8話 そして少女は愛を知るⅣ【良い意味での暴走】

「ごほっ!けほっ!げほっ!」


 何度来ても思うのは地下室は長い間まもとに掃除がされていない。だからすごく埃っぽい、一度だけ我慢が出来なくてざっくりと拭き掃除をしたけど一週間も経たずにこの埃だ。

 長居をすると埃を吸って呼吸器の病気になってしまう。

 早く目当ての物を見つけよう。


「ええと…確か……」


 魔力に反応して光を灯す魔道具を片手にボクは親方さん達に作ってもらった玩具を探す。

 一つの箱にまとめて入れてあるはずだけど……あった!


「さて、何で遊ぶかだけど…」


 ボクは木箱の中身を確認する。

 友達が出来た時の為に親方さんに頼んで作ってもらった玩具達、グリンダと遊ぶ為に使おうと思っていたけど色々あって使う機会に恵まれず、王都ではネスタ兄さんがインドア派だったからやはり使わず。

 作ってもらったけどずっと使う機会がなかったけど、ようやく使う時とが来た。

 それじゃあまずは……。


「メンコ!」


 うん、遊ぶのは裏庭じゃなくても問題ない。

 あと絶対にボクが圧勝してしまう、普段から鍛えているし何より内向魔法がある。

 これは駄目だ。


「パチンコ!」


 ……駄目だよね、何より危ない。

 親方さんに頼んで危なくない様に配慮してもらった筈が、勘違いした親方さんによって護身用に使える武器となった一品だ。

 うん、これはメルセデスお嬢様に使わせれない。


「ベーゴマ!」


 はい、これも駄目。

 だってコツを掴むまでが難しいのだ!紐の巻き方からベーゴマの投げ方まで、ボクだって満足に出来る訳じゃない。

 何よりメルセデスお嬢様に勉強の事を忘れられるくらい、夢中になる遊びをしてもらう必要があるから、これも駄目だ。


「危なくなくて、簡単で、かつ楽しくて夢中になれる玩具」


 ボクはド〇えもんがひみつ道具を四次元ポケットから探すようにあれでもない、これでもない、と箱の中を探っているとそれはあった。


「フリスビーだ、これも作ってもらったけど遊ぶ場所が無かったから使えなかったんだよね」


 あとグリンダが絶対に無茶な事をしそうだったから、窓ガラスを割って怒られる事態が目に浮かんでいたから使えなかった玩具でもある。

 うん、これにしよう。


 またまた勘違いをしそうになった親方さんに代わって、ニムネルさんが中心になって危なくないように改良がされていて、ドッチビーのように当たっても痛くないように円の隅にクッションが取り付けられている。


「うん、これならメルセデスお嬢様でも遊べる」


 ボクは散らかしてしまった玩具達を箱の中に戻してメルセデスお嬢様の所に戻る。

 裏庭に出ると何やらメルセデスお嬢様とアストルフォが話をしていた。

 何を話していたんだろう?


「お待たせしましたメルせエスお嬢様」

「遅かったですわね、それで何をして遊ぶのかしら?」

「これを投げ合って遊ぼうかと」

「投げ…合う……」


 あれ?メルセデスお嬢様は何で顔を引き攣らせているんだろう。

 変な事は言っていない筈だけど。

 ボクがメルセデスお嬢様の反応に戸惑っているとアストルフォがボクを呆れた目で見つめんながら、呆れた声で鳴いた。


「あ!そうか!そうだよねアストルフォ、あのメルセデスお嬢様、別に全力で投げたりしませんよ。これもほら、クッションが付いていて怪我をしないようになっているんです」

「ほっ本当ですわね、ええ、確かにクッションが付いていますし当たっても痛くはありませんわね」


 アストルフォに言われて気が付いたけど、この世界にはたぶんまだフリスビーは無い。

 だからこれは武器か凶器にしか見えず、投げ合うと聞いたら怖い方を連想してしまう。

 完全にボクの配慮不足だ、よしそれならお手本を見せないと!いきなり渡してもメルセデスお嬢様が混乱してしまう。


「メルセデスお嬢様、今からボクとアストルフォでやってみせますね」

「えっええ……それよりもマリアさん、アストルフォさんと話して……」

「じゃあ行くよアストルフォ、それ!」


 適度に距離を取ってからボクはアストルフォへ向けてフリスビーを投げる。

 メルセデスお嬢様に良く見える様に手首のスナップを利かせて投げたフリスビーは綺麗にアストルフォの方へと飛んで行き、アストルフォは見事に前足でフリスビーを受け止める。


「ナイスキャッチ!アストルフォ」

「ナイスキャッチではないですわよ!?何ですの!何で、何でくちばしではなく…前足……」

「アストルフォはすごく器用なんです、メルセデスお嬢様」

「器用って……」


 最初の頃のボクもこんな感じにアストルフォの器用さに驚いていたっけ。

 まあ、うん、考えても答えは無い、だからアストルフォだからで流すしかないのだ。


「クエ」

「ひゃわあ!?」

「次はメルセデスお嬢様の番ですよ」


 前足でキャッチしたフリスビーをアストルフォはメルセデスお嬢様に渡す。

 ただまだアストルフォの器用さの驚きでフリーズしていたみたいで、メルセデスお嬢様は可愛く悲鳴を上げてしまう。メルセデスお嬢様、馴れるしかないんです。


「そ、そっそれでは行きますわよ!」

「はい」

「とりゃあ!」


 掛け声は良かったけど、人に向かって物を投げるという行為は、やっぱりメルセデスお嬢様には抵抗があるみたいだ。少し腰が引けていて、フリスビーは明後日の方向へ向かって飛んで行く。


「あっ!しまったですわ!」

「大丈夫ですよ!はっ!!」


 ボクは思いっきり地面を蹴って、明後日の方向へ飛んで行くフリスビーを追い掛ける。

 と、思っていたよりもフリスビーの位置が低い、追い付てもキャッチできないな。


 それなら、ここはメイド長さん仕込みの体捌きの出番だ。

 ボクは猫が獲物を捕まえるようにフリスビーを目掛けて飛ぶ!そして右手でフリスビーをキャッチしながら、片手を地面につけて華麗に側転!からの、着地!

