靴飛ばし~明日天気になあれ!

 楽しそうな子供の声が聞こえてくる、よく晴れたある放課後。

 公園では、放課後集まって四人ほどの小さなグループで遊ぶ小学生たちや、砂場で一人黙々と城を作っている少年、追っかけっこをする小さな子供とその近くで談笑する母親たち。ここではそれぞれの子供たち(と彼らの保護者)がめいめいの楽しみを見つけ、過ごしている。

 グループで遊んでいる小学生たちはかくれんぼをしたりブランコや滑り台で遊んでいたが、そのうち疲れてしまったためか、木陰のベンチに座って休憩していた。休憩が始まると、さっきまでの元気はどこへ行ってしまったのか、という具合に全員の口数が減ってしまい、そのうち誰もしゃべらなくなった。

 そのような状況の中で、沈黙を破るように顔の丸い男の子が一言呟いた。


「明日も晴れるかなあ……」


 他の三人は一斉に男の子の方を注目した。天気の話題は、今の彼らにとっては興味深い話題だった。


「天気予報、見た?」


 隣に座っていた、長い髪を頭の後ろにまとめてポニーテールにしている女の子が聞いた。


「ううん、見てない」


 丸顔の男の子は答えた。


「俺も見てない」


 その隣の背の高い男の子が会話に割り込んできた。


「晴れたらいいなあ」


 いつの間にかベンチの後ろ側に回り込んでいたショートヘアの女の子が言った。


「雨降ったら、遠足中止だよね」

「中止かあ……」

「そんなのやだー」


 口々にそう言い合った後、皆の表情が曇り、また全員沈黙してしまった。

 そう、彼らは明日の遠足を楽しみにしているのだ。おやつを買って、必要なものを用意して鞄に詰め込み、あとは明日を待つだけ。そこまでしたのだから、明日は晴れて欲しい。そう願う四人だったが、それが逆に不安を生んでいた。もし雨が降って中止になってしまったら、これまでの準備も期待も全てパアなのだ。


「どうにかして、晴れさせる方法ってない?」


 丸顔の男の子が再び口を開いた。

 しかし、他の皆一様に押し黙ったままだった。それからしばらくして、背の高い男の子が自信なさそうに話す。


「あると言えば、ある」

「ホントに?」


 ポニーテールの女の子の表情がにわかに明るくなった。


「でも、100%なるわけじゃない。もしかしたら、雨降っちゃうかも」

「晴れる可能性があるなら、かけるべきだよ! 教えて!」


 ショートの女の子が後ろから言った。ポニーテールの子もうんうんと頷いた。


「わかった、じゃあやるよ」


 長身の子はすっくと立ち上がった。


「やったあ!」


 三人は皆喜んだ。そして、彼に続いておもむろに立ち上がった。


「明日天気になれ、って知ってる?」

「あの、靴飛ばして天気を占うやつ?」


 ポニーテールの子は答えた。そよ風がやさしく吹き付けてきて、彼女の一本に集められた髪が少し揺れた。


「そう。靴占いみたいなの。でも、俺がやると、占いじゃなくなるんだ。絶対にその通りになる」


 長身の子は前に出た。木陰からはみ出して、まぶしい日の光が彼の身体に当たった。


「うっそー、それホント?」


 ショートの子が口を手で覆いながら言った。


「信じてもらえないかもしれないけど……」


 長身の子が俯き加減に言う。


「いや、マジだよ! 僕前やったとこ見たことあるけど、ホントに雨降ったから!」


 丸顔の子が助け舟を出した。だから信じろよ、とその後に付け加えた。


「そっか……うん、わかった。可能性のあるほうにかけろ、ってあたしが言ったんだもの。あたしはあなたを信じるよ!」


 ショートの子は長身の子に期待の眼差しを向けた。

 長身の子は顔を上げて、口角を上げて笑みを作る。


「ありがとう。じゃあやってみるよ」

 彼は右足に履いていたスニーカーを半分脱ぎ、かかとで靴の後ろをスリッパのようにして踏みつけた。

 そして、その足を大きく後ろに引く。前に誰もいないことを確認して、長身の男の子は言う。


「靴を飛ばして表向きに落ちたら晴れ、裏向きなら雨、横なら曇りだ。じゃあいくよ」


 せーのっ、と彼が叫ぶと、後ろに引かれた足を勢いよく前に出した。


「あーした天気になーあれ!!」


 全員で叫んだ。靴は青い空めがけて高速で飛んで行った。


 時速にして何キロ出ただろうか。

 それは空高く跳び上がり、公園の一番高い木を軽々と飛び越え、近所のマンションの屋上をも越えていった。さらにその上を飛ぶカラスの身体をかすめていった。砂場で築城している少年もそれを見つめた。ずっと話し込んでいた母親たちも話をやめてそれを眺めた。やがてそれは空の彼方へと消え、見えなくなった。

 靴はどんどん速度を上げて上へと昇る。はるか高いところを漂う雲の中へ突入していく。それもあっという間に突き抜けて、そのまま成層圏へと到達する。そこでようやく速度が落ち、下降に入る。また、勢いが付く。重力に従って、それは斜めに落ちていく。再び雲の中へ、今度は上から入っていき、すぐに下から抜けていく。空気の摩擦を受けて、もうボロボロだ。それでも落下を続ける。街が見えてくる。澄んだ空から、布とゴムでできた物体が落ちていく。もうすぐでそれは地面へ到着する、というところで、それは摩擦に耐え切れず、バラバラに分解されていく。ヒモが、アッパーが、アウトソールが、それぞれ別の場所へと落ちていく。

 四人は、靴がどこへ行ってしまったのかわからなくなってしまった。


「……」


 全員でお互いの顔を見合わせた。しばらくまた無言でいたが、丸顔の男の子が突然声を上げて笑い出して、言う。


「あはは、きっと晴れだよ……! そうに決まってる」


 一呼吸置いて、ポニーテールの子も笑った。


「そっか……そうだよね!」


 彼女は言った。


「明日、楽しみだね」


 ショートの子も笑いながら言った。

 結局靴飛ばしの結果は誰にもわからない。けれども、飛ばした本人も能天気に笑っていた。

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