17話 新しい日々の幕開けⅦ【シフォン主義】

 シフォンケーキ、その名前の由来は資本主義…とは全く関係は無く絹織物のシフォンのように軽い事から、シフォンケーキと呼ばれているアメリカ発祥のケーキだ。

 そこまで難しくはなく、材料を揃え手順をしっかりと守って作れば滅多に失敗しない手軽さと、名前の由来通りのふわっふわで軽い食感の美味しいケーキなのだ。

 材料は玉子、グラニュー糖、薄力粉、水と同量の油だけ。


 では最初に卵を卵黄と卵白に分ける。

 分けた卵白はメレンゲを作る時まで冷蔵庫で冷やしておく。

 それでは本格的に作って行きますか!


 まずは水を軽く温めて油と混ざりやすくして、ボールの中に卵黄と油と温めた水を入れて混ぜる、次に薄力粉を振るい入れて泡だて器でよく混ぜる。

 使う油は癖の少ない油、ボク個人の理想は米油だけど無いのでサラダ油を使う。癖の強い油を使うと焼き上がった後、素朴な味が故に油の癖が全面で出てしまうから気を付けないといけないのだ。

 卵黄生地が出来たら最難関、そうメレンゲ作りだ。


 え?メレンゲ作るのって簡単じゃないの?と思う人もいるかもしれないけどそれは文明の利器たる電動ハンドミキサーがあるから、ホイップクリームだって人力でやると恐ろしく腕が痛くなる。

 メレンゲ作りもまた恐ろしく腕が酷使する、昔のお菓子職人は偉大だ。


「さて、ボクも負けないように!」


 次は堅めのメレンゲ作りだ。

 ボールに卵白を入れて泡だて器でほぐし、そこからは全力で混ぜる!

 そしてグラニュー糖を数回に分けて入れひたすら混ぜる!!

 腕が痛くなったら魔力全開!

 手を抜きたくなる作業だからこそ、一番大切な作業。

 つまりここで手を抜くと、出来上がりは酷い事になってしまうのだ!

 ある程度まで混ぜて泡だて器を持ち上げ、メレンゲに角が立ったら軽く混ぜてきめを整る。


「メレンゲが出来たら、ついに大詰めだ」


 卵黄生地に出来上がったメレンゲの3分の1の量を投入、泡だて器で全体に馴染む様に混ぜたらゴムベラ…は無いから木べらに持ち替えて底からすくうように数回混ぜる。

 次に残りのメレンゲの半分を投入。 

 泡だて器でならすように混ぜる、完全に混ざり切らす必要はなく本当にざっくりとで大丈夫、そして残りのメレンゲを全て投入しさっきと同じようにざっくりと泡だて器で混ぜた後、木べらで底からすくうように、むらなく混ぜると生地は完成!


「今日最大の難関、現代日本の温度設定を自動でしてくれるオーブンに馴れたボクに、この世界で初めて作るシフォンケーキを上手く焼けるか」


 親方さんに作ってもらった職人の逸品であるシフォンケーキ型に、躊躇わずに一気に生地を流しいれる、そして型をゆすって表面をならしたらオーブンに入れて30分程焼くのだけど、火力調整が感働きの薪オーブンだ。

 少しでも油断したらまっくろくろすけになってしまう、だからと言って早く取り出すのも駄目だ、今日までこの世界で振るって来た自分の料理の腕を信じよう。


「オーブンに入れて30分…それまでクリームを泡立てよう」


 実は親方さんに頼んでクリームの絞り袋の口金を、何種類か作ってもらっている。

 元日本人だからやっぱりデコレーションにはこだわりがある、べったりとクリームを塗るだけなんて我慢が出来ない、やっぱり緻密で繊細なデコレーションをしないとね!

 飾りつけの果物はクインスシロップ漬けの物を使う、不思議な事にクインスシロップで果物を漬けるとまるで宝石のような煌めきを持つ、日本のデコレーションとこの世界特有のクインスのコラボレーション、きっとメルも喜んでくれは筈だ。


 クリームを混ぜ終え冷蔵庫に収め、後片付けが終わった頃にシフォンケーキは焼き上がる時間になり、ボクは恐る恐るオーブンの扉を開けて中を見る。

 そこには型から膨れ上がり綺麗な焼き色のついたシフォンケーキが!

 成功だ、この焼き色なら間違いなくしっかりと火も通っている。

 ボクはすぐさまシフォンケーキを逆さにして瓶の上に置く。

 逆さにしないとしぼんでしまうのだ、軽いから。

 あとはシフォンケーキが冷めるのを待つだけだ。

 だけど壮観だ。


 メルの誕生日に必要だからと親方さんにシフォンケーキ型の追加を頼み、そして追加された分を合わせてまとめて焼き、目の前には逆さになったシフォンケーキ型が幾つも並んでいる。

 これって…犬神家…いや、あれはもっと別の物で例えるからこれは…何だろう?

