7.宇宙船を見学しよう

 ビルの地下からトモ・エとともにもう一度宇宙船にワープすると、舞子が待っていた。


「なんだ、結局、ソラも来たんだ」

「まあね……って、何その格好!?」


 舞子は昨日のシャツとズボンの姿から、別の服装に着替えていた。

 なんというか、日本では――もとい、地球では見ない服装だ。

 あえていうなら水着に近い。水着といってもスクール水着ではなく、海女さんが着るような体にぴっちりとした長袖長ズボンである。もっとも、色は赤だったが。


 舞子の体のラインがはっきりわかって目のやり場に困る。ソラはちょっと顔を赤らめてしまう。


「だって、昨日の服は洗濯してもらっているからね。別に普通の服も作れるらしいけど、イスラ星人用の服があったから着てみたの」


 舞子は特に恥ずかしいとかは思っていないらしい。


「2人揃ったところで、あらためて、この船の中をご案内します。舞子さんにはすでにほとんどのところを見てもらいましたけど」


 トモ・エはそう言って、壁の前に立つ。すると、すうっと壁が開いた。何度見ても面白い扉だ。


「ねえ、この扉ってどうやったら開くの?」


 ソラが尋ねると、トモ・エが答える。


「地球の自動ドアと同じように前に立てば開きます。扉のある場所の床は薄い黄色になっています」

「ふーん」


 たしかに、自動ドアだ。


 ---------------


 最初に案内されたのは2人の個室だ。


「もちろん、ソラさんと舞子さんそれぞれに個室を用意しました。内側から鍵もかけられますのでご安心を」


 個室の中にはテレビらしきものや、机、それにちょっと風変わりなベッドがあった。

 ベッドは楕円形である。触った感触は布というよりもぷにゅぷにゅした水風船みたいだった。


「2人で部屋の行き来をするのは構いませんが、睡眠は別々にとってくださいね。一応、男子と女子ですし」

「一応ってなんだよ」


 ソラはツッコんだが、さらっと流された。


「テレビには日本の過去の番組をほとんど記録しておきましたので。エッチな深夜番組もありますよ」


 そういわれて、どう反応しろと。


「もちろん、それ以外にも惑星イスラでつくられた番組もあります。言葉はわからないでしょうけど、2人には興味深い内容だと思いますよ。操作方法はあとで教えますね」

「新しい地球の番組は見られないの?」

「残念ながら、これから地球を離れますので情報を収集できません」

「そっか……」


 そういわれると、いよいよ地球を離れるのだいう実感がわいてくる。


「では次に行きましょう」


 ---------------


 続いて案内されたのはトイレだった。


「2人に乗船していただくにあたって、急遽作りました」


 そういうだけあって、日本の洋式トイレとほとんど同じだ。


「急遽って、イスラ星人達はトイレを使わなかったの?」

「彼らの排便方法は地球人と大きく異なりましたので」

「へー、ちょっと興味あるなぁ」


 ソラがそう言うと舞子が顔をしかめた。


「聞かないほうがいいわよ。私も昨日同じ質問して後悔したんだから」

「……そういわれると余計に聞きたくなるんだけど」


 ソラはおそるおそる、言った。


「簡単に言うと、彼らは口から食物を取り込み、口から不要物を排出していました」


 トモ・エが解説する。


「ふーん」


 簡単にといいながらやけに回りくどい言い方に、一瞬納得しかけ……そして気がつく。


「それって、排泄物を口から……」

「だから聞かない方がいいって言ったのよ」


 舞子が言った。

 排泄物を口から排出。確かにちょっとゾッとする。


「申し上げておきますが、イスラ星人の体の構造は地球人ととてもよく似ていましたよ。排便方法以外は」

「はぁ」


 これ以上このことは考えないことにしよう。


「トイレに関する注意点としては、重力発生装置が停止中は使わないことですね。停止する理由もないので問題ないでしょうけど」


 ---------------


「こちらは会議室です」


 そう言われて案内されたのは、いくつかの丸い椅子と大きな机が置かれた場所であった。


「今後の方針を決めるための話し合いの場でもありますが、同時に2人のお勉強の場所としても使っていただこうかなと思っています」

「え、勉強もしなくちゃいけないの?」


 ソラは思わず声を上げた。


「もちろんです。むしろ地球人には覚えきれないほどのことを覚えていただきますよ。これから宇宙に出るのですから教養はとても大切です」

「でもこれだけすごい科学力なんだから、睡眠学習とか……」

「できますけど、イスラ星人用の装置ですから無理に地球人が使うと睡眠障害が起きかねません。それに、睡眠学習では暗記はともかく応用が効きませんから、やっぱり勉強は必要です」


 どうやら、宇宙に来ても勉強から逃れることはできないらしい。


 ---------------


「ここが食堂です」


 食堂は先ほどの会議室とよく似た場所であった。

 食堂と聞き、ソラのお腹がぐぅとなる。すっかり忘れていたが、空腹だった。


「ねえ、食事ってどうやって作るの? そもそも材料はどうするの?」

「食事に限りませんが、物質複製とでも言うべき機能がこの船にはあります」

「物質複製? なにそれ」


 そういえば、昨日聞いたイスラ星の歴史の中でもそんな単語が出てきたような気がする。


「簡単にいえばデータがあるものであれば、生命体以外なんでも作り出せるのです。生命体は無理と言っても死骸は可能ですから、地球でとったデータをもとにほとんどすべての料理は再現可能です」

