33話 珍しくマリアがざまあと言う

 月日が経ってボクは今年で7歳になった。

 身長も前よりは少しは伸びたと思うけどそれでもまだ同年代と比べて頭一つ分小さい。


 あれから修練を続けてナイフの扱いは比べ物にならないくらい、上達した筈だ。

 そして今日は今までの成果を試される事になる。


「さあマリア、昇級試験さね。今までの事をしっかりと守って励みな!」

「はい!」

「二人共…熱い、じゃあ…行くよ―――」


 開始の合図は無い、メイド道は常在戦場を旨としている。

 暗殺は場所を選ばない、日常の些細な一時に現れる。

 昨日まで苦楽を共にした相手ですら暗殺者となる、故に最初から不意打ち!?


「しっ!」


 後ろから現れた土人形は鋭い一撃を入れて来る、ボクは一撃目を払っていなし、二撃目は体を低くして避ける、獣の様に低く構えて左の袖から取り出したナイフで土人形の足を切りながら後ろをとる。


 一撃必殺を狙うより状況の確認、相手はボクより大きな土人形だ。


 正面からの力勝負は不利、それなら体格差を生かして素早く動いて確実に一撃を入れて相手を削り倒す。


 ボクは何度も攻撃を避けながら一撃を入れては距離を取るを繰り返して、少しずつ土人形を追い詰める、最初よりも隙が多くなって来た。

 そろそろ急所を狙う、そう思った時だった。


 何かを感じた、それは後ろから来ると第六感が知らせてくれた。

 ボクは咄嗟に横に飛ぶとさっきまで自分の居た所を勢いよく殴りつける土人形がいた。


 2対1、持久戦は不利。

 なら二体目を先に片付ける、ボクは短距離走のクラウチングスタートの態勢を取る。


「位置について、よーい……ドン!」


 最初から最高速で土人形に向けて走り出す、それを迎撃する為に拳を振り上げる土人形、拳はボクを目掛けて振り下ろされる。

 だけど拳はボクを捉える事無く空を切る、ボクはギリギリのタイミングで滑り土人形の股を抜けて後ろを取る。そして高く撥ねて首筋を左手のナイフで切り裂く。


 そして残りのもう一体の土人形目掛けてナイフを投擲する。

 難なくそれを打ち落とす土人形だったが一瞬、ボクが見えなくなったのか辺りを必死に見回している、ボクはナイフを投げた瞬間に態勢を低くして一気に土人形の懐まで走ったからだ。


 急速に態勢を変えると目に頼っている者は相手を見失う、だから土人形はボクを見失った。

 右の袖からナイフとを取り出す。


 隙だらけでがら空き、だからボクは右手で強く握り直し左手で柄の底を抑えて一気に飛び跳ねる。

 深々とナイフは顎に刺さり刃はそれよりも先に進み、土人形はもとの土塊に戻る。


「そこまで、マリアローズ。メイド道1級に昇級とする!」

「ふえ~疲れた……」


 気を抜いたら足が疲れて震えてしまう、数分の戦いだったけど一瞬でも気を抜くとアデラさんの操る土人形ことゴーレムに盛大に吹っ飛ばされるから、本当に緊張した。


「それにしても上手くなったね、魔力の操作もだけどナイフの扱い方も、最初はへっぴり腰だったのにね」

「マリア…思い切りが、良いから…慣れれば上達が早い、それに…シェリーみたいに、怠けない」


 息が上がって答える元気がないです。


 今日は土曜日、梅雨の合間の晴れの日を利用してボクは昇級試験を受けた。

 内容はアデラさんが操るゴーレムとの対決、合格条件はゴーレムと引き分けるか戦闘不能するかだった、でも思っていたよりも激しい戦いになってボクは息が上がって答える元気もない。

