14話 新しい日々の幕開けⅣ【ピーナッツバター日和】
盛大に失言をしてしまったボクはヴィクトワール邸に戻るなり、お母さんからお説教を受け、口から出した物はしまえ無いという事で実際に作る事になった。だけど、あれだけ世界的に食べられているピーナッツバターがまだ、ソルフィア王国で発明されていないのは驚きだった。
あれって何時頃発明されたんだっけ?確かアメリカだった様な気がする…まあ、今は特に関係は無いから、さっそくピーナッツバターを作ろう!
まずは殻からピーナッツを取り出す作業だ。
「リーリエさん、薄皮は残しておいてください」
「そういや乾煎りするんだっけな…このまま磨り潰さない方が良いのか?」
「煎った方が風味が良くなるんです、なので余計な焦げ目を付けない為に薄皮は必要なんです」
「そうか、しっかし量が凄いな…」
隣でリーリエさんが一緒にピーナッツを殻から取り出す、お母さんは洗濯物を取り入れに、メルは何時もの勉強の時間だから自室に戻っている。
ピーナッツを殻から取り出したら、今度はフライパンで薄皮が付いた状態で乾煎りして行く。弱火…ヴィクトワール邸は薪焜炉だから火力の調整が大変だ、魔石焜炉に馴れていというより生前も一度だって、ガス火以外を使った事が無いから今も気を抜くと焦がしてしまう。
気を抜かずに弱火で10分程じっくりと乾煎りをしたら、適当な容器で粗熱を取る。
その間に出来上がったピーナッツバターを入れる容器を煮沸消毒しておこう、先にやっていてもいいんじゃないか?何て事は魔石焜炉があればそう言えるけど、薪だから火を起こすのが大変なのだ。
だから作業の流れ的にピーナッツを煎った後に煮沸消毒をした方が効率がいい。
「よし、じゃあ次はどうするんだ?」
「薄皮を剥いて行きます」
ここからも大変、一つ一つ丁寧に薄皮を剥いて行かないといけない。
だけどここで手を抜かずに綺麗にきっちりと薄皮を剥き、すり鉢の中に入れて行く。
料理は愛情、その意味は愛情があるから手間の掛かる工程も手抜きせずに出来るという意味なのだ、愛情を注げば手抜きをしても美味しいという訳ではないのだ!そしてボクは手抜きが大嫌いなのだ。
「よし、んで何で油を用意したんだ?ピーナッツ自体、油分が多いから別に入れなくても良いんじゃないか?」
「ここでさらに油を添加する事によって、滑らかな舌触りになるんです」
「ふーん、まあやってみれば分かるか」
すり鉢に入れたピーナッツを根気よく擦り擦り、次第にピーナッツから油が出て来る。
そこに砂糖を入れてさらに擦り擦り、まんべんなく混ざったらそこに油を投入。
バターを入れた方が濃厚になるけど、今回はサラダ油を使う事にした。
オリーブオイルという手もあったけど、癖の少ないサラダ油の方がピーナッツバターに良く合う。
「確かにバターみたいだな、味は…美味い!それに濃厚だな!もう少し甘い方があたしの好みだけど、この方が逆に使いやすいな」
出来上がったピーナッツバターを食べたリーリエさんは一嘗めして、その味を確かめるなり作り置きのクッキーを取り出す。
「ふふふ、一足先に味見すっか?」
「ええ~?良いんですか~?」
「作った者特権で一番最初に味見するのさ、ほれマリア」
「では、いただ―――」
「狡いですわ姉様」
「ふえ!?」
メル!?あれ、何時もならまだ勉強をしている時間の筈なのに……。
あれ?よく見たらアストルフォにお母さんも一緒にいる。
匂いを嗅ぎ付けたのか…でも、呼ぶ手間が省けたと思おう。
リーリエさんも人数分のクッキーを用意して、紅茶を淹れ始めている。
「んじゃあ、おやつにすっかな」
リーリエさんがそう言うと皆、思い思いにクッキーを手にしてピーナッツバターを塗って行く。
「甘い!そしてピーナッツの濃厚な風味がたまりませんわ」
「クエ!」
「ある程度形を残した方は少し舌触りが悪くなっちまったな」
「そうかしら、こっちの方が歯応えがあって私は好きよ」
