16話 新しい日々の幕開けⅥ【ボクの資産とは?】

 次の日、ジュラ公爵からクインスワインとボクの資産に関する話し合いをメルの誕生日の前日に行うと連絡があり、その話し合いにはジュラ公爵は参加しないその代わりにボベスコ副議長さんが立ち会う事になった。

 あとマルクさんがスパークリングワインにしようとしているクインスワインが、奇妙な事になっていると旦那様に言っていた、二次発酵が上手く行っていないのではなく上手く行っているけど、不思議な現象が起こっていると。


 マルクさんは「ジュラの旦那が腰抜かすな」と大声で言っていたけど、ジュラ公爵が腰を抜かす様な発酵とは一体?とこんな感じに時が過ぎてメルの誕生日の前日。

 盛大に祝おうと皆で協力し合って、御馳走からメインのケーキに誕生日プレゼントまで、一切の手抜き手抜かり無く進めている時に予想外な人達が来訪した。



♦♦♦♦



「よう嬢ちゃん、久しぶりだな」

「親方さん!」

「やあマリアちゃん、一年ぶりかな」

「アンリさんまで!何で二人がシャトノワに!?」


 話し合いが始まると呼ばれて客間に入ると、そこにはアーカムにいる筈の親方さんとアンリさんがいた。

 アンリさんは元々、転勤が多いと淑女の酒宴でラインハルトさんとフランシスさんと一緒に飲んでいる時に、愚痴を漏らしていたからこの場にいるのは転勤とギルガメッシュ商会の敏腕社員だからと納得出来るけど、親方さんに関しては全く分からない。


「不思議そうな顔してるな、実はな戻って来た連中と揉めちまってよ、帰って来るなり弟子を返せだの作ってる物の技術を教えろだの言ってきてな、それで大喧嘩よ!んで居辛くなったからニムの故郷に移住したって訳だ」

「大喧嘩って…え?ニムネルさんってシャトノワ出身だったんですか?」

「おう、ここからちーと離れた村に物好きな弟子共と一緒に引っ越したのさ、あいつ等も好待遇が待ってるってのに俺に着いて来やがったのさ」


 親方さんはそう言って笑っているけど、ボクは少し不安になってしまった。。

 そんな無茶苦茶な事を言う人達が戻って来たというのなら、またアーカムが荒れてしまうじゃないだろうか?グリンダの事が心配だ。


「ダルトンさん、そうマリアちゃんが不安になる様な言い方をしない。大丈夫だよマリアちゃん、早々にグスタフさんがお灸を据えたから今は大人しくしてるよ」

「そうなんですか、良かった…いや、だけど何で親方さんがここにいるんですか?アンリさんは取引相手のギルガメッシュ商会の人だから分かるけど」


 ボクが親方さんにこの場にいる理由を尋ねると、久しぶりの再会を楽しんでいるボク達に気を使って、静かに見ていたボベスコ副議長さんがゴホンと咳払いをしてから「まずは座ってください」と座るようにと促され、ボクは既にソファーに座るお母さんの隣に座る。


 少し遅れて客間に旦那様とシャーリーさんが入り、ボベスコ副議長さんの進行で話し合いが始まった…と思ったら、旦那様はアンリさんの顔を見るなり目を丸くして驚いていた。


「アンリ!?おま…何時こっちに戻ったんだ?」

「久しぶり兄さん、その…つい最近かな、妻と息子もこっちに引っ越して来てる」

「妻!?息子!?結婚して子供もいるならちゃんと報告しろ!兄として挨拶する必要があるだろ!全く…お前は何時も事後報告ばかりだ」

「あはは……」


 旦那様は呆れて肩をすくめ、アンリさんは苦笑いを浮かべながら頭を掻く………あれ?もしかして旦那様とアンリさんは…。


「ご兄弟なんですか?」

「ああ、そうだよマリア」

「あはは…実はね」


 驚きだ、旦那様とアンリさんが兄弟だったなんて、髪の色が違うのは…確かメルは旦那様の髪の色は母親譲りだと言っていたから、アンリさんは父親譲りなのかもしれない。

 だけど人の縁は不思議だ。

 だって…。


「という事はあの時、アンリさんがくれたクインスはヴィクトワール家のクインス園で収穫された物だったんですね」

「うん、家の事を兄さんに押し付けて家出した身だからね、せめてもの償いでね引き取ったんだ」


 その時にクインスと出会った事が周りに周って、今回のクインスワインが出来る切欠になったのだから本当に不思議だ、とボクが感傷に浸っていると蚊帳の外にされているボベスコ副議長さんが再び咳払いをして…。


