19-⑧:前世は案外情けない

「それで、その次の日に、ホリアンサに向かったんだが、遅かったと言うべきか…。リザントまで伝染病…『神の涙』が人々に変異を起こしている情報については来ていなかったから、異変に気づけなかった。すまない…」


 テスは、セシルとアンリに頭を下げた。


「いいよ、そんな事、仕方がないし…」

 セシルはテスの頭を上げさせる。アンリも「いいよ」と言いつつも、しかし眉間にしわが寄っている。


「そうだよ、セシルの言うとおり仕方がないことだし。それよりも…テス。君、何勝手に父さんに僕の事を!もうあの村とは関わりたくもないから、黙っていてほしかったのに!」


 アンリは、テスの襟ぐりをつかみ揺さぶった。しかし、テスはアンリの手をつかみ、空気を吸える分のスペースを確保しつつ、しれっとアンリを見る。


「仕方ないだろう?だって、お前が生きていることを言わなければ、俺は『神の涙』について知ることができなかったんだし。それにもしそうなら、俺は『神の瞳』について知ることもなく、今頃はホリアンサは化け物の巣となって、お前らは皆死んでいたかもしれないんだから。そう考えると、お前の存在くらい安いものだろ」


「安いってひどい!」とアンリはわめくが、セシルに肩をよしよしされて、しぶしぶと小さくなった。



「そう言えば、お前、魔法そんなに使えなかったろ?なのに、なんで原子魔法なんて使えたんだ?」


 セシルはふと思い出す。テスはカイゼルと、原子魔法と時間操作魔法を組み合わせて、ホリアンサ中の『神の涙』と『神の瞳』を消したようだが、テスが自身の体にいた時は、吸収魔法は使えなかったはずだ。


「それはお前の体にいた時の話だ。何故か今の体じゃ使える。しかもこの体、度重なる近親相姦のおかげか、かなりの魔力を持っていて、あんな規模の魔法も楽々と使えた」


 テスは自身の尻尾を振って見せながら、答える。



「そう言えば、あの時、セシルの所にだけは水色の矢が降ってこなかったけど…」


 レスターもふと思いだし、テスに聞いた。あの矢が『神の涙』にしろ『瞳』にしろそれらの物質を無効化するものなら、セシルに刺さっていなかったことで、何か問題がでてこないか心配になったのだ。


「ああ、あれか。水色の方は、『神の涙』と言う物質を特定して放った吸収魔法の矢だ。ちなみに、白い方の矢は、『神の瞳』を指定して放った時間操作のカイゼルの矢だ。…セシルをよみがえらせた男が使ったのは、おそらく『神の涙』。人間の体を甦らせる代物など、それ以外に思いつかない。だから、今のセシルの体は、『神の涙』と砂を練り合わせてできた、器みたいなものだ。もしセシルに水色の矢に当たれば、繋ぎの『神の涙』の力が失われて、セシルの体はおそらく元の砂に戻っていた。だから、セシルには当たらないように、除外指定したんだ」


「……」

 今更湧いてきた恐怖に、セシルは自身の体を抱く。すると、レスターがぎゅっとセシルに抱きついた。恐怖を感じたのはレスターも同じだったらしい。


 そんな2人を前に、テスは続ける。


「…後、その事で思いついた事があるんだ。…原子魔法で『神の涙』を指定して吸収魔法を使うことで、王妃の器の破壊ができるんじゃないかと。ただ…」

「ただ…?」

 セシルは問い返す。テスは、苦々しそうな顔をした。


「器を破壊できても、本体は残る。あの女の本体である石を、どうやって破壊するかが問題だ。あの女、石のままでも魔法が使える。器を必要としている以上、器がある時よりは魔法は弱いに違いないが、油断はできない。あいつは人に憑りつける上、麻薬患者から得られる魔力がふんだんにあり過ぎる」


