3話 到着、リューベーク領

 アーカムを立ってから六日の朝、蒸気自動車は軽快なエンジン音を響かせながら素晴らしとしか言えない程に綺麗に舗装された2車線の道路を護衛をしてくれている軍馬に跨った兵隊さん達と一緒に駆けている。


 そう只今、リューベーク領の道路を疾走中なのだ!

 それにしてもリューベーク領に入ってから驚きの連続だった。


 セイラム領は領都から離れれば離れる程に荒廃した村々が目に映っていたけどリューベーク領は全く違っていた、途中に立ち寄った小さな田舎の村は少し寂れていたけど、とても穏やかな空気が流れていた。

 他にもセイラムだとライ麦が八割から九割のパンが主流だったけどリューベーク領だとライ麦と小麦が半々のフランスパンの様なパンが主流だったり、着ている服の素材が違っていたり。

 あとリューベーク領に近付くにつれて道が綺麗に舗装され始めていると思ったけど領境を越えたらそこから先は別世界だった、例えるならトンネルを抜けた雪景色というくらいに変化したのだ。


 よく映画に出て来る様なヨーロッパの石が敷き詰められた街道から現代日本にも遜色ない程の見事な道路がボクの眼前からエルベまでずっと続いている。

 2車線で大きくて重い蒸気自動車が通れる十分な広さと耐久性、そして道は驚くくらい綺麗に舗装されていて殆ど揺れないのだ、卵をクッションを敷かずに置いても罅が入らない程だ。


 蒸気自動車も綺麗に舗装された道に上機嫌なのか愚図る事なく軽快に走っている。

 何時もなら出せない速度で走っているからエルベはもう目と鼻の先、そびえ立つアーカムとは比べ物にならない立派な壁に設けられた入り口が見え始めた。

 あれ?入り口が幾つもある。

 それに火事でもあったのかな?少し煙臭い、それとモクモクと黒い煙が幾つも上がってる。

 ボクがそう疑問に思っているとロバートさんが煙を指差す。


「マリアさん、エルベの別名は何と言うか知っていますか?」

「別名ですか?うーん…分からないです」

「鉄道の街です、あの幾つも上がってる黒煙をよーく見てください。動いているでしょう?」

「……本当だ、全部動いてる」


 ロバートさんに言われてモクモクと上がってる黒煙が動いている事に気が付く、それはとても早くて動いていて上がってる黒煙のとても勢いがある。

 ただ遠すぎて何から黒煙が上がってるのか分からない。

 あれ、そう言えばロバートさんはエルベの事を鉄道の街と言っていた、なら黒煙を上げているのは!


「ロバートさん!あれってもしかして!」

「そうです、蒸気機関車です。自動車とは違い薪や石炭を燃やしてボイラーを温めるアルビオン式なのであの様に黒い煙を上げているのです」

「へえ……」


 エルベに近付くにつれてボクは息を飲んで、呆然とその驚くべき光景に圧倒される。

 壁に開けられた穴から伸びる無数の鉄の道、それは四方に向かって伸びていてその上をモクモクと煙を勢いよく上げて蒸気機関車が走る。

 蒸気機関車がひしめき合っている光景は圧巻としか言えなかった。


「エルベは歴史の浅い街です。蒸気機関車が誕生すると同時に当時のリューベーク領の領主が今後の物流は蒸気機関車が担うと言って、物流の拠点となる街を建設した所からエルベの歴史は始まりました」

「物流の中継基地…つまり、エルベは街自体が一つの大きな駅という事ですか?」

「その通りです、ボイラーから駅員の靴底まで、西部の物流の拠点として国中から人と物が集まり、そして西部の人と物はエルベから国中に広まって行くと言っても過言ではありません」

「すごい……」


 ボクはただ、目の前に広がる光景に驚くしかなかった。



♦♦♦♦



 予定よりも早くエルベに到着する事が出来た。

 門の前で兵隊さん達とお別れをしてボク達はエルベにあるギルガメッシュ商会の西部支店本店に向かう、あ、ちゃんと野外炊事具の改良案を写した紙を渡すのは忘れていない。


 何でなのかとても嬉しそうにしていたけど、何でだろう?ソルフィア王国という超大国の軍隊ならそういった物はちゃんとあると思うけど、まあ深く考えても答えは分からないから今はエルベの景色をしっかりと見てメモを取らないと!

