あとがき

蛇足話:それは果たして夢なのか

「ここはこの世の地獄か…」

 テスは、ぜぇぜえと肩で息をしながら、それでも何とか立っていた。


「リアン、お前の意思は俺が受け継いだからな」

 テスは、辛そうな目を、荒れた地面に倒れるリアンにやると、目の前の敵を見据えようと…


「おい、お前、勝手にオレを殺すな。オレ、もう死んでるから、死ぬ訳ないって分かってるくせに、何どこぞのバトル漫画の主人公気取ってんだ」

 リアンは、がばっと起き上がるなり、テスに向かって拳を振るった。

 それを、テスはいつもの無表情で尚且つ片手で受け止めると、反対側の手でリアンを殴ろうと…


「あのね、キミ達…今はそれどころじゃないでしょ。僕たちが、拳を振るうべき相手はあっち」

 はあとため息をつきながら、リアン―元王妃のリアンは、その相手に向けて指を差した。



 そこには、まがまがしい、黒いオーラを背負った、一人の人影があった。



「ああ、そうだったな。危うくこっちの馬鹿リアンのせいで、この状況を忘れるところだった」

 テスは、リアンをげしっと蹴り倒すと、王妃リアンの指差す人物に身構えた。



 その人物は、黒いオーラに、茶色のボブカットを揺らめかせた―サアラだった。



『殺す、殺す、絶対に殺してやる。どうして私だけがこんなに不幸になって、セシル様は、不審者と幸せに暮らして、しかも尚且つ旅行までしているの…?そんなの絶対に許せない。絶対に殺して、私だけのものにしてやる…。いいえ、セシル様だけじゃない、あの不審者も、その子供も殺して、その魂を永遠に炎で焼いて苦しめてやる』


 サアラは、俯いたまま、血走った瞳を見開いたまま、ぶつぶつぶつとつぶやき続けている。


「半分、怨霊化してるじゃねえか…」

 リアンは冷や汗をかきながら、サアラを見る。


「あの阿保女神が、しばらく男神と世界中を見回る予定があるからと、どっかへ行ってしまうなりこの襲撃ザマだ。絶対あの馬鹿女神、見回るなんて嘘で、セシル達の家族旅行が羨ましいから、真似しやがったんだ。…俺達がいなけりゃ、セシル家族3人とも、旅行中の不慮の死を遂げていたところだぞ。セシル達の旅行は終わったってのに、まだあのくそ女神の旅行は終わらないのか」

 テスは、口元の血を拭う。


「俺達だけで、こんな女、どうやって退けろってんだ…」

 万策尽きたと唇を噛むテスを、王妃リアンは「こうなったら」と見る。


「最終手段だ!バケモノにはバケモノを、怨霊には怨霊をぶつければいいんだ。ってなわけで、テスさん、後よろしく」

 王妃リアンは、満面の笑顔―その実、鬼畜の笑顔―で、テスの背中を「どうぞどうぞ、遠慮なく」と後押しする。


「おい、ちっさいほうのリアン。俺はもう怨霊じゃない。だから、あの時ほどの力もない。お前こそ、もう一人の人格の方のリアンをぶつけたら、勝てるんじゃないか?」

 テスは、『お前がいけ』と言うように勢いよく、王妃リアンの背を突き飛ばした。


「うわあああ」


 突き飛ばされて前のめりになっただけの王妃リアンを、サアラは突撃と勘違いして、手を振り念力のような力ではじき飛ばした。王妃リアンは、悲鳴を上げて30メートルほどぶっ飛ばされた後、ごろごろごろと地面を転がり、動かなくなった。


「ちびリアン!テス、お前なんてことを!」

 リアンは、なんてひどい事をするんだと、テスを見る。しかし、テスはしれっとした顔で、言い返す。

「大丈夫だって、お前さっき言ってたじゃないか、もう死んでるから、死ぬ訳ないって分かってるって」

「それでも、やっていいことと悪い事があるだろ、この鬼畜!」

 リアンは、テスの襟ぐりを掴むと、殴ろうと…


『ごちゃごちゃとうるさいのよ!さっさと、そこをどけて、私にセシル様を殺させるのよ、このゴミ虫のウジ虫どもがあああぁああぁああ!!!』

「「うわああぁぁぁああ!!!」」

 サアラが叫ぶ。それだけで、轟音を上げて暴風が吹き荒れ、テスとリアンは巻き上げられ吹き飛ばされる。


 そして、2人は、ある程度まで吹き飛ばされた後、サアラが風を一瞬にして収めたことで、地面に叩きつけられた。



「…うぅ」

 テスとリアンは、それでも何とか立ち上がろうとした。しかし、体に走る激痛に、もはや動けない。



『さあ、これで心置きなく、セシル様を殺せるわ!さあ、どうやって殺そうかしら。やっぱり、絞殺よね!あの時は邪魔されたもの!』



 サアラは、天に両手を掲げて「あっはっはっは」と高らかに笑った。しかし、その声は聞いているだけでおどろおどろしく、寒気を覚えるものだった。



「させるか…」

 テスは、立ち上がろうと、地面につく手に力を入れた。だが、再び倒れ伏してしまう。


「せっかく、あいつがやっと幸せを掴んだってのに…なんで動かないんだよ」

 テスは、動かない体を呪い、ぎりと地面を掴む。



 サアラは、歩いていく。きっと向かう先は、セシル。呪い殺しに行くつもりなのだろう。



「クソっ…」

 テスが、自身のふがいなさに、ぎゅっと目をつぶったその時…



「サアラ」


 誰か女性の声が聞こえて、テスははっと目を開いた。

 すると、サアラの背後に、一人の初老の女性が立っているのが見えた。


『え…』

 サアラは、体を硬直させた後、恐る恐ると言ったように振り返った。そして、目を見開いた。


『お母さん…』

 サアラは、信じられないというかのように、その女性―母グレタを見つめた。そんなサアラに、グレタは目に涙を浮かべながら微笑みかける。


「サアラ、ごめんなさい。ずっと謝りたかったの。私がセシル様の事を話さなかった事が、ここまであなたを苦しめるなんて、思ってもみなかったの。それどころか、あなたがセシル様に惹かれている事を知りつつも、微笑ましいと思って見ていただけだったの。全部、私が悪いの。私が、ちゃんとしていれば、あなたはこんなに苦しむことも、死ぬことも無かったの…」


