20話 塩カラアゲとギョーザの日

 ボクは分厚いノートをテーブルの上に置く。

 その分厚いノートを見た女将さんは訝し気に首を傾げて言う。


「何だいこれは?」

「ボクの頭の中に入っている料理のレシピを種類分けして書き直した物です。前のレシピノートは走り書きだったので種類分けをしていませんでした、なので今後の事も考えて一から種類分けをして書き直してみました」


 ボクはこれでもかと言うくらいドヤ顔をする。


 前にギルガメッシュ商会から貰った商品券の有効期限が迫っていたから一気に使い切ろうと思い、それならレシピノートを書き直そうと考え、どうせなら立派な装丁の本に書きたいと思って、残った商品券を全て売れ残っているけど無駄に高くて立派な装丁のノートに使った。


 そしてその無駄に高くて立派な装丁のノートは、ボクの手によってレシピノートに生まれ変わったのだ。

 まあ、でも半年以上も掛かってしまったのは計算外だったけど自分の誕生日前には完成させる事が出来た。


「記憶の中にある有名なレシピ本を参考に書きました、あと分かりやすく挿絵もあります、そして僕が知り得る全ての料理を書き上げました!」


 ボクが胸を張って言うと女将さん、副女将さん、リーリエさんの三人はは一斉にノートを開いて中を食い入る様に見始まる。

 まあ種類分けと言っても細かくではなく和食・日本食、洋食・中華、デザートという大雑把な分け方なんだけどね、それでも以前と比べて格段に分かりやすくなっている、あと最初のページにソルフィア王国に無いもしくは一般的ではない調味料の説明も書いてある。


 ふふふ、色んな料理の本を読んだ経験を生かして作った自信作だ。


「これは素晴らしい出来栄えです、文章も分かりやすく書かれています」

「文章に関してはシェリーさんに監修してもらいました」

「綺麗な挿絵だね、絵を描くのが得意だったのは知らなかったよ」

「いえ、アデラさんが教えてくれるまで下手でした、最初は不安を掻き立てる不吉な絵でした」

「面白れぇ料理ばかりだな、ただワガシとワショクってのは作れそうにねえな」

「個人的には醤油がありましたから、どこかに味醂みりんとかありそうな気がしています」


 東部の一部の地域で作られていた珍しい調味料、大豆を使ったソースで魚醤に味が似ているのに臭みが無い、それが醤油だったんだけど西部では受け入れられずに叩き売りにされていた。


 元日本人として悲しいけど、醤油があると分かった事で別の希望が見えて来た。

 もしかしたら味醂もあるかもしれない、南部と東部ではお米が作られているから清酒・味醂みりん・味噌は可能性が高い。


「今日は日曜日なのでとある料理を試作しようと思います、あとカラアゲの改良版もです」


 ふふふ、ボクがメイド道の修行に打ち込んでいる隙に料理の試作の大半をされてしまったのだから、今までのレシピ本に書いていなかった料理とふと思い出したカラアゲのレシピを今日は試作するのだ。


「マリア、悪い顔になっていますよ、リーリエ並みに」

「姉さん!?」


 いけない、いけない…これで副女将さんにカラアゲを先に作られたという無念を晴らす事が出来ると思ったらつい悪い顔になってしまった。

 ふふふ、醤油味だけがカラアゲじゃないのだ。

 清酒や味醂みりんが無くとも工夫次第では絶品のカラアゲが作れるのだ!


 そして今まで材料が揃うまではと秘匿していた日本で改良されて独自の進化を遂げてしまい、ラーメンと言えば?焼き飯と共にラーメン屋さんで定番となっているあの料理を作る。


 材料はまだ足りないけど、早くしないと先に作られてしまう。

 さあ、今日はついにあれを作るぞ!


「では今日の昼食は試食会も兼ねまして、ギョーザと塩カラアゲを作ります」




 ほんの数分前、一人で全部やろうと思ったのは良い思い出です、副女将さんとリーリエさんの圧力の前では無駄な足掻きと言うものでした。


「成程、つまりニホンシュとミリンの代わりに白ワインとレモンなどを使う訳ですね。それなら以前からサッパリした揚げ物が食べたいというお客様の要望に応えられます、では早速作って行きましょう」


 副女将さんは卑怯だ、ボクの甘やかされ耐性が低い事をいいことに膝枕で頭を撫でるなんて、一人で試作をしますと押し通せないじゃないか。


「んでマリア、あたしらはギョーザだけど何から始める?」


 リーリエさんも一緒になってボクが甘い物に目が無いのをいいことにシロップたっぷりで、さらにアーカムでは嗜好品のアイスまで添えたパンケーキを作るなんて言われたら、一人で試作をしますと押し通せないじゃないか。


 ボクって思っていた以上に安くて単純かもしれない。

 ううぅ、気持ちを切り替えろ、おやつはパンケーキなんだから気合を入れて試作に励もう。


「まずは皮を作ります」


 ギョーザは餡も重要だけどやはり一番大切なのは皮だ。

 まずはボールに強力粉と薄力粉を1対1の割合でそこに塩を一つまみ、今日は試作だから28枚分のレシピでするから100gと100gでそこにお湯を入れる。


 お湯の量はレシピによって様々だけど今回は100ccで作る、お湯を一気に流し込み菜箸は無いから細長い棒状の物でボロボロになるまで混ぜてから、手で全体を押す様に捏ねて一纏めにして行き、表面が滑らかになるまで捏ねたら常温で30分から1時間くらい寝かせる。


「それにしても少なくねえか?ベティーとか足りねーだろ」

「リーリエさん、後ろ……」

「は?何やってんだ姉さん」


 さっきから副女将さんは大量の鶏肉を一定の大きさに切り分け続けていた、それはもう鶏肉の山が出来る程にだ。


「いえ、塩カラアゲだけ作るのもあれなので、フライドチキンと言う物を作ろうかと」

「だからって、もしかしてマリアに対抗心燃やしてんのか?」

「……」


 ああ、ボクがカラアゲの改良型を提案したから料理好きで何よりボクの師匠として負けられないという気持ちからフライドチキンを、それに幾つも香辛料の瓶があるからレシピに載っているのとは違う、オリジナルの配合で作ろうとしているみたいだ。


「ララとかもそうだけ、子供相手に何やってんだよ」

「リーリエ、時として負けられない戦いがあるのです」


 副女将さんの目は真剣そのものだ、これは下手な事を言うと後が大変だ。

 リーリエさんは溜息をついてギョーザ作りを戻る。


「次は中身の具材を作るんだったな」

「はい、ではリーリエさんはキャベツとニラを細かく刻む作業をお願いします」

「任せな」


 その間にボクは挽肉の下ごしらえをする。


 まずは挽肉に塩・胡椒・醤油・すりおろした生姜を入れる、ここに粉末の鶏ガラや中華スープ、紹興酒とかを入れるんだけど鶏ガラの粉末や中華スープは存在しない、ついでに中国っぽい国はあるらしいけど未開の土地らしくて基本的に交流が無いから紹興酒も無い。

