Re:Maria Rose
以星 大悟(旧・咖喱家)
序章
走り抜けたその先で
「出来損ないの癖に――」
高校入試の結果を知った父さんが笑顔で歩み寄って来た時、僕は初めて父さんが自分の事を認めてくれたと思った。
周りにいる父方の親類も一様に笑顔で、珍しく祖父も笑顔だった。
部屋の隅で髪を茶髪に染めて耳にピアスまで付けている従弟が土気色の顔で正座している。名門中学に裏口入学した程度の学力しかない従弟は、かつて僕が一族総出で行われた罵倒大会を同じ様に受けたのか無様な姿で震えていた。
恵まれた環境に
次期後継者と祭り上げられていたのに蓋を開ければ、何とも無様な結果に終わっていた。
これで僕は父さんに認めて貰える、立派な息子だって、そう思った。
だけどお腹に突き刺さる包丁が、それは思い違いだと僕に教えてくれた。
「私の顔に泥を塗りやがって!死んで詫びろ!死んで詫びろ!」
父さんは完全に正気を失っていた、怒っているのに、怒っているのに顔は笑顔だった。
「な…何で?」
思わず僕の口から出た疑問を父さんは無視して包丁をお腹から引き抜き、ボクを蹴り飛ばす。
僕は壁に打ち付けられた痛みと腹を刺された痛みで思わず悲鳴を上げてしまう、僕の悲鳴を聞いた父さんは「五月蝿い!黙ってろ!」と喚き散らした。
何で僕は刺されているのだろう?何故、父さんは僕を殺そうとしているのだろう?失敗作と出来損ないと罵られ続けて来た、なら誰もが認める結果を出せば認めてくれると思った。難関で知られる名門高校に合格した、賞だって部屋を埋め尽くす量を取った、学校の成績は常に学年主席で有り続けた、なのにこれでも出来損ないと言って来る。
「死んで詫びろ!死んで詫びろ!死んで詫びろ!」
壊れたラジオの様に父さんは「死んで詫びろ!」と叫び続けている、周りに居る親戚も誰一人として止めに入るつもりはないのか、ただ笑っている。笑って「殺して償え」と言い続けている、隅では従弟が震え祖父は欠伸をかいている。ゆっくりと父さんが近づいて来る、血を出し過ぎたのか逃げたくても体が動かない、体の感覚も無くなって来た。
「な…んで……」
教えて欲しかった、何で僕を認めてくれないのか、何で僕を殺すのか、僕は何をしたら良かったのか。
「死んで詫びろ!!」
父さんは答えてくれなかった。
いや、答えてくれていた。
答えは随分、昔に聞いていた。
『私は長男という理由だけで家督を継いだ。弟は天才だったが次男という理由で家督が継げなかった』
でも、見返してやりたかった。
『次の家督は弟の息子に継がせる事になった。愚鈍な私は叔父や叔母から次の家督はお前に継がせるなと言われている』
認めさせてやりたかった。
『愚鈍な私の血に、次の家督に継がせる訳にはいかない』
僕が立派になれば見返してやれると思った。
『お前はただ何もするな、ただ愚鈍であり続けろ。私の息子に相応しい愚か者であり続けろ』
僕が一番であり続ければ、優秀な息子を育てた父として誰も、父さんを馬鹿にしなくなると思った。
『出来損ない、失敗作、一族の恥曝し、それがお前だ』
そうすれば父さんは僕を褒めてくれると思った。
そうすれば父さんは僕を認めてくれると思った。
どうすればよかったんだろう。
ああ、そうか、簡単な事だったんだ。
何もしなければ良かったんだ。そんなことを思った時、眠くなって来た。
何だかもう疲れた……。
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