14話 投資です!

 朝の10時台、淑女の酒宴に訪れる人は基本的に業者の人だけだ。

 お花屋さんのハリエットさん、それとギルガメッシュ商会の配送の人だけでそれ以外となると女将さんや副女将さんに用事のある人だけで、ボクに用事のある人は本来ならいない筈だけど、今目の前には親方さんがいる。


「すっかり看板娘になったそうじゃねえか、嬢ちゃん」

「はい、皆とても良くしてくれています。ところで今日はどういったご用向きで?」


 そうボクが親方さんに尋ねると突然、親方さんは麻袋をテーブルの上に置いた。

 麻袋をテーブルの上に置いた時の音はずっしりとした重たかった、あと少し金属音もしたけど一体、中には何が入っているんだろう。


「前によお、嬢ちゃんが作ったあのスライサーな、ギルガメッシュ商会を通して売り出してみたんだが、馬鹿売れした」

「そうなんですか?あれくらいの物なら普通に売ってそうですが」

「いや、誰も作ってなかった。気を付ければ問題ねえで今までやってたからな、工夫で済ませていた、んで実際に誰かが作って売り出したもんだからこの通り」


 親方さんは袋を開いて中を見せてくれ―――、ボクの思考は一瞬が止まってしまった。

 驚く事に麻袋の中には金貨が詰まっていた、しかも大きさから中金貨つまり5000ソルド金貨がこれでもかと詰まっていたからだ。


 え、なにこれ凄い大金、でも何で親方さんがボクにこれを見せるんだろう。

 この大量の中金貨を見せて自慢しに来ただけとは思えない、義理堅い親方さんはそういう事を嫌っていそうだ、何よりこれをボクに見せる必要はないと思う。


「それでな、あのスライサーは元々嬢ちゃんのアイディアだ、なら嬢ちゃんにも受ける権利がある、そこで6・4…つまり嬢ちゃんの取り分は6て事だ」


 ああ、そうい事か。なら答えは決まっている。


「いえ、お金は受け取れません」

「おうそう―――はああ!?」


 ボクの返答は親方さんには予想外だったみたいで、驚きのあまり立ち上がってボクに詰め寄る。


「おま、受け取れねえて1ソルドもってことか!?」

「はい」


 そもそもボクは知っていたから欲しいから親方さんに作ってもらっただけでお金儲けの為に作ってもらった訳じゃない、それに親方さんはお弟子さんたちを大勢抱えていて仕事だって沢山来ているけど儲けには繋がっていない、お店に立つ様になって常連のお客さん達が口々にそう言っている。


 時々お店に来ているけど商店でお酒を買うと高いから女将さんに頼んで安く譲ってもらう為で、そしてお酒はお弟子さん達に買って帰っている。

 つまり実際にはお酒好きなのに殆どお酒が飲めていないとニムネルさんが言っていた。


 だからと言ってお金を受け取らないのは親方さんに同情したという独善的な慈善の気持ちからでは無い、今のボクにはそんな大金は必要ない。

 今のボクに必要なのは親方さん達の技術力なのだ。


「欲がねえにも程があるぞ、おいベティー!代わりにお前が受け取ってくれ」


 厨房で朝食の準備をしていたお母さんに親方さんは言う、だけどお母さんは笑って断る。


「マリアが受け取れないって言っているなら私も受け取れないわ、それにマリアはお金は受け取れない、て言ってるしね」


 お母さんはボクの考えを理解してくれていたみたいた、何だか嬉しくてつい顔がニヤけてしまった。


 あ、親方さんがボクのニヤけた顔を見ていぶかしんでいる、そう言えば特に気にしていなかったけどボクってお母さん程じゃないけど艶っぽい子供らしい、そんな子供がニヤけた笑いをしたら何か企んでいる様に見えてしまう、ボクはニヤけた顔を元の真面目な表情に戻して親方さんを真っ直ぐ見る。


「はあ?どう意味だ、嬢ちゃん、何企んでる?」

「簡単な話です、投資だと思ってください」

「投資だあ?」


 ボクの言葉に混乱する親方さん、まあ目の前の5歳児がしかも見た目はそれよりも低く見える子供から、投資です何て言う言葉を言われれば誰だって混乱してしまう。

 だけど混乱している親方さんには悪いけど話を進めさせてもらおう。


「ボクは親方さんに作ってもらいたい物があります、ですが親方さんの工房は紙一重で保っている状態です、それだと作って欲しい物があるのに作れないという事になります。それだとボクは困ります、なので投資としてお金は受けれ取れません」


 親方さんはボクの言葉を聞いて考え込む、そして少し顔を上げてボクの目を見る。


「分かった、それで作って欲しい物ってのは何だ?もしかして武器の類か?」

「いえ、違います」


 その前に武器の類って――え?女将さん達は普段、親方さんに何を注文しているんだ?そう言えばララさんは小銃とか持っていた、セリーヌさんは普通にナイフを取り出してたしボクの使う包丁が出来上がるまで渡されていたナイフ、あれって今思えば凶悪な形をしていた。


 えええ……ボクが作って欲しい物で親方さんが最初に連想する物が武器って、えええ……。


「じゃあよ何を作って欲しいんだ?武器以外だと、分かんねえな」

「何で分からないんですか……ボクが親方さんに作ってもらった物は調理器具です、なら次も調理器具です」

「んだよそっちか」


 えええ……何で、いいやもう頭が痛くなって来たし、早く話を進めよう。


「とりあえず、お金は受け取らない、その代わりに調理器具を作ってもらう、それで良いでしょうか?」

「いいぜ、作ってやるよ。嬢ちゃんのおかげでニムに楽させてやれるからな」


 よし言質取った!


 それじゃあ最初に作ってもらうのは二つだ。

 ポテトチップスで急に増えた揚げ物に対応する為に少し痛んでいた普通の底の深い鍋を油鍋として使っている、でもそれだと何か違う感があって、だから一つ目は油鍋だ。


 次にこれはボクの趣味だけど生前は買えずに作れなかったホットサンドを作るホットサンドメーカーだ。前にリーリエさんに聞いてみたらそういう調理器具は存在しないと言っていた、ならこの機会に作ってもらおう。


 ボクは紙とペンを持って来て図面を描いて親方さんに渡す。


「面白い形の鍋と…変なフライパンだな、重ねて使うのか?何作るんだこれ?」

「ホットサンドという、焼いたサンドイッチです」

「何だそりゃ、普通のフライパンで作れねえのか?」


 当然の疑問だよね、クロックムッシュとかはオーブンで焼いて作るし、そもそもこの辺りだとサンドイッチはバケットに似たパンで作るのが当たり前で最近になって王都や東部から食パンに似た形のパンで挟むサンドイッチが普及し始めたと副女将さんが言っていた。


 それなのに段飛ばしでホットサンドを作るホットサンドメーカーを作ってくれなんて、親方さんの反応は至極当然だ、まあでも学校の調理実習で作ったホットサンドは美味しかったから、こっちでも作りたくなったのだから仕方がないのだ。


「まあいいぜ、鍋は明後日か明々後日には納品できるがこっちの…ホットなんちゃらは時間が掛かる、二週間は見ていてくれや」

「はい分かりました」


 親方さん達なら良い物が出来る筈だ、それに地球には無かった素材が溢れているからそれこそ地球の物よりも良い物が出来る予感がある。


 すごく楽しみだな~。

 そしてそれから2日後、早速油鍋が届いた。


 鋳物の油鍋、形は昔テレビで見た老舗の天ぷら屋さんが使っていた物と同じで平底の程よく深さのある油鍋だ、これならポテトチップスを作る以外にも色んな揚げ物に挑戦する事が出来る。


 トンカツ、コロッケ、メンチカツ、エビフライ、それに日本食ならテンプーラ、あ!忘れていた、そう言えば生パン粉が無かったんだ、ムニエルを作る時に使う細かく砕いたパン粉ならあるけど日本の揚げ物に欠かせない肌理の粗いパン粉が無いのだ。


 そっちも何とかしなといけない。

 まあボクが揚げるんじゃないんだけどね。

 とりあえず、これで副女将さんやリーリエさんもポテトチップスを揚げるのが楽になる筈だ。

 ボクの出番はホットサンドメーカーが完成してからだ。


 さてと色々と考えないといけないな、生パン粉と揚げ物とあの調味料を作る事を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る