おまけ話②-2:家族旅行~カイゼル編②~

「りこん…そくりこん」

「……」


 先程の時計のある広場のベンチで、(セシルがノエルと行ってしまったため)カイゼルは特にすることもないので、レスターと二人座っていた。しかし、レスターは先程から、頭を抱えて座り込んだまま、うわごとのようにつぶやきを何度も繰り返している。


「そこまで落ち込まなくても…あいつ、一時的に腹が立ってそう言っただけだと思うぞ?帰ってきたら、言ったこと自体すっかり忘れてると思うし」

 カイゼルは構うと面倒くさい事になるような気がしていたので、微妙に距離を取って黙って隣に座っていた。だが、30分も経って、さすがに見ていられなくなったので声をかけた。


 すると、レスターは急にがばっと泣きそうな顔をあげたので、カイゼルは「ひっ」と言って後ずさった。


「いや、もう俺達は終わりだ…。セシルと一緒になってから今まで、離婚だなんて言葉、一度も聞いたことなんてなかったんだよ…。だから、あんな言葉を言うなんて、もうセシルは完全に俺に愛想が尽きたという事だ…。ああ…」

 レスターは再び頭を抱えると、「もう死んでしまいたい…」とうめいた。


「大丈夫だって。お前ら、出会ってからもう10年近く経つだろ?今更、ちょっと怒ったぐらいで、離婚するかっての。あいつはただ、ああ言ってちょっとお前を懲らしめたくなっただけだと思うぞ?」

「本当か?本当にそうなのか?!」

 レスターは、がばっとカイゼルの両肩を掴んで揺さぶったので、カイゼルはぎょっとする。

 必死の形相で肯定を求めてくるレスターに、どん引きしたくても肩を掴まれているので引くことができず、カイゼルもさっさとレスターに離してもらうべく必死に首を振って肯定する。


「そうか、そうならよかった…」

 レスターは、ほっと一息ついた。

 カイゼルは常識的に考えればすぐわかる事なのに、なんでここまで俺がこいつの世話を焼かなければならないのだろうかと思う。


「ああでも!やっぱりもしセシルが本気で離婚する気だったら、どうしよう」

「その時は、土下座してセシルにすがりつけばいい。恥も外聞も捨てて、泣き落とせば一発だと思う」

 カイゼルは半ば面倒くさくて投げやりな事を言うが、レスターはその言葉にうんうんといちいち頷いてくるので、カイゼルはなんだか少し申し訳ない気もした。だが、この馬鹿真面目な野郎に真面目に応対すると、込み入った話になって面倒くさい事になりそうなので、これぐらい適当に相手している方が丁度いいのだろうと思い直す。


「分かった!セシルが戻ってきたら、土下座してすがりつくよ。それでも駄目だったら、地面に這いつくばって謝る!」

「…レスターさん、公衆の面前だから、ここで土下座は止めような?後、這いつくばって謝ったら、頭がいかれたのかと、逆に愛想尽かされるからな…」


 だが、レスターは意気込んでいて全く聞いている様子がない。カイゼルは、地味な上、こんな変わった男のどこにセシルが惚れたのだろうかと、今更疑問に思う。


―でも、恋って、根本的にはそういうものなのかな


 ふと、カイゼルはそう思った。いつの間にか相手の事が気になって気になってたまらなくなり、いつの間にか相手を慈しみ守りたくなり、いつの間にかずっと一生、一緒に寄り添いたくなるという代物なのかもしれない。


―そして、その対象が誰になるかなんて、自分でも予測がつかないものなんだろうな…もしかしたら、その対象が、こんな変人になる場合も…


 と思ってから、カイゼルは、土下座の練習をし始めようとしていたレスターを、慌てて止めにかかった。


「なんで止めるんだ?完璧な土下座をしないと、俺はセシルに愛想を尽かされてしまう」

「…お前なあ…だからここ、公衆の面前って言ったろ…」

 至極真面目に返すレスターに、カイゼルは込み上げるため息を押さえる事が出来ない。


「…もういい、もう土下座の事は忘れろ。俺も一緒になって謝ってやるから、安心して大人しくしておけ。セシルとは付き合いが長いから、俺がお前と離婚しないでやってくれと頼んでやれば、あいつも断りはしないと思うし」

 何故友達夫婦の事に、俺まで頭を下げなければならないのかとは思うが、そう言ってやらなければ、このくそ真面目な男は、大衆の前で土下座リハーサルを大公開することになる。

 こいつが恥をかこうが知ったことではないが、一緒にいる自分まで関係者だと思われるのは絶対に嫌だ。


「本当か?!ありがとう!!」

 すると、レスターはぱあっと顔を明るくして、カイゼルの手を両手で取った。カイゼルは、『へいへい』と内心で呆れながら、「どういたしまして」と言った。


―セシルはよく、こんな男と夫婦をやっているなあ…


 カイゼルは、毎日のように、このくそ真面目な男と付き合っているセシルの苦労を思う。真面目ゆえに阿保過ぎて、ついていけない。


―俺が家庭を築くなら、もっと大人しくて可愛い人が…


 …と思った時、カイゼルは頭に思い浮かんだ女性の姿に、慌てて首を振った。そして、顔を両手でぱちんとはさんで、小さく「よし、忘れた」と言った。



「…?」

 レスターは、急にカイゼルが何かを振り払うような行動をしたので、不思議そうに首を傾げた。



「どうしたんだ?」

「い、いや。別に…」

 カイゼルは、慌てて首を振る。だが、レスターは興味を持ってしまったのか、じぃっとカイゼルの顔を見つめている。


「……」

 その無言の圧力に、カイゼルはどうしたものかと、考える。うっかり怪しませるような行動をしてしまった自分を恨むが、今更どうにもならない。

 それに、このセシル一筋なくそ真面目な男に、あの悩みを相談したところで、到底理解されないだろうし…と思った時、ふとカイゼルは、レスターの過去に思い至った。



「…レスターさん、そういえばレスターさんは、昔はセシル一筋じゃなかったよな?…本気で愛し合ったけど、死に別れてしまった恋人が居たんだよな?」

「…っ」

 レスターは、カイゼルの口から発せられた言葉に、息をつめた。

『急に何を』と言いたげなレスターの視線を捕らえたまま、カイゼルは続ける。


「昔、テスからお前らが引っ付いた経緯を聞いたことがあるんだけど、お前セシルに惚れた癖に、死んだ恋人の事をずっと引きずってて危うく殺しかけた…と言うか、セシルを一回殺したって聞いてる」

「…」


「死んだ後も引きずるぐらい愛していた恋人がいたのに、お前は結局セシルとこうして一緒になった。…どうしてなんだ?」

「…どうしてって……そんなことを聞いてどうするんだい?」



 レスターは、急に変な事を聞き始めたカイゼルを、訝るように見た。それに、カイゼルと友人とは言え、個人の事情を掘り下げるような質問に、少々警戒もしていた。



 そんなレスターの感情を読み取ったカイゼルは、言おうか言わまいかと少しの間、口をもごもごとさせていた。だが、ぐっと両拳に力を入れると、レスターの方を向いて口を開いた。



「…あのさ、昔、俺に好きな人が居たってことは知っているだろ?」

「…ああ」

 レスターは、アメリアの事を思いだし、頷く。


「…実はさ、俺…」

 カイゼルは、少し苦しげに眉間にしわを寄せた後、口を開いた。



「…好きな人、できたんだ。…アメリーじゃない、人…」


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