 テスは顎に手をやり、眉間にしわを寄せた。その時、セシルは何かを思いついたのか、はっと顔を上げた。


「…テス、お前、一度あの女の精神を殺しかけたことがあっただろ。もう一回あれをやったらいいんだ!」

「…え」


 セシルは「オレってあったま良い!」と、ぱちんと指を鳴らした。しかし、テスは、そんなセシルを申し訳なさそうに見る。


「いや…あの時はたまたま、俺が感情の化け物みたいになってたからできただけで、あの、その、今はもうできないというか…」


「嘘だろ?あんなに病んでたくせに、今更できないって言うのか?」

「ああ…普通の人間として生き返ってしまった以上、あんなことはもう…」

「なっさけないなあ」


 セシルにぼろくそに言われ、テスは「すまない」と小さくなった。


「まあまあ、セシル。実は、あの女には天敵がいるんだ。要はそいつを探せばいいんだ」

 カイゼルは落ち込むテスの肩を叩きつつ、セシルに言う。


「天敵?」

「ああ。一度そいつは王妃を封印したらしいんだ。今は破れてリザントのどこかに封印されているみたいなんだけど」


 そう言えば、そんなことを王妃は言っていたと、セシルは思い出す。


「ただ…実は村長に会う前に、リザントで森とか山とか、怪しい所は皆探し回ったんだ。だけど、手がかりもないし、一面雪野原で余計に分からなくてな…」

「なら意味ないじゃん」

 セシルはぶうと口をとがらせた。


「そう言うなよ。俺らこう見えても、色々頑張ってたんだから」

 カイゼルはセシルの肩を叩き、なだめる。


「まあそれはわかるけど…。でもさ、よくよく考えてみれば、テスってあの女の精神を殺しかけた時に、記憶読んだはずだよな。なら、王妃が動乱を起こしている訳とか、王妃の天敵の正体が何なのかとか、それを王妃がどこに封印したかもわかるはずだろ?」


「……その、実は」


 すると、テスはばつが悪そうに、もじもじと手を弄る。その様子は都合が悪くなった時のセシルとよく似ていた。だから、『前世からの癖なのだろうか』と、アンリ以外の、セシルとの付き合いが長い者達は皆、思っていた。


「なんだよ。はっきり言え」

 セシルはぐっと目に力を入れて、テスを見る。すると、テスは観念したかのように言った。


「…その、何かあいつの記憶を見ていたはずなんだけど、なんでか夢を見ていた後のようにぼやっとしか覚えていないんだ…俺の記憶を引き継いでいるお前ならわかるだろ…?お前に憑りついていた間の記憶は同じ魂である故かはっきりと残っているけれど、それ以外の人間に憑りついていた時の記憶はほとんど残っていないんだ。それと同じような感じで…」


 その言葉に、セシルは頷かざるを得ない。テスの記憶も引き継いでいる今、セシルはその時の事は覚えていても、王妃の記憶の中に一体何を見たのか、さっぱり覚えていなかった。ただ、自身テスが「君って随分と低俗な理由が行動原理になっているんだね」と王妃に言った以上、その時点では何かを知っていたはずだ。


 だから、セシルは再び「なっさけないなあ」とテスに言った。ちゃんとテスが覚えてくれていれば、事が大きく進展したはずなのに。すると、テスはまた小さくなる。


「まあまあ。お前ら、双子みたいなものなんだから喧嘩するな。仲良くしようぜ」

 カイゼルは、セシルとテスの肩に手をやる。


「仲良くって、オレ、こいつに憑りつかれて散々苦労してきた気がするんだけど」

 セシルはじとーっとした目で、テスを見る。すると、テスはさらに小さくなった。


「まあまあ、それはこいつにも可哀そうな事情があったんだから。お前ならよく知っているだろ?許してやれよ」

「確かに、わかるけどさ…」


 セシルはしぶしぶと頷く。そんなセシルの肩をバンバンと大げさに叩きつつ、カイゼルは言う。


「とにかく、ホリアンサの事態は、一端は落ち着いた。そして、王妃の器の破壊の仕方もわかった。後は、王妃の本体への対処の仕方だ。そして、そのためには、あいつの天敵を探しだして、目覚めさせることが第一だ。だから、これからもう一度、リザントに探しに行こうと思う」


「…何の手がかりもないまま、また行ったところで見つかるのかよ。散々探したんだろ?また行ったところで、見つからないに決まってるぜ」


「…」

 カイゼルは、セシルの言葉に「うう」とうめくと、頭を抱えた。



「……僕が案内役になりましょうか?」

「…え」

 カイゼルがはっと振り返る。その申し出をしたのはアンリだった。


「僕は昔、よく父と一緒に狩りに行っていましたから、あのあたりの山や森は庭みたいなものです。物を隠せそうな場所とか、獲物が隠れていそうな場所についてはよく知っています。もしかしたらお力になれるかもしれません」


「…だけど、お前、もうあの村には関わりたくもないって」

 テスは戸惑いがちにアンリを見る。


「うん。だけど、こんな非常事態だからね。そんなことを言っていられないよ。それに、今回の件で僕は、異形になっていく患者たちを前に何もできなかった。だから、こんな僕にでもできることがあるのならば、少しでも力になりたいんだ。それに、少しでも友達の力になりたい―君を手伝いたいんだ」


 アンリはテスを見て、にこりと笑った。そして、他の皆を見渡すと、「お願いします」と頭を下げた。


「…」

 テスはどうしたものかと、カイゼルの方をちらりと見る。カイゼルは『まあ、いいと思うぜ』と小さく頷いたので、テスはアンリの方を向き直る。


「…わかった。そうしてくれ」

 すると、アンリは嬉しそうにぱあっと顔を明るくし、テスの手をとった。


「……」

 前世ぶりに、自身の事を友達と言ってくれる者ができた。内心うれしいのを隠しながら、「足を引っ張るなよ」と、テスはふんと顔を背けた。

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