 でも今までの修練の成果を出せたと思う。


 木のナイフから本物のナイフに変わると最初は少し怖くなって思う様に使えなかった、ナイフの投擲もまとも的に当たらないノーコン、でもひたすら努力し続けたおかげで最近は命中率も上がってさっきの様な動きも出来る様になった。


 次からはさらに服の中に武器を隠す技術を教わりつつ格闘を習う事になる、今まで以上に厳しい修業が始まるけど確実に上達して行っている。

 今日の試験でそれを実感する事が出来た。


「さて、マリアはシャワーを浴びてもらって午後は丸々休みさね、夕方の為に英気を養っておきな」

「はい、女将さん」


 そう本来なら今日はお店の定休日なんだけど、臨時で営業する事になった。

 何があったのかと言えば聞こえて来る街の住民達の声が教えてくれる、街どころかセイラム領全体でお祭り騒ぎになっている、馬車通りは喜び躍る住民達で溢れている。


 門前広場は歌って踊る人たちが集まっている。

 そうバウマンが失脚したのだ。


 近く中央から役人さんが派遣されて本格的な改革が行われる予定で、そしてバウマンは爵位の剥奪と領地の没収、他にも余罪があるとして中央警邏も来る事になっている。


 つまり簡潔に言えば。


「バウマンざまあ……」

「口汚いよマリア、まあ気持ちは分かるがね」

「でも…あれみたいな、事はしたら…だめ」


 アデラさんが指差す方向ではキルスティさんやセリーヌさん、そしてララさんやシェリーさんが宿舎の方で真昼間からお酒を飲んで騒いでいた。


「「「ひゃっはー!」」」


 嬉しいのは分かるけどそんなに騒いでいたら副女将さんに怒られるよ、と内心思っているけど本音ではあの輪の中に入りたいという気持ちでもある。


「それよりもマリアはさっさと汗を流して来な、明後日には出店を出す予定だからね、それについても話し合わないと行けないからね」

「はい、分かりました」


 ボクは震える足に鞭を打ってシャワー室に向かう、出店で出す料理と今夜の皆の狂乱ぶりを考えながら。



♦♦♦♦♦



 ほんの少し前まで楽しみにしていたボクだったけど、今はとても逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 そうカオスだ、日頃の鬱憤が一気に爆発したのかお店はちょっとした混沌に包まれている、普段は滅多に表情の変わらない副女将さんがワインをラッパ飲みしながら無表情で笑っている。


 他にもお酒が入って普段は見せない醜態を見せる人が続出している、司祭様は半裸で踊っているし親方さんは勢いでお母さんのお尻を触ってニムネルさんに土下座をさせられていている。


 お母さんはお尻を触られたのがショックで泣きながらボクを抱きしめつつお酒をラッパ飲みしている。


「マリアー!愛してるわ!大好きよ!マリアー!」

「うん、ボクもお母さんが大好きだよ、だから落ち着いて」


 ボクの声が聞こえていないのかお母さんはさらにお酒を飲んで泣きながらボクを愛していると叫び続ける。


 あちらこちら皆が醜態をさらしている中、シェリーさんだけは冷静に火消しに奔走している、そう言えばシェリーさんて確かに怠け癖があるけど自分の負った責任は必ず果たすし、何より一番の常識人だ。


 ボクは最後で良いですよシェリーさん、少しずつお母さんの抱きしめる力が増して行っているけど今のボクなら多少は耐えられます、だから一番醜態をさらしている司祭様を眠らせてあげてください。


「次はおぼぉ!」


 ボクの念が届いたのかシェリーさんはズボンも下着も脱いでお盆で前を隠して何かしようとする司祭様を勢いよく殴って黙らせる、そしてお店の端に移動させて放置する。


 こういう時にシェリーさんと一緒に止める役割のリーリエさんはお酒が入って何かある度に爆笑している、笑い上戸だったんですね、でも笑い方がおっさんですよ……。


 明日、どうな顔をして皆と合えばいいんだろう。

 ボクはそう思いながら早くこの狂気の宴が終わる事を願った。

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