 街を囲う壁は外壁と内壁の二つあって乗り入れた機関車が停車する駅は外壁と内壁の間にあり、内壁の中には乗り入れない様になっていた。


「不思議そうですねマリアローズさん」

「はい、街の中まで線路が続いていると思っていたので」

「それは排煙対策の為です、石炭を燃やして出る煙は人体に悪い影響があるので町に住む住民の健康を守る為に、街の中に入れるのは魔石を用いるソルフィア式に限定されているのです」

「成程……」


 ダンテスさんはボクの疑問に対して的確に教えてくれた。

 初期の頃は対策はされていなかったらしいけど排煙が原因で肺や気管を悪くする公害が問題になり、その対策として駅と言った設備は内壁と外壁の間に限定して街の中に乗り入れない様にした。

 修理などを行う工場にはソルフィア式と言われている危険な排煙を出さない牽引車で運び入れ、街の中を走る汽車もソルフィア式に限定されている。


 ただ魔石は壊れ易いから蒸気機関車には採用されていないらしい、自動車は法律でソルフィア式に限定されているから採用されているだけで、各自動車メーカーは耐久力のあるアルビオン式を使いたいというのが本音らしい。


「ソルフィア王国では公害を重く見て様々な対策が行われていますが不十分な面もまだあります。あと、海の向こうのグレートアルビオン及びブリタニア連合帝国、あの国は世界で最も酷い公害が起こっている場所として知られています」

「最も、酷いですか?」


 社会や日本史だと戦前は足尾銅山鉱毒事件や戦後は水俣病や四日市ぜん息とか酷い公害事件があった、ダンテスさんは酷い公害と言っているからたぶんそれらと同じ様な事が起こっているという事だろうか?


「灼石炭と言われている石炭を燃やす事で発生する、消えない煙に覆われ強い酸性の雨が降り、外を歩く時は防護服とガスマスクを着用しないといけない程の公害が起こっていると、大使館で働く友人から聞きました」

「防護服と…ガスマスク……」


 予想以上だった。

 消えない煙を生み出す灼石炭、ダンテスさんが言うには石炭の数十倍の熱エネルギーを生み出す灼色の鮮やかな石炭で燃やすと石炭よりもずっと体に害のある煙を出す性質があって、ソルフィア王国では灼石炭を観賞用として所持する事は許されているけど燃やした場合は最悪、懲役刑になる。


「話してるとこわりーけど着いたぜ、車はギルガメッシュ商会に返して、あたしらは荷物を運んでそのまま王都へ直行だ」

「分かりました、ではマリアローズさん、続きは列車の中で」

「はい、分かりました」


 リーリエさんに言われてボクは手荷物を持って車から降りる。

 荷台に積んである荷物を下ろして駅に持って行く荷物を回数に分けて運ぶ為に、どれから持って行くか選別していると、ギルガメッシュ商会の人達が来て荷物を運ぶのを手伝ってくれた。

 これなら何度も戻って来る必要はなくなる。


「では鍵は受け取りました、どうでした乗り心地は?魔石の耐衝撃性は従来の倍以上という触れ込みでしたが、故障などは?」

「二、三度程、魔石が砕けましたが主に悪路が原因で、それと乗り心地はとても素晴らしかったですわ」


 誰だろうこのお淑やかな女性は……シャーリーさんだけど何だろう、これが猫を被るというのだろうか?普段は感情的というか本能に忠実な女性なのに、今はギルガメッシュ商会のエルベ支店の店主さんに淑女の笑顔で応対している。


「あ、そうだ!すいません、あの野外炊事具はアーカムに持って帰られるんですよ?」

「そうですが、何かありましたか?」

「いえ、野外炊事具を返却する際にこれをダルトン工房の親方、ジョージ・ダルトンに届けて欲しくて、あとこれはグリンダ・ウォルト=エマーソン伯爵令嬢に」

「手紙ですか?ええ、良いですよ」


 親方さんには野外炊事具の改良案を書き留めた手紙と、グリンダにはエルベに来るまでに立ち寄った街や村で発見した今後のセイラム領の発展に必要な事を書き留め手紙を、封筒に入れて店主さんに渡す。

 野外炊事具は元々、持ってくる予定は無かったけど親方さんから必要になるかもしれないと持って行く様に言われたから持って来たけど、さすがに王都には持って行けないからエルベのギルガメッシュ商会の支店で借り受けていた自動車を返す時に一緒にアーカムまで運んでもらう事になっている。

 なので、手紙はもののついてど快諾してくれた。

 良かった、地味に郵便代って高いから……


「それでは皆さん、準備は忘れ物はないですね」

「「「はい」」」

「では駅に向かいましょう」


 ロバートさんに先導されながらボク達は壁の向こうにある大きな駅に向けて歩き出す。

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