 ここは素直に無い物は無いで代用できる物が見つかったら足すという方向で行くことにする。


「切り終わったぜ、次は何したらいい?」

「刻んだキャベツを塩揉みして、余分な水分を出してください」

「あいよ」


 調味料を入れ終わった挽肉に片栗粉に似たじゃが芋粉を入れる。

 まあ日本の物も片栗粉と言ってはいるけど、今は馬鈴薯で作られているから同じものなんだけどね。

 あとは綺麗に馴染む様にしっかりと捏ねる。


「塩揉み終わったぜ」

「ではボールの中に入れてください」


 刻んだキャベツとニラも入れてさらにしっかりと捏ねて餡は完成だ。


「これも寝かせるので今度は副女将さんの方を手伝いましょう」

「おう、てまだ切ってらぁ……」


 副女将さんは黙々と山二つ分の鶏肉を作っていた、どれだけ作るつもりなんだろう。


「ふ、フライドチキンは副女将さんに任せて、ボクたちは塩カラアゲの準備をしましょう」


 ボクはリーリエさんと一緒に大きなボールを用意して準備を始める。


 まずはボールに白ワイン・塩・胡椒・レモン汁・すりおろした生姜を入れて漬けダレを作り中に鶏肉を入れて揉み込む、揉み込む、揉み込む、作業が二人掛かりでも終わらない。


 そうしている内に副女将さんも鶏肉を切り終えてフライドチキンの準備を始める、牛乳とタマゴを混ぜた液、それと小麦粉に副女将さん厳選の各種香辛料を混ぜて行く。


 そしてボクとリーリエさんも塩カラアゲの準備が終わったので寝かせる為に冷蔵庫……入りきらないから食糧庫にある冷蔵庫に入れる。


 そろそろ生地も良い頃合いだから取り出してまずは半分に切る、そして棒状に伸ばして14頭分ずつにして丸める。


 まな板に打ち粉としてじゃが芋粉を振りかける丸めた生地を手の平で押してざっくりと丸くした後、麺棒で8㎝くらいの円になる様に向きを変えながら伸ばして行く。

 そして伸ばし終わったら餡を入れて閉じる作業なんだけどこれが慣れるまでが難しい。


 まずは縁全体に水を付けて片側にひだを寄せながら…久しぶりだから少し上手く行かないけど閉じて行く、2回3回とする内にコツを思い出して来たんだけどリーリエさんは初っ端から綺麗に閉じて行ってる、これが本職の実力……ボクも負けてられない!


 餡を包み終わったら次は焼く作業なんだけと……副女将さんの方は揚げ始めているんだけと量が量だけにこのままだと出来上がりに大きく時間差が出来てしまう。


「なに馬鹿やってんだい…マリア、悪いけど片方使わせてもらうよ」

「はい」


 大量の鶏肉に悪戦苦闘している副女将さんを見かねた女将さんが手伝いに来てくれた、でも何でか副女将さんは悔しそうだった、表情は変わっていなかったけど。


「それじゃあ一回目はボクが焼きますね」

「ああ」


 餃子を焼く時にフライパンによって最初に油を引くか、引かないかが決まるんだけどお店で使っているフライパンはフッ素樹脂加工のフライパン並みかそれ以上に引っ付かないから、最初に温めたフライパンにギョーザを並べて小麦粉を混ぜた水を入れて焼いて行く。


 片栗粉の方がパリパリになるんだけど小麦粉の方が時間が経っても羽根がパリパリだから小麦粉で、油は後で最初は水を入れて蓋をして蒸し焼きにする。


 ある程度水が減ったら油を入れてまた蓋をして火を強めて蒸し焼きにする。

 油の撥ねる音が治まったら蓋を開けて、皿を乗せて引っ繰り返して完成だ。


「旨そうだねえ、先に味見してもいいかい?」

「駄目ですよ、食いしん坊たちが我慢しているんですから」


 女将さんは焼き上がったギョーザを見て味見をしようとしたけど、カウンターの前でお母さん、ララさん、セリーヌさん、そしてアストルフォが今か今かと待ち侘びている、だから女将さんにも全部できるまで我慢してもらわないと。


「リーリエさん、今やった手順でお願いします」

「分かった、にしても面白れぇな」


 ボクがお願いすると楽しそうにギョーザを焼き始めるリーリエさん、後の方では副女将さんが次々とフライドチキンを揚げて行き、となりでは女将さんも負けじと塩カラアゲを揚げて行く。


 さてボクはその間にギョーザのタレを作りますか。


 醤油にビネガーを入れて酢醤油を二つ作る、もう片方に一滴だけラー油の代わりに何となく作っていたホットオイルを垂らす。


 後は揚げ終わった塩カラアゲとフライドチキンをお皿に盛り付けて行く。

 そして女将さんと副女将さんが同時に揚げ終わり、いざ試食会を始めようと思ったら既に皆集まって今か今かと待ちわびていた。

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