小西 11話
辺り一面に黒ずんだ灰が、風に乗りひらひらと舞っていた。
僅かに息が残っていた数名の隊の仲間も、鬼に殺された大切な人も、憎い鬼も、周りの大木もさえも、何一つ残ってやしない。
何故、俺だけが──
自身が放った電撃の様な物が、全てを焦がしたのは分かっていたが、未だにこの場で生きている事に心が理解するのを拒んだ。いっそのこと、死んでしまえれば楽だった。
いや、まだ遅くはないか。
茫然とただ目の前を見ていると、黒の灰が不自然に目の前で旋風(つむじかぜ)を起こし、収束した灰が人の形を作り上げていくのを、ただ見ていた。
これが灰と化した鬼の悪足掻きだとしても、俺が生きる意味はもう存在しない。
どうにでもしたらいいさ──
「随分と、遅い発現でした」
黒の灰が完全に人の形となり、どういった原理で言葉を発しているのか、不気味にこちらへ喋りかけようとも、返答する気にもなれない。
「あなたは、尽力しましたよ」
中性的な声は不思議と、俺の耳へと馴染んだ。
「この世界へと導いたのは、私です。【神託】を下しに今ここにいて、あなたは【神託】を下される為に今ここにいます」
この世界へ来て、もう半年になる。今更俺に神託とやらを、真面目に受ける義理はない。
「他を当たった方が良い。俺は何をするにも中途半端で、今この場で死ぬ事すらできない。俺に、できる事はない」
神聖的な物を何一つ感じさせない黒い灰の塊は、先程俺がして見せた様に反応を見せない。いや、黒い塊故に、感情が読み取れないだけなのかもしれない。
「
会話をする気がないのかあるのか分からないが、俺はその石を知っていた。
千鶴石はその昔に、世界の繁栄を願って千の鶴が強い願いを込めた石だと、ロキさんに聞いた事がある。
この世界インシュラで3個存在する千鶴石を全て神に供えると、その繁栄を祝して願いを叶えてくれるとの話は、皆子供の頃に夢見るおとぎ話の一つであった筈だ。
「あなたがいた世界程に、この世界の歴史は古くも無ければ広大でもありません。その歴史の中で確認された千鶴石は、【ナカニシ・イナリ】が数年前に新たに手にした1つを入れ、現在3つ。後、2つ千鶴石は世に存在します。あなたに、1つの希望を与えましょう」
この世界には大分慣れた筈だが、それでも夢物語の様だ。
「全ての千鶴石を求めるのです。あなたの役目は、この世界の調和。私が作り上げた希望を形にして、山口涼子を死の世界からこちらへ戻しなさい。あなたには、山口涼子が必要なのでしょう?ならば、道は1つしかありません」
死者を蘇らせる事が、できるのか?
「名を与えましょう、【ミツネ】。それがあなたの、新しい名です。コニシ・ミツネ、あなたは群れを離れた狼の様に逞しく生きるのです」
答えるよりも先に、灰が風に舞い散り散りとなっていった。
腹部と腕の傷が、古傷の様に皮膚が白く盛り上がって塞がっている。
アルマさん、ロキさん、隊のみんな──
涼子──
やるしかない。
夢物語だろうと、何だろうと。
俺が息の根を止めてしまった仲間も、全員蘇らせる。
触るとぼろぼろと崩れてゆく灰を、気付くと集めていた。
村に吊れて帰らなければならない。
俺が、殺したんだから。
村の人間に、言えるだろうか。
正直に、この人達を殺したのは俺です、と。
神であろう存在と対面した今、自身の保身の為に事実を捏造する事が、露見される事が決まっている大罪に思えた。
どちらにせよ、俺は村を去らなければならない。
黒く濁った気分のまま、焦土と化した場所を後にした。
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