「お二人共、話がまったく進んでいませんよ」

「「はい……」」


 旦那様とアンリさんはソファーに座り、今度こそ話し合いが始まった。


「さて、まずはクインスワインに関してですが瓶詰はどこまで終わりましたか?」

「マルクさんは一通り終わっていると、何時でも出荷できる状態にあると言っていました」

「そうですか、ではギルガメッシュ商会側はどのように売り出す予定ですか?」

「二次発酵している分が出来次第、王都の富裕層…特に新しい物好きな貴族のご婦人や令嬢を中心に売り出す予定です。クインスワインは酒精がそこまで強くないので、女性層を狙った方が確実だろうと、それと良くも悪くも周りに伝わるのが速いですし」


 クインスワインに関して最初の出荷の予定日、卸値や売値と行った事はボベスコ副議長さんが間に入ってくれたおかげで、これと言って揉める事無く進んで行き一時間もしない内に終わった。

 次はボクの資産に関する事だけど、何度思い返しても思い当たる節が無い。

 一体、何の事を言っているんだろう?


「さてまずはマリアローズさん、これがギルガメッシュ商会系列の銀行に預けられている貴女の総資産です」


 ボクはボベスコ副議長さんから書類を受け取り、書かている数字に目を通す。

 なになに、預金ざ――――――――――――――――――――――――――え?

 ちょちょちょちょちょっと待って!?何このこの数字!?


「それが現在の貴女の総資産です」

「待ってください!これがボクの資産って、何かの間違いでは!?だって、ボクはこんなべ…車が何台も買える大金に心当たりがまったくありません!」


 一瞬、ベンツと言ってしまいそうになった。

 いやそんな事よりもこの金額、間違いなく3ベンツだ。

 だけどそんな大金、列車強盗をするか宝くじに当選するかしないと手に入らない。

 そして二つも心当たりがないから、つまりどうしてこうなったの!?


「実はな嬢ちゃん、今まで嬢ちゃんに頼まれて作った物をな嬢ちゃんの名義で特許申請してたんだ」

「え?特許?何故??」

「そりゃあ決まってんだろ、小せぇ工房じゃあ需要に対応できんし価格だって上がっちまう、特許取得してギルガメッシュ商会に使わせたんだ、オーブントースターは俺んとこじゃあ量産なんざ出来る訳もねえしな!」

「いや、でも…それでもこの金額は……」

「そりゃあ特許の使用料は全額嬢ちゃんの分だ」

「え!?でも前にボクは投資だと…」

「あのなあ嬢ちゃん、俺あ職人だから金槌打ってなんぼだ、何もしねえで金が入って来ちまったら振るう金槌が鈍っちまう、だから俺は受け取らん」


 親方さんはそう言って、きっぱりと特許の使用料の受け取りを断る。

 つまりこういう事だった。

 ボクが親方さんに頼んで作ってもらった調理器具が大好評、だけど需要に対して供給能力には限界があるから特許を取り、その特許をギルガメッシュ商会が使い量産する、そしてその使用料はお母さんと相談してボクが将来、イリアンソス学園に通う時の学費に使う事になり銀行に預けられていた。

