5話 そして少女は愛を知るⅠ【惑う少女。笑顔の少女】
ジュラ公爵はお父様に難題を出されましたわ。
それは私にも極めて難題なのは理解が出来ましたわ。
だからついにジュラ公爵もお父様をお見捨てになったのだと
「メル!やったぞ。新しい特産品を考える事が出来たら、ヴィクトワール家を立て直すことが出来る」
お父様はそう言ってとても明るく笑っていた。
私にはお父様が恐ろしく能天気な気がしたのだけれど、他の方々も一様に明るく笑っていた。
無理ですわ!ここはシャトノワ領。
ワイン以外にも名産品は数多くありますわ。
それなのに新しい特産品なんて……。
「大丈夫よメルセデスちゃん。こんな難題ちょちょいのちょいよ!」
シャーロットさんまで能天気に笑って、危機感を抱いているのは私だけ?
ジュラ公爵がお父様にシャトノワ領の領役所で雇用する条件を提示して2週間。
四月がもう終わろうとしている頃。
我が家で不安に苛まれているのは私だけだった。
「今日は予定を変えてギルガメッシュ商会のオージェ支店で新商品の説明会が開かれるから、それに参加しようと思っているんだ」
「そうですか。となると…昼食はあちらで?」
「ああ、シャーリーも一緒だ」
お父様と執事のロバートさんには一向に特産品のアイディアが浮かばない事への焦りや不安は無く、それどころかとても活力に満ち溢れていますわ。
借金の返済期限を延ばしてもらう為に王都に行かれる時はどこか悲壮な、今生の別れのような雰囲気だったお父様は思い人のシャーロットさんと結ばれ、王都で色んな出会いに助けられて戻って来られた時は今まで一度も見た事のない表情をしていましたわ。
私と二人だけで暮らしていた時よりもずっと楽しそう……。
「説明会は何時まで行われる予定で?」
「一応…夕方の5時くらいまでかな」
「ではその時間に迎えに上がります」
そう。
今日も帰りが遅いのですわね。
何だか私だけ除け者…いいえ、いいえ。
誰も私を疎んじてなどいませんわ、全て逆。
私が自分から距離を取って……。
「さて、朝食をすませたら運転をお願いしますね」
「かしこまりました」
いけないですわ!
このままでは父親の部屋の前で盗み聞き何て淑女として恥ずべき行いですわ!
どこかに隠れ……。
「むー!?」
「メルセデスお嬢様、お静かに……」
どこに隠れようかと焦っていると突然、誰かが後ろから私の手を引っ張って隣の空き室に、一体誰が?え?もしかして……。
「もういいですよメルセデスお嬢様」
「マリアさん…何をなされるのですか!?」
「ふえ!?あの、メルセデスお嬢様がどこかに隠れようと慌てていたので」
可愛らしく困った表情を浮かべるマリアさん。
いくら私が突き放しても平然と笑って、今のようにこうやって気付いたら私の側…あら?何でマリアさんがここにいらっしゃるのかしら?
「マリアさん、もしかして私の後を……」
「ちッ違います違います!ボクは何時ものように、旦那様のベッドのシーツを替えに来ただけです!それでメルセデスお嬢様が旦那様の部屋の前でぬす…立ち聞きをしていたので、決して邪な事を考えてません!」
そうでしたわ。
マリアさんは私の側仕えだけでなく、料理から来客の対応まで何でもやっていましたわ。
幼い…今も私も彼女も幼いのですがとにかくリーリエさんの話では3歳の頃にはメイドの仕事を覚え始めていたらしくて、今では一般的な使用人よりもずっと仕事が出来ると言っていましたわ。
それなら家長であるお父様のシーツを替えに来ても普通ですわ。
「後でメルセデスお嬢様のお部屋に―――」
「結構ですわ!私の事は私で出来ます」
「あの…掃除に関してはボクに任せて欲しいかと…埃やカビはぜん息といった呼吸器に関する病気を引き起こしますし、換気が不十分だと空気が淀んで体に悪いですし」
「ですから結構ですわ!」
何でここまで私の事を心配されるのかしら!?今まで私はマリアさんに対して厳しく陰険な態度ばかりとっていたのにこの方はまったく私に対して悪感情を向けて来ない。
何でですの!
本当にこの方は奇妙ですわ。
「兎に角、許可無く私の部屋に入らいでくださる?」
「…分かりました」
マリアさんは少し落ち込みながらに返事をしてお父様の部屋に入って行く。
ぐっ!何ですのこの罪悪感は、まるで幼気な子犬に手を上げた様な気分ですわ!
