第21章②:ゆずりは②
21②-①:ナギ山の下で
「…本当に北の地に来たのか…」
物語の中でしか知らなかった土地。カイゼルは感心したかのように、目の前に広がる景色を見ていた。
セシル達は、小高い丘の上に立っていた。辺りは険しい山地だった。眼下の平地も皆雪で覆われていて、ところどころ少しだけ、灰色の大地が見えている。どこもかしこも、白と灰色の世界だった。
そして、前方には、高い山が鎮座しているのが見えた。
「あれが、ナギ山…」
『うん、あれがナギ山だ』
カイゼルが口から零した問いに、リアンがどこか神妙な声音で答える。
その山は、今まで実物を見たことの無いカイゼルでも、すぐにそれと判断できるものだった。なぜなら、その山は火山というには、異様な山だったからだ。
その山は青い火を噴いていた。そして、青く燃える溶岩を、山肌に伝わらせていたのだ。その山は、灰色の曇り空を背に、異様な雰囲気でそこにあった。
『みんな、風の動きに気を付けて。今は風向きは大丈夫だけど、絶対に噴煙の風下に行かないようにして。噴煙にはとてつもない量の神の涙がふくまれているから、僕以外の人があびたら、一発でお陀仏か化け物になるよ。セシルとテスさんも、ある程度の耐性があるとはいえ、油断はできないから注意して』
「…わかったよ…」
カイゼルは、リアンの言葉にゾッとしながら頷いた。と、目の前に白いものが落ちてきた。
「ひいっ!」
「カイゼル、落ち着け。これはただの雪だ」
飛び上がったカイゼルに、セシルが呆れながら言う。
北の地はリザントとは違い、吹雪いてはいなかった。だが、時折ちらちらと、雪が舞い落ちてきている。
「…リアン、あいつの居場所は分かりますか?」
ノルンが不安な面持ちで、リアンに問う。リアンは目を閉じると、片割れの気配を探す。
『…あっちだ。あっちの方で、人間達を襲っている。僕がかつていた部族の者達だ…そして』
リアンは視えた光景に、恐怖に顔をひきつらせた。
『取りこんで…巨大化していっている。あらかじめ食べた神の涙を、食べた人間の肉体と体内で融合させながら、大きくなっていってる…』
「…止めないと!」
セシルは重力の魔方陣を展開すると、レスターと共に飛び乗った。そして、リアンの示した先を目指して飛ぶ。テスとリアンも、カイゼル達を魔方陣に乗せ、セシルの後に続いた。
山や崖の合間を通り抜け、寒い空気を切り裂きながら飛ぶ。そうして、やがて、怒声や悲鳴が風に乗って聞こえてくる。
小さな山を越えた途端、眼下に盆地状の平地が広がった。そして、そこには、毛皮でできたテントの集落があった。
「…!!」
セシルは、テントをつぶしつつ、逃げ惑う銀髪の人々を追いかける野獣を見た。銀色の毛におおわれた、猿のような獣。10メートルはある。セシルは、すぐにそれが王妃だと理解した。
集落に着くなり、テスは地面に飛び降りながら手を振った。化け物の足元に魔方陣が描かれ、蔓草が伸びて化け物を締め上げる。
「化け物になろうが、神の涙さえ消せば終わりだ」
テスはセシルを呼ぶと、手をつなぎ、2人で詠唱を始めた。それと同時に、化け物を締め付ける蔓草の部分から魔力吸収が始まり、体がぼろぼろと崩れ始める。
「……オマエカ」
崩れゆく化け物は、しかし、そんなことを全く気にも留めていないかのように、ゆっくりと振り返った。そして、水色の目で、ぎろりとテスを見た。
「…ボクノジャマヲスルモノハユルサナイ。トクニオマエダケハ」
化け物は、王妃の時の面影が残る声を、唸りながら発した。
「ゼッタイニユルサナイ。オマエハボクヲバカニシタ」
「…!」
テスは、自分達の吸収魔法が、逆に吸収され始めていることに気づく。
「テス、ヤバいぞこれ!」
セシルが焦った声を出したのと、化け物の体が蔓草をはじき飛ばして膨張したのは、ほぼ同時だった。
「オマエヲコロス!ソシテセカイヲホロボス!!」
化け物は咆哮した。それと同時に、化け物の体が青白く光り、すさまじい風を発生させた。
「…!!!」
テスは咄嗟に、セシルをかばうように抱きしめた。そのまま、テントや集落の人々と共に、何度も地面に叩きつけられながら吹き飛ばされる。
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