 スライサーの安全器具を作ってもらった時から、ボクには内緒で。


「もしもマリアがこの事を知ったら、自分の為じゃなく誰かの為に使ってしまいそうだったから内緒にしていたの、だけどこんなに溜まっているのは知らなかったわ」

「知らなかったって…お母さん……」


 でも正論過ぎて何も言えない。

 確かにボクだったらそれだけのお金があるのならお母さんの為に使うし、それこそセイラム領の復興の為に全額寄付だってしていたと思う。

 だけど、それでも十分過ぎる位お金は溜まっている訳だから、これ以上増えられても困る。

 ボクだって楽して儲けるのは、あまり好きじゃない。

 何より自分だけ得するのは性に合わない、だから銀行に預けられているお金はイリアンソス学園に入学して通う為の費用として銀行に預け続ける、だけど特許の使用料に関してはこれ以上、ボクは受け取らない。

 だから旦那様に差し上げるのだ。

 その事をお母さんと親方さんに伝えると、親方さんは「だと思った」と言いお母さんは「本当に仕方がない子ね」と呆れながら言ったけど、ボクが何をするか分かっていたみたいで、それ以上は二人は何も言わなかった。


「駄目だマリア!これは君の資産だ、何かあった時の為に今後も―――」

「いえ、ボクはこれ以上必要ありません」


 ただ旦那様は受け取れないと言ったけど、ボクの考えはもう決まっているから旦那様の言葉を遮り、特許をヴィクトワール家に譲渡すると言ってボベスコ副議長さんにその手続きをして欲しいと伝え、その間も納得していない旦那様はボクをどう説得するか頭を悩ませている。


「諦めなよ兄さん、マリアちゃんは大切に思っている人に幸せであって欲しいと願う子だ」

「それは僕だって知っている、マリアのおかげでメルは笑顔を取り戻せた」

「そう、だから兄さんがこれを受け取る事でヴィクトワール家は建て直せるし、メルセデスだっけ?兄さんの娘だって変に気を使わなくてもよくなる。マリアちゃんはそれを望んでいるんだ、受け取りなよ、あとマリアちゃんは恐ろしく頑固だ」

「それも知ってる……」


 アンリさんはどうにかしてボクが特許を手放す事を辞めさせようと考え続ける旦那様に、ボクが何でこんな事をするのか伝えて逆に旦那様を説得する、アンリさんに説得される形で旦那様もようやく納得してくれた。

 だけどボクってそこまで頑固かな?


「……分かった、ありがとうマリア、これでマルクさん達に給料を支払うことが出来る」


 旦那様はボクの頭を撫でながら微笑む。

 これでヴィクトワール家の借金返済の目途も経ったから、メルも気兼ねなく誕生日を心の底から楽しむ事が出来る!借金があるからと誕生日パーティーは出来るだけ小規模にと言っていたけど、やっぱり誕生日パーティーは盛大に行わないと!


「ヴィクトワール準爵、貴方の借金に関してですがとある御仁が各所に話を付けて一本化、ジュラ公爵がその管理を任されているので現在の総額はこちらです」


 ボベスコ副議長さんは再び、どこからともなく書類を取り出してテーブルに置いたのだけど、そこに書かれている借金の総額が前と比べて明らかに少ない!


「これは、どういう事なんですか?」


 今まで出来るだけ話に割って入らないようにしていたシャーリーさんが思わず、ボベスコ副議長さんに質問する。


「法律で定められている以上の利息だった、それをとある御仁が全員と真摯に話し合い法定通りの利息に計算し直し、そして債権を買い上げてジュラ公爵に委ねた、それ以上は諸事情で説明できませんがヴィクトワール準爵なら分かりますね?」

「まさか…そんな…いや、だがあの方なら……」


 呟きながら旦那様は今日一番の驚いた顔をする。

 一体誰なんだろう、そのとある御仁と言うのは?

 シャーリーさんも気になって旦那様に尋ねるけど、旦那様は今は言えないの一点張り。

 だけどこれで本当に、本当に全力でメルの誕生日を祝う事が出来る!

 よし!腕を振るってシフォンケーキを作るぞ!


「そうだマリアちゃん、兄さんに特許を譲渡するならソースとかのレシピも特許を取ってもらってもいいかな?うちから売り出したいんだ」

「アンリ!お前!」

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