21-⑧:北の地へ
「…え、嘘だろ」
セシルは、王妃が目の前で忽然と消えてしまった事に、驚きの声をあげる。
「あいつ、もうあの器はないし、転送なんてできないんじゃ」
『ああ。だからあいつは、ノルンさんの血と、魔晶石でできた剣で、簡易的な転送の魔法道具を作ったんだ。本当にゲンシ的なつくり方だから、一回ぐらいしか使えないものだけど、あいつの吸収魔法と組み合わせれば、一発で北の地ぐらいの距離は行ける』
「…つまり、あいつを北の地に逃がしてしまったということですね」
ノルンは、はあと白いため息をつきながら、言う。
「ノルンさん、大丈夫ですか?」
アンリはノルンに駆け寄って傷口を見ようとするが、ノルンは「大げさですよ」とそれを手で押しとどめ、苦笑いする。
「大丈夫ですよ。幸いそんなに深くはありません」
「そうですか、よかった」
ノルンの怪我が軽かったことと、一端戦いが終わったことに、その場にいた皆が緊張を解いて息をついた。
『みんな…のんきにしてる場合じゃないよ。あいつは…!』
その中で一人だけ、王妃の心を読んでいたリアンは、緊迫した表情で叫ぶように言う。
『あいつはジュリエの民たちを襲って、彼らを神の涙と合成した上で、憑りつくつもりだ』
「へ…?」
訳が分からず、セシルが首をかしげたのに、リアンは必死になって言う。
『テスさんに憑りつかれた時のキミのような獣を作って、憑りつくつもりだ…!そして、手当たり次第に何もかも破壊するつもりだ!』
「ああ、あれか…!」
セシルは思い出す。テスに精神を支配されて、巨大な猿のようになった時の事を。
『そう。…元々同じ民族というだけあって、あいつはジュリエの民の肉体とは、親和性が高かった。だから、完璧な器が完成するまでのあいつは、よくジュリエの民の者を攫っては、器として使っていたんだ。…それに、ジュリエの民達は、神の涙の火山灰を多少なりとも浴びながら生活していたから、常人よりは神の涙に抵抗力もあった。だから、神の涙を浴びせても、細胞変異は起こしても死ぬ確率が低くて、実験材料にもよく使っていたよ。…とにかく、あいつはジュリエの民達の肉体を集め、神の涙で変異を起こさせて、あの巨大な化け物を造りだし器にするつもりみたいだ。…アメリアの器を全部失ったから、自棄を起こしたんだね…』
それにしても、あんなことをぎりぎりで思いつくなんて。きっと狂気の思いが為したことなのだろう。リアンは忌々しげに唇を噛んだ。
『それに、あっちなら、神の涙は採り放題だからね。ナギ山の山頂にいれば、採りたくなくても火山灰になった物を山ほど採れるよ』
「では、あいつが化け物になって手に負えなくなる前に、止めなくては」
ナギ山のある北の地は、人の足で何年もかかりそうな山脈の向こうにある。初代リトミナ国王は片道3日で飛んだとあるが、吸収魔法を使えるものが3人もいるなら、転送魔法を強化して、より時短に転移することが可能だろう。
「まずは、北の地までの地図を探さないとですね。ここの村長にお会いして、あるかどうか聞きにいかなければ」
ノルンは早速向かおうとしたが、リアンはその腕を引きとめて必死になって言う。
『ダメだ。今すぐにいかなきゃ、マズイ。あいつはもう着いて、行動を始めているはずだ』
「…今すぐってそんな事、できる訳がないでしょう?」
北の地は、場所が正確に分からない土地だ。転送魔法を使用する際には、目的地を座標として指定しなければならない。だから、地図を探し出し、それを見て北の地の位置を正確に掴んでからでないと、あられもない場所に出てしまう可能性があった。
「焦らないで、落ち着いて下さい。地図が見つかり次第、すぐに北の地に向かいますから」
『でも…でも、今すぐ行かなきゃ、手遅れになる…』
リアンは泣きそうな顔でノルンをみた。ノルンは申し訳なく思いつつも、地図がない以上どうすることもできない。
「地図なら持ってるぞ」
「え…」
その言葉に驚いてノルンが振り返ると、テスは懐をごそごそとあさっていた。そして、折りたたんだ紙を取り出し、広げた。
「北の地への道のりの地図だ。村長から借りたものを前に写した。これがあれば転送できるだろう?」
テスはノルンを見る。ノルンは頷いた。だが、次のテスの言葉に驚いた。
「さあ、一発で俺達を転送しろ。俺とセシルとリアンが魔力を貸すから」
「い、一発で?!それは無理です!」
ノルンは、とんでもないことだと首を横に振った。
「転送魔法は、移動に便利だとはいえ万能ではないんです。確かに魔力さえ十分にあれば、一度で遠方へ行くことは可能です。ですが、一度に遠方に転移すれば、正確な目的地との誤差が大きくなってしまうんです。…それに、この地図正しいんですか?」
「何百年も昔のものなんでしょう?」とノルンはテスの顔を見る。
「この際、精度とか地図の正確さはどうでもいい。大体でいいんだ。要はナギ山の傍までできる限り早く行けばいい。後はリアンに案内させて、あいつの元へと飛んでいけばいい」
「…分かりました。やれやれ、大陸の北の果てに行くことになるなんて、マンジュリカ事件に関わり始めた頃には、想像もしていなかったですよ」
ノルンはふうと郷愁めいた息をつくと、地図に目を落とす。そして、暫く眺めた後、目を閉じた。そして、ふっと気合いを入れるように息をつくと、目を開ける。
「じゃあ、テス。よろしくお願いしますよ」
「ああ。セシル、リアン、手伝ってくれ」
「ああ」『うん』
テスは、セシルの手をとると、ノルンと手をつないだ。リアンもノルンの左腕をつかみ、セシルと手を繋いで、輪となった。そして、4人は詠唱を始める。長い詠唱に合わせて、彼らの足元から魔方陣が描かれ始め、明るく緑色に輝く。それはやがて、ノルン達を中心として、その場にいる皆を入れながら直径10メートルほどの大きさに広がる。
「さあ、皆さん、行きますよ」
「ああ」
皆が口々に返事をしたのを合図に、ノルンは言葉を放つ。
「…発動!!」
それと同時に、魔方陣のふちから光の波が、勢いよく空へと伸びた。そして、それは一同の姿を包み込むと、緑色の光の筋だけを残して、消えたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます