。
今言えるのはいずれは対立するだろうセドリック殿下と争った時に、王族と言う立場を理由にこちらが不利になる事は絶対にさせないという言質を貰えただけで良しとしよう。
少なくとも高等部は、後顧の憂いは無いというだけで十二分とも言える。
「承りましたわ、ただ今は準備に徹しさせていただきますの、そして何か良案が浮かびましたらその時にはご協力願えるんですの?」
「それは問題無い、いくらでも協力するさ。将来の妹の為ならね」
「ぜっっったいに姉様は嫁に出さないのでそのつもりで、当面は定期的に連絡会を開くのと、高等部への橋渡しをお願いいたしますわ」
「連絡会の場所はここでいいか?学園内は場所が限られるし防諜の面で不安が残る、それと高等部との橋渡しはネスタがする、男女問わず信頼されているからな。そして俺は気軽にエド先輩と呼ぶと言い、そしてネスタはネスタ先輩だ」
「分かりましたわエド先輩」
「……」
メルはそう言ってエドゥアルド殿下と握手を交わし、グリンダは静かにエドゥアルド殿下に懐疑的な目を向け続ける。
だけどこれではっきりとしたことがある。
ボク達の見えない所で何か大きなことが動いている。
エドゥアルド殿下の隠していることはきっと、それと関係していて今は話すべき時では無いと言うことなのかもしれない。もしくはボク達が知る必要は無いということなのかもしれない。
だけど言葉の幾つかに引っ掛かる所があった。
それが何か分からないけれど一つだけ言える事は、何かが少しずつ動き始めている。
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