8.旅立ちの時

 ソラ達は操舵室に戻ってきた。

 トモ・エがこれからの予定を話す。


「それでは、これから先のおおまかな予定を申し上げます。これから、本船はN―682方面に向かいます」


 そう言われても何がなんだかわからない。


「そこに何があるのよ?」

「微弱ですが、そちらの方向にレランパゴの反応を感知しています。我々の目的はそれを破壊することです。約40光年の先。到着予定は地球時間で3ヶ月後ってところですね」


 舞子の問いに、トモ・エが答えた。


「それって、どのくらい遠いの?」

「40光年とは光の速さで40年かかる場所です。とはいえ、地球が所属する天の川銀河系の中ですよ」


 なんだかスケールが違いすぎる。

 ソラは疑問をぶつける。


「つまり、この宇宙船は光の速さよりもずっと早く飛ぶってこと?」

「厳密には違いますが、そう考えていただいても差し障りありません」

「小説で読んだけど、光の速さになると、時間が遅くなって、戻ってきたら何年も経ってましたみたいなことってないの?」

「特殊相対性理論――日本では俗にウラシマ効果と呼ばれる現象ですね。しかし、この船の飛び方は擬似ワープ航法ですからそのようなことは起こりません」


 ソラの頭のなかに『?マーク』がどんどん浮かぶ。


「……えーっと、つまりどういうこと?」


 となりの舞子はとっくに理解することをあきらめているようだが、ソラは解説を求めた。


「それを理解するには、物理学の基本――例えば、慣性の法則や力学的エネルギー保存の法則あたりから勉強しなければなりませんが」

「それって基本なの?」

「日本の高校生も習う、物理の大原則ですよ」


 トモ・エはこともなげにいった。


(僕、中学1年生なんだけどなぁ)


 ソラはそう思ったが口には出さなかった。


 横から舞子がうざったそうに言う。


「だからさっきも言われたでしょ。テレビの仕組みを知らなくても使うことは出来るって。あんまり深く考えないほうがいいわよ」

「うん、そうだよね」


 完全に考えるのを諦めている舞子に頷くソラ。

 確かに、いきなり全てを理解するのは無理だろう。

 だが、ソラは舞子ほどどうでもいいとは思わなかった。

 むしろ、いつか理解してみたいと思う。


「2人とも、足下をご覧ください」


 足下を見るとそこには青い地球が映し出されていた。


「これより、本船は地球衛星軌道上より離脱します。地球を見れるのもこれが最後ですよ」


 いよいよ、本格的な宇宙の旅が始まるのだ。

 眼下の地球は美しかった。

 地球は青いと聞いていたしそれは事実だったが、それだけじゃない。

 雲がかかっている場所は白く、山のある場所は緑色、都会はきらびやかに光る。


 ソラと舞子はしばらく言葉もなかった。

 自分たちはこれからこの美しい命あふれる星を離れ、深い闇の中へと旅立つのだ。


「ふたりとも、地表へのワープは地球軌道上を離れればできなくなります。これが最後の確認です。

 ?」


 ソラは両手を握りしめる。

 これで、僕はもう二度と地球に戻って来ないかもしれない。


(ひょっとして、僕はただ逃げ出しただけなのかな? 叔母から、従兄弟から、家から、学校から)


 それは多分その通りなのだろう。

 だが、同時に広大な宇宙へのあこがれもあった。


 いつも教室の窓から、家の庭から、丘の上から見た宇宙そら

 SF小説で読んだ宇宙旅行。

 そこに夢を見ているのも事実なのだ。


「いいよ、もう覚悟はできた」

「私も同じく」


 ソラと舞子はそう答えた。


「それではいよいよ旅立ちです」


 ソラと舞子は身構えたが、揺れひとつ感じない。


「もう動き出したの?」


「はい。あと19時間もすれば火星の軌道上に着きます。もっとも火星には接近すらしないコースですから見れませんけど」

「それにしては揺れないし、反動みたいなもの感じなかったけど」

「人工的に重力を制御していますから」


 これもよくわからないが、そういうものだってことなのだろう。

 こうして、ソラと舞子、そしてトモ・エは宇宙へと旅立った。


 ---------------


 旅立つソラ達を、ジッと見つめている存在があった。


 ここは、地球衛星軌道上より少しはずれた場所に停船している別の宇宙船の中である。

 船の操舵室には、青髪の男と鳥型のアンドロイドがいた。


 地球から飛び立った、ソラ達の宇宙船の航路を追いながら、男が言った。


「ふん、イスラの宇宙船、ようやく飛び立ったようだな」


 鳥型のアンドロイドはとても派手な色をしている。


「そのようだギャー」

「いくぞ、クーギャ。奴らを追うんだ」


 この時、ソラと舞子は――いや、トモ・エすら気づいていなかった。男の船が自分たちを追っているなどということは。

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