 大成功だ。


「何やってますの!」

「ふえ!?」


 ポーズを決めた途端、メルセデスお嬢様が顔を真っ赤にしてボクの方に通って来た。

 なっなにか、失礼な事をしてしまったのかな?


「何をしてますの!貴女は淑女なのよ!それなのに、それなのに、スカートの中をあらわにするなど!そもそも、マリアさんには普段から恥じらないが無さ過ぎですわ!」

「ごっごめんさない!」

「もう…はぁ……もういいですわ、続きをやりましょう」

「はい、気を付けます」


 忘れていた。

 今日のボクの格好は普段通りのメイド服。

 最近、何かとズボンを穿く事が増えたからうっかり忘れていた。

 気を付けないと。


「それじゃあメルセデスお嬢様、投げますよ!」

「何時でもいいですわ!」


 うん、メルセデスお嬢様もやる気が出て来たみたいだ。

 よし、ちゃんと取れるように丁寧に投げなるぞ、それ!

 フリスビーはゆっくりとメルセデスお嬢様に向かって行き、まだ少し怖がりながらもメルセデスお嬢様はしっかりと両手でフリスビーを受け止める。


「とっ取れましたわ!」

「お見事です、では今度はメルセデスお嬢様が投げてください」

「ええ、今度こそちゃんと投げて見せますわ!とりゃあ!!」



♦♦♦♦


 メルセデスお嬢様の筋は悪くない。

 一回で上手く行かなくてもへこたれずに挑む気概がある。


「ふっふっふっ!今のは、完璧でしたわ」

「はい、お見事です」


 自慢げに腰に手を当てて胸を張る姿は、何時もの気を張り詰めて眉間に皺のよった険しい表情より、ずっと生き生きとしていて可愛らしい。

 うん、少しだけだけど肩の力は抜けたみたいだ。

 ただ……。


「はぁー、はぁー、さあマリアさん!ぜぇー、何時でもいいですわ!」

「少し休憩しましょうメルセデスお嬢様、息が上がっています」


 部屋に引き籠って勉強だけして、日常的に運動をしてないメルセデスお嬢様の体力はあまり無く、ほんの十数分で意気が上がってしまっている。


「だっ大丈夫ですわ!まだ、はぁー、はぁっ、いけますわ!」

「駄目です、肩で息しているじゃないですか。何度も言いますが何事も休みをいれないといけません」

「なっ!?マっマリアさん!何をされますの!」


 まだやると言い張るので、ボクは裏庭に置かれているベンチまでメルセデスお嬢様をお姫様抱っこで連れて行く。

 身長はメルセデスお嬢様の方が高いけど、力はボクの方が上なのだ。


「無理は禁物です。体をこんなに体を動かすのは久しぶりですよね?なら、休まないと駄目ですよ、座って休んでください」

「……」


 あれ、もしかしてボクはまたやらかした?

 ベンチに座ったメルセデスお嬢様は何も言わず、ただ黙って下を向いて俯く。

 あっ!しまった!また考えも無しにお姫様抱っこをしてしまった!

 ど、どどどどどうしよう!!


「何でですの?」

「え?」


 やらかしてしまったと慌てるボクに、まるで絞り出すような声でメルセデスお嬢様は呟いた。


「何でわたくしにここまで…ここまで優しくしてくださるの?わたくしは、今まで貴女に酷い事ばかり言ってきましたわ」

「酷い事って、そんなこ―――」

わたくしは貴女に!初対面の時に!…邪険に、接しましたわ……」


 弱った。

 ボクは酷い事をされてとは微塵も思っていないかった、だけどメルセデスお嬢様は酷い事をしたと思っていた。だけどボクにはメルセデスお嬢様の悲鳴に思えていた。

 だからメルセデスお嬢様の事が心配だった。

 まだ一か月程度の付き合いかもしれないけど、ボクにはもう大切な人だ。

 だから悩んでいたり、苦しんでいたりしたら、放ってはおけなかったのだ。


「それは、メルセデスお嬢様が大切だったからです」

「たい…せつ?」

「はい、メルセデスお嬢様が大切で笑っていて欲しかったからです」

「ありえませんわ…こんな、最初から生まれて来なければよかったと、誰からもそう思われるわたくしが、大切だなんて…ありえませんわ……」

「何を言っているんですか!?生まれて来なければって、旦那様もシャーリーさんも、メルセデスお嬢様の事を大切に思っています!」

「ええ、ええ、ええ!知ってますわ!分かっていますわ!でも…皆、そう言ってましたわ。わたくしが生まれてからヴィクトワール家は悪い方向に行ったと……」


 ボクを見るメルセデスお嬢様の目は潤んでいた。

 この目をボクは知っている。

 ああ、そうだったのか。

 メルセデスお嬢様はずっと、大切で、大好きだから苦しんでいたんだ。

 自分さえいなければ、大切な人が幸せになれるって……。

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