それでも異能兵器はラブコメがしたい

カミツキレイニー/角川スニーカー文庫

第1話-01 インデペンデンス・デイ


――あの日、あのとき。君は何をしていた?


 東京オリンピックを一年後に控えた二〇一九年のバレンタインデー。

 その夜、高校受験を目前に控えた辰巳千樫たつみちかしは、自室にこもり勉学に励んでいた。

 カーテンを閉め切り、電気を落として暗くして、灯りは机上を照らすライトのみ。

 リスニングテストに向けて、イヤホンから流れる英語に集中していた、そのときだった。

 流暢な英語に重なって、階下から母親の大きな声が届く。



「千樫ー! ちょっと下りて来なさいっ! テレビで大変なことになってるよー!」


「……大変なこと?」


 こちとら受験生だ。苦手科目の予習以上に大変なことなど、そうありはしない。しばらく聞こえないふりをしていたが、母親の声はだんだんと大きくなっていく。


「千樫ー! 寝てる場合じゃないよあんたはっ!!」


 いよいよ集中力が途切れてしまって、千樫は耳のイヤホンを乱暴に外した。


「っせえな、今勉強してんだよ、ワッツハプンッ!?」


「何てえ!? 何でもいいから早く下りて来なさいっ!!」


「何なんだよ、いったい……」


 どうも尋常ではない様子だ。千樫はいら立ち混じりに席を立った。

 二階から居間へ下りると、母親は立ったままテレビに釘付けになっていた。


「あんた受験なくなるかもしれないよ」


「はあ……? 何でだよ」


 ソファーには中学一年生の妹が座り、膝を抱いてカップアイスを食べている。スプーンを口にくわえたまま、リモコンをテレビに向けていた。


「……どこもおんなじのしかやってないや」


 忙しなく切り替わるテレビ画面から、様々な情報が流れてきた。

 官房長官の記者会見。

 どこかの街の空撮。

 ヘルメットをかぶったリポーター。

 スタジオで持論を展開する識者。

『えー……それは目下調査中でございまして、状況がわかり次第すぐにでも――』

『こちら香港上空ではわずか一〇分前、無数の流れ星のようなものが――』

『津波の恐れがあります。沿岸にお住まいのみなさんは一刻も早く――』

『とても楽観視はできませんよ。これは人類誕生以来……いや、地球誕生以来初めての事態と言えるわけですから、あるいは、終末の始まりということも――』

 ――終末の始まり……?

 穏やかでない言葉に、千樫はますます怪訝に眉根を寄せた。

 妹が適当なチャンネルを選び、リモコンを置いた。

 慌ただしい報道スタジオを背景に、若いアナウンサーが座っている。

 縮小された画面の枠には交通機関の運行情報や、沿岸の赤く染まった日本地図があった。

打たれたテロップは――〝月かじられる〞――?

『繰り返します。今日午後八時二〇分ごろ、月が異能兵器によって、一部損壊しました』

「……ワッツハプン……?」

 二〇一九年二月十四日。その日、人類は月の一部を失った。

 ――が。

 それはそれとして置いといて。

 この物語は、SFでも異能アクションでもなく、あくまでもラブコメと注意されたし。

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