第六章 決戦準備

19.ヒガンテの目標

『よ、坊ちゃん、嬢ちゃん、無事かい?』


 通信越しの声はケン・トのものだった。


「全員無事です」


 トモ・エが答える。


『そりゃ、なにより』

「ありがとうございます。ケン・トさん」


 ソラはケン・トに言った。


『ふふん、それほどでもないぜ』


 ケン・トは得意げに言う。


「どうしてよ……」


 ソラの後ろに立っていた舞子が絞り出すような声で言った。


『うん?』

「どうして、あんたが助けてくれるのよ」


 その舞子の声は、まるでケン・トを非難しているようにすら感じられた。


「舞子、気持ちは分かるけど、今回は助けてもらったわけだし……」


 ソラが慌てて言いつくろおうとすると。


『どうしてって、子どもがバケモノに殺されそうになっていて、助けられるのが自分だけだったら、そりゃあ助けるだろうが。それ以上の理由はねーよ』


 ケン・トの声は、通信越しに聞いても少し気恥ずかしそうに聞こえた。


「私は恐くて動くこともできなかったのに……」


 舞子のその悔しそうな呟き声は小さく、おそらく通信越しのケン・トには聞こえなかったのだろう。


『で、結局あのバケモノは一体何なんだ?』

「あれがヒガンテです」


 トモ・エが答える。


『……やっぱりな。そうだろうとは思ったぜ』

「これでわかったでしょう。レランパゴを過度に持っていればその星がどうなるか」


 だが、そんなトモ・エにケン・トは鼻を鳴らしてみせる。


『そう言いながら、お前らだって奴らの生態なんて理解してねーんじゃねーのか?』

「なにを……」

『だってそうだろ、理解していたら、あんなところで鉢合わせになるわけないもんな』

「それはっ……」

『だいたい、お前少しは責任を感じたらどうだ? 地球からお子様連れだして、あんな危険に直面させて。俺様が助けなかったらそこの2人死んでたぜ。イスラ星のアンドロイドはどこまで無責任なんだよ?』

「くっ」


 どうやら、トモ・エもそのことについては反論できないらしい。


『ともかくだ、今は奴らを調べることが大切だ。ここからなら何とか観測できんだろ』

「それは……そうですね」


 トモ・エがそう言うと、モニターが切り替わる。

 そこにはヒガンテの群れが映し出されていた。

 その中心にはレランパゴの輝き。


「あれ……今の姿?」


 舞子がこわごわとたずねる。


「はい、今まさに、ヒガンテがレランパゴを捕食しようとしています」


 と。

 群れの中でもひときわ大きなヒガンテが大きく口を開き、レランパゴを飲み込んだ。


「あ、あああぁぁ」


 舞子が恐怖に震えた声を上げる。

 巨大なヒガンテは光り輝くレランパゴを飲み込むと、さらに巨大化しようとしていた。


 ---------------


『確かに、こりゃぁ、シャレになってねーな』


 ヒガンテの群れが動き出したのを確認してから、ケン・トが言った。


「あいつら、どこに行くんだろう?」


 ソラは何となく、そんなことを言った。


「さあ、また別のレランパゴに向かうんじゃないの?」


 舞子が言う。


「……そうですね。え? でもこの方位って……」


 トモ・エがつぶやくように言った。


「どうしたの? トモ・エ」


 ソラが聞く。


「い、いえ、その、ただの偶然かもしれませんし……ですが、これは……」

『何を言っているんだよ、アンドロイドのくせにそんな煮え切らない言い方してるんじゃねよ』


 一方、ヒガンテの映像をじっと見ていた舞子が呟く。


「……まさか」


 舞子は慌てたように、自分のタブレットを操作しはじめる。


「どうしたの、舞子?」

「……トモ・エ、これって……」


 舞子の声に、トモ・エが視線をそらす。


「なんだよ、どうしたんだよ?」


 ソラは舞子のタブレットをのぞき込んだが、なにやら難しい数字と宇宙図が表示されていて意味が分からない。

 だが、舞子とトモ・エの態度からただ事ではないと感じる。


「私の空間認識能力と計算結果が正しいとしたら……奴らが動き出した直線上にあるのは……」


 そこまで言って、舞子はトモ・エの顔を伺う。

 トモ・エは仕方がないという顔で認めた。


「はい、奴らの向かう先にあるのは2人の生まれた太陽系です」


 トモ・エが重々しい声で告げる。


「……え、それって……でも偶然じゃ?」

「もちろん、その可能性もあります」


 トモ・エはそう言うが、続く舞子の声は悲鳴に近かった。


「でも、ここまで一致するなんてありえない。宇宙レベルで考えたら、ほんの少しの角度のずれが進むごとに大きなずれになっていく。ここまで方向が一致して、偶然なんて言葉ですますことできないわよ」

『おいおい、どういうことだよ、奴らがお前らの星に向かっているっていうのか?』

「あくまでも、今の段階では太陽系のどこかとしか言えないけど……」


 舞子は戸惑いながら言う。


「だけど、あいつらの目的はレランパゴなんだろ!? 太陽系にはそんなものないじゃないか」


 ソラが叫んだ。


「それは……そうだけど……」


 舞子は何とも言えない様子だ。

 トモ・エも当惑しているようだ。


 結論が出ないソラ達に、ケン・トが言う。


『そもそも、奴らの目的がレランパゴだっていう認識が間違ってんじゃねーか?』

「ですが、実際に私たちの目の前で奴らはレランパゴを捕食していたじゃないですか」


 トモ・エが反論する。


『確かに、レランパゴは奴らの餌なんだろうよ。だけど、だとしたらさっきの戦闘で納得いかねーこともあるだろ』


 さっきの戦闘?

 ソラは思い出してみるが、よくわからない。


「なんのことですか?」

『奴らが何も考えず、本能的にレランパゴだけを求めているなら、そもそもお前らの機体なんて無視するんじゃねぇか? 仮に機体のレランパゴが目的だったとしても、単に食うならともかくエネルギー波を放つ理由はねーだろ。しかも、機体よりも船の方がたくさんレランパゴを積んでいるのに、そっちは無視だ』

「……それは……ですがっ」


 トモ・エがさらに反論しようとするが、ケン・トは続けた。


『あいつらの本当の目的は自分たち以外の生命体の除去とか、そういうんじゃねぇのか? イスラ星を襲ったのも、お前らの機体を襲ったのも、アンドロイドしかいない船を無視したのも、そして太陽系に向かっているのも、そう考えれば理屈に合うだろうが』

「じゃあ、あいつらは、こんどは地球を襲うつもりだって言うの?」


 ソラが訪ねる。


『可能性としてはでかいと思うぜ』

「でも、なんでよりによって地球を。他の星だってあるのに」

『この近隣で一番近い生命体がいる星だからな。しかも知的生命体も繁栄しているし』

「……え? こんなに遠くまで来たのに、まだ地球が一番近いの?」


 尋ねるソラにトモ・エが解説する。


「宇宙の大きさから見れば、私たちが旅してきた距離など短いものです。実際、まだここは地球が属する天の川銀河系の中です。地球以外で比較的ここから近くの知的生命体の住む星といえば、ケンタ星ですが、ワープ航法で地球時間の半年以上かかります」


 舞子がおそるおそるという様子で言った。


「じゃ、じゃあ、本当にあいつらは地球を襲うつもりなの……?」


 その問いに、すぐさま答えられる者は誰もいなかった。

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