20-⑤:利用
そうして、半時間もしないうちに、テーブルの上の皿はすっからかんになった。少女は大きく膨れた腹を撫でながら、けふっとゲップをした。
「お前、チビのくせによく食うなあ」
テスファンは感心しながら、空の皿を見回した。
「そりゃ、何年もの間、ロクな物を食べさせてもらっていなかったからでしょう」
ジークが憐れむかのように、少女を見る。
「それもそうだな。あいつらの話を聞くに、獣扱いされて、生肉ばかり食わされていたみたいだから」
テスファンは「可哀想に」と言いながら、よしよしと少女の頭を撫でた。
急なことに、少女はびくっとしてテスファンを見る。
「なんだよ。そんなに驚かなくても良いだろ?」
テスファンは手を止めると、不服そうに少女を見た。
「…あんまり馴染みのない者に頭を撫でられたら、誰だって驚くでしょう?」
丁度部屋に入ってきたクルトは、呆れながらテスファンを見る。
「ええ、そうか?初対面でも、僕に撫でられた奴らはみんな喜ぶぜ?ジルだって、セリアだって、ミンナだって」
「それ、殿下のペットだった猫と犬とフェレットでしょう?動物と人間を一緒にしないでください。後、この際だから言わせてもらいますが、彼らは皆、殿下の愛玩ぶりには、ほとほと迷惑していたようなのですが」
「…嘘だあ、みんな喜んでたぜ」
テスファンは自信満々と胸を張る。
「なら、一生勘違いしておけばいいですよ」
クルトは、呆れ顔をテスファンから逸らすと、少女を見た。
「…神の娘さん、お食事が済んだところで申し訳ないのですが、頼みがあります」
「…?」
私などに頼みなど、一体なんだろう。ジークに訳されたその言葉を聞いた少女は、不思議そうに首をかしげた。
『単刀直入に言います。我々に協力していただきたい』
「何を、ですか?」
少女は不安そうに問い返した。何を頼むつもりなのか分からないが、この人たちのために自身に出来そうな事など、何も思いつかないのだが。
『…我々は祖国を失いました。それを取り戻したいのです。そのためには、神の娘であるあなたの力が必要なのです』
クルトは、テーブル越しに少女の向かいに座ると、説明を始める。それをジークが訳す。
サーベルンという国が、彼らの祖国―ヘルシナータと言う王国を属国化したこと。サーベルンの圧政に、王家が中心となって反乱を起こしたが惨敗したこと。そして、テスファンはヘルシナータ国王の末の王子であり、彼を覗き王家の者は皆サーベルンに惨殺―処刑されたこと。そして、命からがらテスファンたちは、サーベルンの支配の及んでいない大陸の北側に逃げてきたことを説明した。
『…それで、我々はサーベルンの追跡から逃れるため、できるだけ大陸の北の地―このリザントの地までやってきたのです。そして、今はこのリザントの長の屋敷に匿われているのです。…このリザントの地は、更に大陸の北にいるジュリエの民―あなたの故郷の方々と交流がありまして、ある日彼らから、北の地には『山の神の娘』と呼ばれる特殊な少女がいることを聞き及びました。魔力吸収という聞いたこともない魔法を扱い、どんな大怪我をしてもすぐに治るという不死身のような体を持つ。そんなあなたの存在を知ったのです』
「……」
『あなたはその力のせいで、長らく差別されて来たようですね。ですが、我々にとっては、その力はとても魅力的なのです。…だから、気分を悪くされるのを承知ではっきりと言いますが、我々はあなたを利用したいのです。我々が祖国を取り戻すために、サーベルンと戦う際、あなたに戦力となっていただきたいのです』
「……」
少女は、返事に戸惑った。それは、自身の忌まわしい力を必要とされていることもあった。だが、何よりも、彼らの祖国―ヘルシナータと言う見知らぬ国を助けるために、サーベルンと言うこれまた聞いたこともない国と戦ってほしいと言われていることに、すぐに返事できなかったのだ。
―私には関係の無いことだし。それに嫌だな、国なんて大きなものを相手に戦うなんて…
少女は、彼らの境遇を可哀想だとは思いながらも、そう思った。だが、自身が彼らに解放された身であるということが、少女に断わるという選択肢を口にすることをためらわせていた。
嫌だと言えば、無用になった自身は彼らに殺されてしまうかもしれない。殺されまではせずとも、そこいらの路地へと捨てられるかもしれない。そうなったら、こんな頼れる者もいない―まあ、故郷にもそんな存在はいなかったが―言葉も通じない見知らぬ土地で、自分が生きていく方法などない。
「…分かりました」
だから、少女はそう答えることしかできなかった。
その返事を聞いたクルトも、少女が頼みを断わることができないと最初から分かっていたようだった。「そうですか」と淡泊に言うと、「ありがとうございます」と続けた。
「……」
自分は吸収魔法を使えるだけだ。自分に戦える力など、あるのだろうかと不安に思う。
少女はうつむくと、服の太ももの所をぎゅっとつかんだ。
「…大丈夫だって。すぐ戦えって言う訳じゃないし。もう一年ぐらいは作戦を練りながら、ここにいるから大丈夫だよ。その間に、僕たちが鍛えてやるから」
そんな少女の様子に気づいたテスファンが、気の毒そうにぽんぽんと肩を叩く。
「……」
自身を利用しようとしている割には優しいのだなと、少女はどこか寂しく思った。
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