メルとアストルフォは嬉しそうにピーナッツバターを塗ったクッキーを食べ、お母さんとリーリエさんは味の感想を言い合いながら改善点を探っている。
それではボクも…うん、思っていたよりもずっと滑らかに仕上がってる。
甘さも少し抑えてあるから、パンやクッキーに塗る以外にも使えそうだ。
それと…増えた。
「何それなの!」
「何だい?新しい物を作ったんなら私等にも味見させるさね」
この後、ピーナッツバターは大好評を博しシャンタルさんを中心とした醸造家さん達の奥さん達も、とても気に入ってくれて瓶詰にしたピーナッツバターは一週間もしない内に使い切ってしまった。
ジュールさんに頼んでピーナッツを分けてもらって増産したり、収穫したけど醸造酒造りに回せない分のクインスを煮詰めてシロップに加工したり、そのシロップを混ぜたピーナッツバターがジュールさんの実家の方で大好評だったり。
日常は忙しなく移り変わって、クインスを使った醸造酒を作り始めて五か月、宿舎の修繕も終わりまた引っ越し作業、それとシャンタルさん達に頼まれてここでも料理教室を開いて、あっと言う間に時間は過ぎて行った。
♦♦♦♦
ボクは今日までの事を書き記した日記を読み返しながら、もうシャトノワ領に移住して半年が過ぎた事を実感する。
そしてボクはこの世界に生まれて、もう8年も経った。
あっと言う間に思えるし、とても長かったようにも思える。
だけど前世のような辛いだけの日々じゃなく、一日一日が尊く大切で、昨日があって今日があり、そして明日が来る事に希望が持てる幸せな日々だ。
さあ、明日も早い。
宿舎の修繕が終わりマルクさん達は宿舎に移った。
なので交代制で宿舎の方に家事手伝いをしに行く事になり、明日はボクの当番だから何時もより起きる時間が早い。
繁忙期が過ぎた事もあり主に動くのはシャンタルさん達でボクはあくまで補助だけだけど、男性陣の食欲は凄く朝から大忙しなのだ。
さて眠る前に何時もの日課をすませますか。
ボクは櫛を持ってメルの部屋に行く。
以前は必要最低限の物しか置かれていなかったけど、今は皆の手作りのぬいぐるみや小物が置かれた女の子らしい部屋に変わっている。隅っこには何故か、呪いの人形と言われたボクが作った熊のぬいぐるみもひっそりと置かれている。
そんな女の子らしい部屋で、机に向かいながらメルはシェリーさんが出した宿題をしていた。
「姉様?そう言えば、明日は何時もよりお早いのでしたね」
「うん、だから今日は早めにね」
メルは化粧机の方に移動して、ボクはメルの後ろに回って髪を櫛でといでいく。
そう言えば、シャーリーさんが前にメルが新聞で紹介されていた流行の髪型に強い憧れを抱いていたと言っていた。確か…縦巻きという髪型で…ん?どこかで聞いた事があるような…今は、関係ないか。
なので早い内に何時でもメルがしたいと言った時に、出来る様に練習しておかないと。
「前は肩の辺りだったけど、だいぶ伸びたね」
「はい、その…姉様はまた髪を切られるのですか?」
「このまま少しだけ伸ばす予定だよ、変装用の魔道具を使うから首の辺りまでは伸ばさないといけないから」
シェリーさんが用意してくれた髪飾りの形をした魔道具、それを付けると髪を染料を使わずに染める事が出来て、外せば元の髪の色に戻る不思議な一品だ。
ただそれを使うなら今の髪の長さだと短すぎるという事で不自然に見えない程度に伸ばし、それまではカツラを使うという方針に決まった。
「なら…姉様が髪を長く伸ばされないのなら、
「ふえ!?何を言ってるだ、メルは女の子なんだよ?ならお洒落をしないと!」
「姉様だって女の子ですわ、前世が殿方でも今は私と同じ女の子、なら姉様だってお洒落をしないといけませんわ」
「いやでも…メルは、王都で流行ってる髪型に憧れてるんだよね?ならもっと伸ばさないと…」
メルは頑なにボクが髪を伸ばさないのなら、自分も髪を伸ばさないの一点張りだ。