 どこかで見た事があるような光景……。

 ちなみに、メルの誕生日ケーキ用のシフォンケーキ型は特別大きな物にしてもらっている。

 やっぱり誕生日ケーキは大きなのが一番だ。


「すると…普通の大きさの方はシフォンサンドにしよう、クリームを詰めたりフルーツを詰めたり、カスタードクリームはリーリエさんが作ったのがあった筈だからそれも詰めて…こんなところかな?」


 だけどメインであるメルの誕生日ケーキより目立たない様に。

 さてとシフォンケーキも冷めた事だし、仕上げにかかるぞ!


 まずはシフォンケーキを型から取り出す。

 パレットナイフを型とケーキの間に差し込んで、そこから横に動かさず上下に動かして…次は真ん中で…よし!綺麗に取れたぞ!おっと、取り出す前に膨らんではみ出ている生地を切り落として平らにするのを忘れずに…どんな味かな?ちょっとだけ切り落とした部分を味見。


「うん、しっとりとして…甘さもちょうど良い加減だ。これなら甘めにしたクリームを塗っても問題無いぞ!」


 シフォンケーキを型から取り出したら、クリームをドン!と置いてパレットナイフで皿を回しながら、次に側面を少しずつ足して行きながら塗って行く。

 まずは第一段階終了だ。

 次はクリームを絞り袋に入れて、口金を変えながら飾りつけるのだけどさすがに薔薇!なんて高等技術は無いから、側面はよくある波線の綺麗なのと上は星型や他にも…よし!次は果物のクインスシロップ漬けを置いて行く。

 置き過ぎるとケバケバしくなるから、計画的にバランスよく置いて…完成だ!

 うん、自画自賛だけどすごく良く出来た!

 これは誕生日パーティーが始まるまで冷蔵庫だ。

 壁掛けの時計を見るとまだ時間の余裕がある。


「もうすぐアグネスさん達が料理を作り始めるから、シフォンサンドは手早く作らないと」


 さっきと同じ手順でシフォンケーキを型から取り外して、この大きさなら八等分だ。

 切り分けたら内側に縦から切り目を入れて、ホイップを詰めてそこに果物のクインスシロップ漬けやリーリエさん特製のカスタードクリーム、彩りにミントを添えたら上から粉砂糖を振るって出来上がりだ。

 これでケーキは全て完成。


 さてボクの仕事はここで一旦終わりだ。

 料理に関してはアグネスさんとリーリエさん、それとシャンタルさん達も加わって作る事に、会場は別宅のダンスホールで設置はロバートさんが中心になってする事になりボクは準備が出来たら、メルをエスコートして会場に行く事になった。

 だからメルの部屋に行かないと。



♦♦♦♦



「メル、入るよ」


 返事が無い?

 ボクはメルの部屋の扉を開けて中に入ると、そこには静かに化粧机の鏡を見つめるメルがいた。

 ここからだと表情はちゃんと見えないけど、不安そうに見える。

 きっと鏡を見ている内に嫌な事を思い出して、それで急に不安になってしまったのかもしれない。


「メル、準備を始めようか」

「ひゃわあ!?ねっ姉様?何時からそこに…」

「今来たばかりだよ、さあおめかししようか」


 ボクはメルの後ろに回って櫛で髪をとかしながら、今日の誕生日パーティーでメルが着るドレスは何がぴったりか考える。

 メルは可愛く派手な顔立ちをしている、だから普通の人なら似合わないと言われる様な服でも普通に着こなしてしまう、それは同時に選ぶ服が間違っていると強い違和感が出てしまう事でもある。

 だからと言って孔雀の様に着飾る訳にいかない。

 と考えてみるけど既にメイド長さんが長年の感でメルが着るドレスを選んでいる。


 ギルガメッシュ商会が売り出している、以前にボクが着た事のあるゴスロリっぽいドレスで黄色を主体にしつつ、ボクが着たのと違って無駄な装飾を廃し、落ち着いた女の子が晴れ舞台に着る様な可愛らしいメルにぴったりなドレスだ。


「姉様、本当にわたくし何かの為にこんなにも盛大に誕生日を祝って、いいのでしょうか……」


 メルは小さく不安そうに呟く。

 人の心はスイッチを切り替える様に簡単に変わることは出来ない、メルは今でも自分に対して不安を抱いている、自分がいない方が幸せなんじゃないのか?大好きな旦那様を苦しめた女の子供である自分は本当に必要なのか。

 そんな事は無いと分かっても、拭いきれない不安や負い目が今でもメルを苦しめている。


「メル…笑顔!」

「ひゃわあ!?」


 ボクは後ろからメルの頬に指を当て上に押し上げる。

 メルは驚いて変な声を上げるけど、ボクはお構いなしにメルを無理矢理に笑顔にして、抵抗しようと瞬間にすかさず後ろから抱きしめる。


「メル、大丈夫だよ。今日は皆、メルの誕生日が祝いたくて仕方がないんだ、大切で愛おしいメルの誕生日を」

「姉様……」

「だから笑顔!誕生日に暗い顔は駄目だよ、今日は自分が生まれてた日を祝ってもらって、自分が生まれた事を喜んでくれる人達に元気に育ってます!て言う日なんだから」

「…はい、姉様!」


 ボクの言葉にメルは笑顔で答える。

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