12話 キャパシティーオーバーです

 けたたましいブレーキ音が鳴り響いたと思ったら灯が見えて、それが真っ直ぐこっちに向かって来ている事が分かって、皆は一斉に厨房の中に逃げ込み階段を途中まで下りて来ていたグリンダをボクはお姫様抱っこで抱えて二階まで駆け上がって難を逃れたけど、え?何で車がお店に突っ込んで来たの?

 というよりこの世界には車があったんだ。

 見た目は路面電車にタイヤを取り付けた様な奇妙な形を……いやそうじゃなくて、誰だ!こんな危険な運転をしたのは!道路交通法…はこの世界にまだ無くても安全運転は心掛けないといけない、ここは注意しないと!

 と息巻いて車に近寄った瞬間だった。


「だらーちくしょう!何でブレーキが壊れんのよ!」

「貴女の運転が乱暴だからよ!何がリンドブルム家令嬢よ、この暴走特急!」

「うっるさいわね、仕方がないでしょ急いでたんだから!!」


 中から女性の怒鳴り声が聞こえて、歪んで開かなくなったドアをガチャガチャ!と力任せに開けようとする音が聞こえたと思ったら、ドアをガンガンと蹴破ろうとする音に変わってそしてバガン!という音を立ててドアが吹き飛んで行った。

 ボクは呆然自失だった。

 そして中からは黒髪に黄色の瞳、背は中背で何より涼やかな凛とした綺麗な女性が出て来た。


 え?えええ!?どういう事!状況が恐ろしく早く移り変わる所為でボクは全くついて行けない!黒衣の男に襲撃されて絶体絶命だと思ったら、今度は謎の執事が現れてその人が女将さんの旦那さんで、そしたら車がお店に突っ込んできてそして車の中から美女が現れる。

 駄目だ、全く理解できない。

 頭がすごく痛い。

 ボクが混乱しているとロバートさんが車から現れた女性に近付いて会釈をする。


「御早い御着きですねバウマン子爵婦人、それで帳簿名簿などは忘れずお持ちになられましたか?」

「久しぶりですねギース殿、ええ問題無く根こそぎ持って来たわ。ダンテス」

「はい奥様、いえ元奥様。ギース、こちらの鞄の中に一式が入っています」


 ダンテスと言われたメイド服を着た妙齢の女性は大きな黒鞄をロバートさんに渡し、受け取ったロバートさんは中身を確認してから「確かに受け取りました」とお辞儀をして外から戻って来た執事服を着た青年に黒鞄を渡す。


「ではこれをデュキカス枢機卿猊下にお渡ししてください、私はこれを持って任務より外れますので」

「はっ!ではギース殿、御武運を!」


 そう言うと青年は闇夜に消えて行った……えーとどういう事?

 お願いだからボクだけ置いてけ堀にしないで!


「シャーリー!?」


 今度は何?と疲れて気分で後ろを振り返ると目を丸くしたお母さんがいた。


「お久しぶりです、お姉様」


 車を蹴破って現れた女性をお母さんはシャーリーと呼んで駆け寄り、シャーリーと呼ばれた女性はお母さんを「お姉様」と呼んで二人は抱擁する……え?えええ!?お姉様?お母さんはボク以外の親類はいないって司祭様が言っていたんだけど!え、もしかしてシャーリーさんはボクの叔母さん?いや、でもシャーリーさんはお母さんに全く似ていない。

 どういう事だ!?お願いだから誰かボクに説明してください!

 そしてさらにボクを混乱させる出来事が起こる。


「お久しぶりですねパルハニミエ中尉」


 シャーリーさんと一緒に現れた妙齢のメイドさんが気付いたら仁王立ちで厨房を睨んでいた。

 パルハニミエ、確かキルスティさんの苗字だ。

 呼ばれたキルスティさんは恐る恐る顔を出した後、よくホラー漫画で驚いている時の顔をして妙齢の女性の名前を―――。


「ダ、ダンテス少佐!何で!何で貴女がここに!」


 と、叫んだけどその前にえ?キルスティさんって少尉なの?それとダンテスさんは少佐?え?どういう事、本当にどういう事!?


「それにリュロー准尉とバーリマン准尉、隠れていないで出て来なさい」


 ダンテスさんに名前を呼ばれて最初はセリーヌさんもアデラさんも出て来なかったけど再び呼ばれると嫌々、二人は厨房から出て来た。

 リュローはセリーヌさん、バーリマンはアデラさんの苗字だった筈、そして二人共階級が、つまり三人は軍人さんという事かな?


「パルハニミエ中尉、それにリュロー准尉、久しぶりですね。そして以前とは比べ物にならない程に太りましたね」

「なっ!?」

「言ったかな行き遅れ!」


 キルスティさんはショックを受けて泣きそうな顔になりセリーヌさんは顔を真っ赤にして言い返した、ていうか行き遅れ発言は色々と問題が……。


「……ふっ二人に比べてさすがはバーリマン准尉です、見事なまでに体型を維持……維持?してますよね?して……貴女もですか」

「まあ…王都の、中隊の…見た目だけ、立派なご飯じゃなくて……愛情が篭った、美味しいご飯ばかり、だったから……」

「嘆かわしい、これが栄えある近衛騎士団第三中隊に所属する者とは……」


 あれ?そろそろ頭から蒸気が出て来そうだ。

 近衛騎士団?第三中隊?いや、本当にそろそろ誰か説明を……。


「そもそも貴女達は責任感が無さ過ぎます、いえそれどころか面汚しです!」

「待ってください!」


 思わず割って入ってしまった。

 面汚しって、三人が面汚し?ふざけるな!三人がボクの事をどう思っているか分からないけど、ボクにとってはキルスティさん、セリーヌさん、アデラさんは家族だ。家族を貶されて黙っていられない。

 さっきからダンテスさんは割って入って来たボクを殺意の篭った目で見て来るけど、正直言って怖いけど黙ってなんかいられない!


「貴女は…部外者は黙っていていただけますか?」

「部外者ではありません、ボクは家族です!」

「ふうぅ…私はお願いをしたのではありません、命令したのです」


 ゾワッとした、睨まれた瞬間、背筋がゾッとして……あれ?何で視界がクルクルって回ってるんだろう?もしかしてボク、首が斬り落とされ―――。


「マリア!」

「ふえ!?」


 キルスティさんに名前を呼ばれてボクは我に返った。

 一瞬だけ、自分が死んだと思った。

 首を切り落とされて、視界がクルクルと回る感覚に襲われた。

 恐ろしい位に生々しくてボクは腰を抜かして、腰を抜かして……。


「少佐、子供を…相手に、酷い……」

「いくら子供嫌いだからって、マリアは怯えちゃったじゃないですか」

「な!?私はただ、注意を―――分かりました、私が悪かったです」


 そう言うとボクに向かってダンテスさんは頭を下げて謝罪してくれたけど、どうしよう正直に言って別の意味で泣きそうだ。


「どうしたのですか、まだ腰が抜けているのですか?」

「……いえ、違います、違うんですがその……」


 顔がどんどん紅潮して行くのが分かる。

 この下着の中の生暖かい感覚は何時も記憶の片隅に追いやって最初からしていないと思い込む事で目を逸らして来た現実を思い出せる感覚だ。

 おねしょと同じ感覚、睨まれて腰を抜かした拍子にボクは、ボクは―――。


「何をい―――」


 ダンテスさんは言い切る前に全てを察して、近くにいたアデラさんは静かにボクの肩を叩いて慰めてくれた。

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