ボクだって…お母さんとお揃いでシニヨンにしたいという気持ちはある、だけど外では男に変装しないといけないから、あまり伸ばせないという事情がある。
別にソルフィア王国では男は髪を短く!という文化がある訳じゃないけど、困った……。
「…どうしても伸ばさないの?」
「ええ!ええ!姉様が伸ばさないのなら、
「いや、それはさすがに…」
メルはボクを気遣って言ってくれているのは確かだ、お母さんの髪を見てから自分の髪を気にしてしまう事がある、初めての髪結いの思い出が印象深くてつい無意識にやってしまうのだ。
きっとメルはその事に気付いて…。
「分かったよメル、ボクも髪を伸ばす、とは言ってもそこまで長くは伸ばせないよ」
「ええ!それでも構いませんわ、それに…姉様のこの綺麗な髪を短くするなんてもったいないですの、長さは…三つ編みやシニヨンが出来るくらいがいいですわ」
「うん、ならメルは縦巻きだっけ?それだね」
「ただお母様が、やるなら派手にやりましょう!と言っていらして…」
「シャーリーさんは勢いが凄いから…」
メルとシャーリーさんは、最初こそギクシャクしていたけど今では仲良しだ。
だからなのか、シャーリーさんは勢いを取り戻して全力でメルを溺愛している。
きっとメルは少しだけのつもりかもしれないけど、シャーリーさんの事だから縦巻きの方が本体と言わんばかりの盛り盛りな髪型にする可能性がある、お母さんとボクで止められる内に止めた方が良いかもしれない。
「次は姉様の番ですわ、さあ座ってください」
メルに促されてボクは椅子に座る。
「姉様の髪は、本当に綺麗ですわ、まるで上質な絹のよう」
「そうかな」
ボクの髪にブラシを通しながらメルはそう言う、髪質はお祖母ちゃん譲りだとお母さんは言っていたけど、自分の髪の事だから特に気にしていなかった。
「やっぱり、伸ばさないともったいないですわ」
これは…ちょっと伸ばす程度ではメルは納得し無さそうだ、それこそ腰の辺りまで伸ばす事になるかもしれない、なんだかメルは少しだけシャーリーさんに似て来たような気がする。
血は繋がっていなくても心が繋がっているから、それで似て来ているのかもしれない。
鏡に映るメルの顔は、何か妄想して興奮しているみたいでその表情はお母さんと一緒に居る時に、興奮しているシャーリーさんの表情と殆ど一緒だ。
そう思っているとメルは突然、ボクの顔の左側に触れる。
「どうしたのメル?」
「いえ、姉様の火傷の傷跡が綺麗に消えたのが嬉しくて」
嬉しそうにメルはそう言って微笑む。
ボクの顔の左側にあった火傷の傷跡は綺麗さっぱり消え、昔の火傷を負う前の状態に戻った。
「そう言えばメル、もうすぐ誕生日だけど何か欲しい物はある?」
「いえ、そんな…まだ色々と問題が山積みですし、何より審査に合格しないと、とても
メルはそう言って俯く、確かにヴィクトワール家の現状は最初の頃からあまり変わっていない。新しい特産品の目途が立ち実際に試作をしているけど、完成している訳ではない。
そしてマルクさんが言うにはクインスを使った醸造酒は今週中には完成しそうで、ジュラ公爵の審査はメルの誕生日の一週間前だ。メルはジュラ公爵が審査で合格を出さなければ、自分の誕生日は来年に持ち越して欲しいと旦那様とシャーリーさんに伝えている。
だけど、マルクさんは胸を張って順調に発酵が進み完成間近だと言っていた。
「大丈夫だよメル、間違いなくクインスを使った醸造酒は完成する、だから何か欲しい物があったら教えて欲しいな」
「姉様…ええと、でしたら前に姉様が言っていた、あの真ん中に穴が開いた道具で焼いたケーキが食べたいですわ」
「シフォンケーキだね、いいよ、ボクの得意なケーキだから腕によりをかけて作るよ、とそれ以外には何か欲しい物はある?」
「そっそんな、これ以上は…その…でしたらその、今日も一緒に…ベッドで眠っても?」
「いいよ」
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