 グレタは、深々とサアラに頭を下げた。


『お、お母さん…私は、別にお母さんのせいだなんて』

 サアラは、おろおろとグレタを見る。しかし、グレタは顔を上げて、首を横に振る。


「いいえ、全部私が悪いの。本当に、本当にごめんなさい。恨むならセシル様じゃなくて、私を恨んで…」


 グレタは静かに涙を流しながら、サアラに語りかけた。サアラは、生まれてからも死んでからも、初めて見る母親の涙に、ただただどうしたものかと、戸惑っていた。


 しかし、母に出会うという事で、感情の動物だった怨霊状態を脱し、理性と正気を取り戻したサアラは、しばらく思案する顔をしたのち、やがてふっとグレタに微笑む。


『いいえ、お母さん。私は、お母さんを恨めないわ。確かに、お母さんが、セシル様の事をずっと黙っていた事で、私は生きている間、すごく苦しんだし、辛いこともあった。だけど、今となって思えば、それで良かったと思う』

「……」


『結局、私の想いが叶う事はなかったけど、セシル様と出会えて、私は良い人生を送ることができたと思うわ。…セシル様がいなければ、私はずっと、どこぞの貴族に孕まされてできた子供として、いじいじじめじめと、引きこもって暮らしていたに違いないから…。セシル様と出会えて、外へと引っ張り出していただいたからこそ、私は広い外の世界を知ることができたの。…街の喧騒がどんなものか知ることができた、丘に咲く花の名前を知ることができた…そして、屋根の上で見る空の大きさも知ることができた…』


 サアラは目を閉じると、続ける。


『そんな些細な事ばかりだったけど、その些細な事こそが幸せだったんだと、今頃になって気づいたわ。あの人がいたからこそ、短い人生の間で知れたことは、沢山ある。もちろん、あの人に対しての恋心…人を愛するという気持ちも、知ることができた。……今思えば、それ以上の幸せなんてなくて…でも、生きていた頃の私はそうとも気づかず、もっともっとと幸せを求めすぎたんだと思う。…足るを知る…私はそうじゃなかったから、不幸になった…いいえ、不幸だと思い込んでいた』


 サアラは、目を開けると、グレタを見つめた。そして、手を差し出した。


『…いこっか、お母さん。もう今度はそんな失敗なんてしない。それに今度は、幸せを求めてばかりの私じゃなくて、誰かに幸せを与える私になるわ』

「サアラ…」

『もし、いつか来世で、またセシル様に出会う事があれば、今度は私はきっとあの人を幸せにできる』

 サアラは、憑き物が落ちたかのような笑顔で、『さあ』とグレタに手を差し出す。グレタは、おろおろと目を戸惑わせてその手を見ていたが、やがてふっとほほ笑むと、その手を取った。


 そして、2人は歩みだす。その姿は次第に透けていき、やがて白い光の粒子になって消えて行った。それと同時に、辺りの荒野の風景も、一瞬にして消え、緑豊かな草原となった。




「浄化、されたのか…?」

 テスは倒れたまま、あれほどの強敵が、本当にこんなにもあっさりと消えたのかと、辺りを警戒して、きょろきょろと見る。

「そうみたいだな…」

 リアンはなんとか立ち上がると、テスに肩を貸し、立ち上がらせた。…と、



「テスさ~ん、よくも僕を突き飛ばしたなあああ!!」

「ふぇ…?…っ!!」


 テスが、怒りに満ちた王妃リアンの叫び声を聞いて振り返ったのと、跳び蹴りを顔面に受けたのは同時だった。テスは、そのまま後ろにひっくり返る。

 そんなひっくり返ったテスの上に、王妃リアンは馬乗りになると、ボカボカとテスの顔にパンチを開始した。リアンは、慌てて王妃リアンを羽交い絞めにして、止めようとしたが、中々テスから引きはがせない。


「ちびリアン、その怒りはごもっともが、こいつぼろぼろだし、殴るのは後にしてやって」

「うるさいうるさい、もっとぼろぼろにしてやらないと、僕の気が済まない!」

 リアンは、テスの両頬を掴んでつねりあげる。

「いだい、いだい、誰か助けてくれぇ…!!」






*************************************

「はっ…」


 旅行が終わったその日の夜中、疲れでぐっすりと眠っていたはずのノエルは、飛び起きた。

 そして、不思議そうに首を傾げる。


「変な夢…」


 まあ、夢って大体そういうものかとノエルは思い直すと、ふぁああと一つ欠伸をし、再び布団に潜ったのであった。




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これは、おまけとして入れて良い物語なのかどうなのか…書かないでおこうか…と結局、後書きの部類に入れればいいやとおもって、書いた物語です。


果たしてこれはただのノエルの夢なのか、現実に起こったことなのか…。


次からは真面目に、後書き投稿しますが、一端完結設定にしておきます。

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