それは、すかしっ屁のような

亀虫

赤と黒のストライプ

 ワタシはナンシー。日本在住のアメリカ人デス。ワタシ、日本に留学中に出会ッタ日本人の男の人と結婚しまシタ。なので、一緒に日本に住んでマス。今では五歳の息子、ジョーも産まれて幸せな毎日デス。


 今日はジョーと公園に行きまシタ。林があって、チョット広い公園デス。ワタシたちは、その公園を散歩していまシタ。その途中に遊具が置いてある開けた場所がアッテ、そこにベンチがあるので、そこでワタシは休憩しまシタ。


 とはいえ、息子はヤンチャ盛りデス。溢れる元気で、静かにジッと休むことなんてできまセン。あちこち好奇心の赴くままに動き回りマス。でも、ワタシはそれを止めまセン。ワタシは彼にのびのびと育ってほしいのデス。だから、基本的に好きに動かせるのデス。親はそばで危ないことをしたり周りに迷惑をかけないようにダケ気を付けて見守っているだけでいいのデス。


「ママー、なんかいたー」


 おや、ジョーが早速何か見つけたようデス。鳥? 木の枝? それとも石ころ? いずれにセヨ、いろんなことに興味を持ってくれるのはいいことデス。ワタシはニッコリとしてジョーが発見シタものを見まシタ。


「変な色―!」


 ジョーはそれを指さして笑いましシタ。それは遊具に止まっていて、色は赤と黒のストライプ。扁平な甲虫で、ワタシの親指の爪くらいのサイズでシタ。


「ノォウ! それはカメムシデス! 触っちゃいけまセン!」


 カメムシって、あの触ると嫌なニオイを出すあのカメムシです! 一度触ったらなかなかニオイが取れまセン! カメムシはそのニオイで天敵から身を護るのデス。彼らにとって人間は敵、だからニオイ出しまくりデス! このままではジョーが臭くなってしまいます!


「えー、でも、きれいだよ」


 ジョーは言いまシタ。確かに赤と黒でキメたオシャレさんデス。ワタシがよく知ってる茶色や緑のカメムシではありまセン。でも、カメムシはカメムシデス! オシャレさんでも関係ありまセン! 彼らは臭いのデス!


「ダメダメダメ、触っちゃダメデス! すぐに離れなサイ!」


 ワタシの脳裏にトラウマが蘇りマス。それはワタシがジョーと同じくらいの年齢の頃。好奇心から、カメムシに触れてしまったのデス。そのときのニオイは、今でも痛烈に記憶に焼き付いていマス。自由にさせるとか、もう関係ありまセン。ワタシは同じ思いをジョーにさせたくないのデス。そんな思いをさせるくらいなら、ワタシは全力で彼を止めマス!


「何でー?」


 ジョーは聞きまシタ。彼はカメムシのことを知らないので、不思議そうな様子デス。


「臭いからデスよ!」


「臭いのー? どんなニオイかなー? 気になる」


 そう言うとジョーはおもむろにカメムシに触れようとしまシタ。


「ああー、ダメダメ!」


 ワタシは慌てて彼を止めまシタ。どうやらニオイのことが逆に興味をそそってしまったようデス。これはまずいデス。このままでは彼はカメムシを触ってしまいマス。


「えー、ニオイ嗅ぎたいのに」


 ジョーは残念そうに言いまシタ。ワタシは気が気じゃありまセン。


「その……あっ、そうデス。触ると臭いニオイを出した後、爆発するのデス! だからとても危険な虫なのデスよ!」


 ワタシは咄嗟に嘘をつきました。嘘は悪いことですが、日本には「嘘も方便」ということわざもありマス。彼の愚行を止めるためには、時には嘘も必要デス。だから、これは今の私たちにとって必要な嘘なのデス。は当然許されるべきものなのデス。


「爆発するの? なにそれ、かっこいい、見たい!」


 オーマイガー! また彼の好奇心を刺激してしまいまシタ! これじゃ止まりまセン! 次の嘘を作って彼の意識をカメムシから逸らさなくてはなりまセン!


「ダメダメダメダメ、危ないデスよ! 爆発したらケガだけじゃ済みまセンよ! 爆発した後あたりに毒が飛び散って、みんなが臭くなる「クサイクサイ病」にかかってしまいマス! ジョー、あなただけの問題じゃなくなるのデスよ、周りの迷惑になりマス! いつも他人に迷惑をかけちゃいけまセンって、口を酸っぱくしていっ

てマスよね? だから触っちゃダメ!」


 ワタシは必死に説得しまシタ。その甲斐あってか、ジョーはカメムシから目を逸らしまシタ。やっと諦めてくれたと思って、ワタシはホッとしまシタ。


「うーん、そうなの……」


 ジョーはうなだれて言いまシタ。彼には悪いケド、仕方のないことデス。周りを見て、諦めるべきことは諦めなければならないのが大人なのデス。ワタシたち大人は子供のうちにそれを教えなければなりまセン。子供はそうやって大人になっていくのデス。


 ジョーは今度は近くに落ちている短い木の枝に興味を示しました。棘もない枯れ枝デス。これならたぶん大丈夫デス。危険はありまセン。

 枝は二本ありまシタ。ジョーはそれらを箸のように持ちました。彼は器用なので、五歳で既にジャパニーズチョップスティックを自在に使えるのデス! 夫の教え方が良かったのでしょうか、アメリカの友達に自慢できて鼻高々デス!