き、気にしません。ええ!気にしません、私は自室に戻って勉強ですわ。
お父様達は今から朝食ですが私はもう既に―――私は何をしているのでしょう……。
シャーロットさんとどんな風に話したらいいのか分からなくて、距離を取って、私だけ朝食は別に食べて、きっとシャーロットさんは私の事を疎んでいる筈ですわ。
こんな可愛げのない憎たらしい私なんて……。
「メルセデスお嬢様」
「ひゃわあ!?」
「ふえ!どんしたんですか、そんなに驚いて?」
「貴女が突拍子も無く話し掛けるからですわ!で、何かしら?」
私に何の用事なのか問うとマリアさんはまたその容姿に反して無邪気な笑顔を浮かべる。
「えっと、ロバートさんが戻ったらシェリーさんが隣町に買い出しに行くみたいなので、何かご入用な物はありますか?」
隣町。
我が家があるのは領都が管轄する地域の端。隣の街との境。
買い物、主に食料品は領都より隣町の方が揃っているとリーリエさんが言っていましたから食材を買いたしに行かれるみたいですわ。
私の入用な物…ノートが残り少しなのとインクも無くなっていましたわ。
ですがここで買って来てなどと私は言いません。
なので。
「私も一緒に行きますわ。私が必要な物は私が手ずから選ぶ、なのでお手伝いは不要ですわ」
「……分かりました。ならボクも一緒に行きます」
「けっこ―――」
「駄目です」
ん?んん??んんん!?
私が断ろうとしたら、最後まで聞かずにマリアさんは私の言葉を遮ってはっきりと駄目と行ってきましたわ、でも何よりこの笑顔……怖いですわ!とても可愛らしい笑顔なのに「いいえ」とは言わせない圧がありますわ!!
♦♦♦♦
メルセデスお嬢様と買い物に行く事になった。
運転はもちろん丁寧な運転に定評のあるシェリーさん。
それと…ボクが興奮して走り出した時の為と買い出し要員のリーリエさん。
以上の4人で隣町に来ている。
領都は基本的に行政区として整備されていて、色んな公的機関や商会の本部が集中していて商店の多くはそこで働く人達向け。
なので全体的にお高い。
経済的に余裕の無いヴィクトワール家は少しでも節約する為にヴィクトワール邸から車で10分程の距離にある街、リヨンで食材や日用雑貨の買い出しなのだ。
ちなみに今のボクはアルベール・トマ。
ヴィクトワール家の使用人見習でメルセデスお嬢様の側仕えと言う事になっている。
あと……やっぱり今までメイド服やワンピースドレスばかりだったから急に男の格好をしたら違和感がある。
サスペンダー付きのハーフパンツと白いワイシャツじゃなかった白いドレスシャツ、そしてボクの髪を隠す為の帽子。
まさにどこにでもいる男の子の格好だ。
あっそう言えば、この格好をメルセデスお嬢様の前でするのは初めてだ。
「申し訳ありませんメルセデスお嬢様、ボクはその…ちょっとした事情でお屋敷の外ではアルベール・トマと名乗る事になっているんです。なので御用がある時はアルベールとお呼びください」
「………」
「お嬢様?」
「ひゃわあ!?え?ええ!分かっていますわ、その事はお父様から伺っています。ええ、外ではアルベールとお呼びしますわ、まあ呼ぶ事は無いと思いますが」
メルセデスお嬢様は今日も一段とボクに対してツンツンしている。
ただボクには照れ隠しに見えるのは気のせいだろうか?
「それじゃあぁ私とリーリエで買い出し、マリアちゃんはぁお嬢様と一緒にお買い物ね」
「はい」
「マリア、アストルフォがいなんだから興奮してお嬢に迷惑かけるなよ?」
「だ、大丈夫ですよ!ボクだって以前よりもずっと落ち着きが出て来ました!」
ボクが胸を張って言う。
だけどリーリエさんの目は「本当か?」という疑いの眼差し。
「お嬢、マリアは見た目こそ落ち着いて見えるけど、実際は子犬と変わらねぇ。気になったら走らずにいられねぇ奴だから頑張れ」
「へ?何を、言ってますの……」
「リーリエさん、ボクはこれでも成長してますよ」
よし。絶対に興奮して走り出さないように心掛けてリーリエさんの鼻を明かしてやる!
♦♦♦♦
「んじゃあここから分かれてだけど、マリア。何度も言うが興奮して急に走り出すなよ?」
「分かってんます!ボクだって何時までも子供じゃありません!」
「何言ってるのマリアちゃん。貴女はまだまだ子供よぉ、それじゃあお嬢様、大変だと思いますがぁ頑張ってくださいねぇ」
この二人は。
リヨンに着いてまず最初に帰りに買い物をして帰るという約束をして、ギルガメッシュ商会のリヨン支店の近くに車を停めて、そこから近くの商店通りに来たんだけど。
何故か二手に分かれて買い物するという段になってシェリーさんとリーリエさんはメルセデスお嬢様に妙な事を吹き込み始めた。
失敬な!ボクだって何時までも自分の衝動を抑えられない子供じゃないのだ!
よし絶対に二人を見返してやる。
それとメルセデスお嬢様と一緒の時間を過ごすまたとないチャンス。
今まで突っぱねられてばっかりだけど今日は大丈夫な筈だ。
さあ、メルセデスお嬢様と仲良くなるぞ!
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