 ところがジョーはそのまま先程のカメムシのところに行き、枝の箸でカメムシを摘まもうとしまシタ! ユーアーキディン!


「あーダメダメダメダメ!」


 ワタシは全力で止めまシタ。直接触らないとはいえ、それでびっくりしてこっちの飛んでくるかもしれまセン。カメムシは翅を持った飛べる虫デス。だから気を付けなければならないのデス。


「えー、触ってないよー? 触ってなくても爆発するの?」


「爆発しマス! だからダメ!」


「そっかー……」


 ジョーはまた残念そうな顔をしまシタ。これで今度こそ諦めてくれればいいのデスが……今ので油断も隙もあったものじゃないとわかりまシタ。ワタシはこれからもっと気をつけねばなりまセン。


「ねえ、ママ」

 ジョーはすぐにパッと明るくなって言いまシタ。ハッキリ言って嫌な予感がしマス。


「なあに、ジョー」


「これって、食べたらおいしいのかな」


「ノゥ! ノゥ! ノゥ! 食べちゃダメ! 絶対ダメ!」


 アンビリーバボー! この子はなんて発想をするのでしょう! こんなクサイ虫を食べようなどという危険な発想はワタシにはできまセン! 彼は何も知らないからそんな突飛なことが言えるのデス! そんな危険な行為は絶対の止めねばなりまセン!


「でも、納豆とかもクサイニオイがするけど、おいしいよ? この虫ってクサイんでしょ?だから食べたら意外とおいしいんじゃないかなって」


「ダメ、ダメ、ダメ! 爆発しマスよ! お腹の中でクサイニオイが充満してクサイクサイ病になっちゃいマス!」


「納豆は大丈夫なのに?」


「カメムシは納豆じゃありまセン! だからダメです!」


 ワタシはなんとか阻止しようと叫びまシタ。放っておくと箸でつまんでパクりとしてしまいかねまセン。


「ちぇー……しかたないなあ」


 よかった、やめてくれたようデス。これ以上興味を持たないように早いところ帰宅したほうがいいデスね。


「そういえばママ。カブトムシって虫いるよね」


 ジョーは突然訊ねてきました。ワタシは不思議に思って訊ね返しました。


「カブトムシ? それがどうしたんデスか?」


「カブトムシって……食べられるのかな」


「ホワット!? 一体何を考えているのデス!」


「だって、テレビでカブトムシを食べてるところ見たことあるんだ。カブトムシは臭くないよ。だからカメムシが食べられるなら……カメムシもお料理したら本当は食べられるんじゃないかって」


「ノーウェイ! 食べちゃダメダメダメダメダメダメ! テレビも番組制限しなきゃいけないのかしら!」


 ワタシは気が狂いそうでシタ。なんという執念、何でこんなにカメムシに執着するのかしら! 意味が分からないわ!


 ワタシはジョーの腕を引っ張って無理矢理連れ帰りまシタ。これ以上あの場で話をしていると今晩のおかずが赤と黒のカメムシになってしまいかねまセン! それは絶対ダメです! ディスイズインポッシボー!

 家に戻ると、夫が帰ってきていまシタ。夫は朗らかに「おかえり」と言ってワタシたちを出迎えてくれまシタ。


「アラ、帰っていたのね、あなた。私たちは公園で散歩してきたところなの。あなたは?」


 ワタシがそう言うと、夫は笑顔になって答えまシタ。


「聞いてくれよ、ナンシー。今日はサッカーの試合を見に行っていたんだけどね……いいものを買ってきたんだ」


 夫は足元に置いてあった紙袋を嬉しそうに持ち上げ、中のものを取り出しまシタ。夫の趣味はサッカーの観戦。夫の部屋はサッカーのグッズでいっぱいデス。ワタシは興味がないので全くタッチしていませんが、趣味を持つことは大事だと思うの

で、その状態を受け入れていマス。


「じゃん、まずはサッカーボール」


 スイカくらいの大きさのボールを見て、ジョーは喜びの声を上げまシタ。夫はそれをジョーに渡し、紙袋にまた手を突っ込みまシタ。


「そして、今度は……じゃじゃん! ユニフォームだ! 俺の地元のチームだよ! 今度これ着て一緒に応援に行こう!」


 大小あるサッカーチームのユニフォームも買ってきたようデス。大きい方はワタシ用、小さいのはジョー用のだそうデス。


 しかし、そのユニフォームを見たとき、ワタシは卒倒しそうでした。


 そのユニフォームの色は赤と黒のストライプ。


「わあ、カメムシとおそろいの色だー!」


 ジョーは喜びまシタ。


「カメムシ?」


 夫は不思議そうな顔デス。


「オーマイガ、オーマイガ、オーマイガーッ!!!!」


 ワタシは耐えきれずにそう叫んでその場でひっくり返りまシタ。



 このユニフォームがきっかけで、息子はサッカーが大好きになり、数年後にはサッカークラブのエースになりまシタ。ありがとう、赤と黒のストライプ。

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