「ほとんどっていうと作れない料理もあるの?」

「まあ、まだ生きているものを直接食べるようなことは無理ですね。白魚の踊り食いとか。あと、データは私が日本に滞在した1年間にとったものにかぎられます。日本になかった食べ物は無理ですし、2人のご家庭の味を再現というのも難しいです」

「物質構築は無限にできるの?」

「理論上エネルギーがある限り可能ですが、一度にできる大きさは……そうですね、段ボール箱1つ分といったところしょうか」

 たしかにそれは便利そうだ。

 だけど疑問も残る。


「なんか、質量保存の法則に反した技術のように聞こえるんだけど」

「確かに地球の科学常識ではそうでしょうね。エネルギーを物質化する技術は、地球ではまだほとんど手つかずですので」


 エネルギーを物質化する技術。スゴイのだろうとは思うが、ソラにはよく分からない。


「ま、料理の味は大丈夫よ。私も食べたけど、美味しかったもの。人工物って考えるとちょっとあれだけど、成分は全く同じってことだから気にしてもしかたがないでしょ」


 舞子が補足する。


「どうやら、かなり空腹のようですけど、早速食べてみますか?」

「うん、お願い」


 正直、もうお腹が空いて倒れそうだった。


 ---------------


 ソラが注文したハンバーグ定食は確かに、とても美味しかった。

 ちなみに舞子は刺身定食を食べている。

 と、トモ・エが2枚の黒い紙のようなものを広げた。


「なに? それ?」

「地球で言うところのタブレットですね。2人に渡しておきます」

「ふーん」


 タブレットにしては随分と薄いが、科学力の差といったところか。


「操作方法はそれほど難しくありません。あとで詳細は教えます。

 できることとしては書物の閲覧、計算、データ編集、部屋のテレビの操作、その他、宇宙船の機能の操作、そしてエスパーダのカスタマイズです」


 たしかに、それは地球のタブレットと同じようなものだろう。


「勉強にも生活にも必要なものです。書物は日本の国会図書館にある本は全て入っています。小説でも漫画でも読み放題ですよ。もちろん、イスラ星の本も入っています。翻訳もすんでいますから、こちらもぜひご覧ください」

「うん」


 本が読めるとなって、ソラは嬉しくなった。


「私は本って嫌いなんだけどなぁ」


 舞子はポツリと言った。


 ---------------


 食事が終わるとシャワールームも見せてもらった。残念ながら湯船はないらしい。そして、次に案内されたのは、エスパーダの格納庫以外では一番大きな部屋だった。


「ここは?」


 その部屋に足を踏み入れた途端、体が少し動かしにくくなった。なんというか体重が増えたような感じだ。


「運動部屋です。2人にも、毎日運動してもらいますよ」

「なんか、体が重い気がするんだけど。しかも息も苦しいし」


 舞子が言う。


「効率的に運動できるよう、重力は地球の120%に、酸素は地球の平地の80%にしてあります。2人とも若いですから、このくらいの環境で運動したほうがいいでしょう」

「なんかの漫画みたいだね。10倍の重力で修行みたいな」

「もちろん、10倍の重力を発生させることもできますが、実際にそんなことをしたら2人とも潰れてしまいますよ?」


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 次に案内されたのは宇宙船の操舵室だった。

 正面には宇宙空間が映し出されている。

 操舵室といっても、ハンドルみたいなものはない。コンピュータ用のキーボードのようなものが複数あるだけだ。それも地球のキーボードとは形状が違う。


「今は私が宇宙船を操舵していますが、いずれは2人にもできるようになってもらいます。そのためにも勉強頑張りましょうね。万が一私が機能停止した場合のことも考えていただかないと」


 確かにそれはそうだろう。


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 最後に案内されたのは、昨日も訪れたエスパーダの格納庫だった。


「青いエスパーダがNo.1、ソラさんに使っていただきます。赤いほうがNo.2、舞子さん用です。お渡ししたタブレットでカスタマイズしていただければ、数10分で反映されます」

「へー、すごいなぁ」


 ちょっとイジってみたい。

 舞子も目を輝かせる。


「一体、どんな仕組みなの?」

「物質複製の応用ですが、説明しだすと1週間かかっても今の2人には理解できないと思いますよ」


 なんだかバカにされた気がする。

 ソラと舞子がムスっとした顔をしたのに気がついたのだろう、トモ・エが続けた。


「そうですね、例えば2人は地球製のテレビが映る仕組みをご存じですか?」

「え、それは……」

「詳細はご存じないですよね。でも、普通に使っていたはずです。これも同じようなものだと思っていただければ、とりあえずは問題ありません。もちろん、頑張って勉強すればいつかは理解できるかもしれませんが」


 そう言われれば納得するしかない。


「さて、これで船の中のほとんどを見ていただきました。次にタブレットを御覧ください」


 言われ、黒いタブレットを広げてみる。


「宇宙には昼も夜もありませんが、これからは地球に合わせて24時間単位で1日とします。毎日の基本的な流れを作っておきましたので、極力守ってくださいね」


 言われて、タブレットを見るとスケジュール表が表示されていた。

 7時起床にはじまり、朝食、勉強、運動、エスパーダの操舵練習……とびっちり予定が詰まっている。もちろん自由時間もあったが、これじゃあ中学校の時間割のほうがよっぽど楽そうだ。


「これ、ちょっとキツすぎる気が……」

「ねえ?」


 ソラと舞子でおずおずというが。


「何を言っているんですか。イスラ星人も地球人も、放っておけばどんどん堕落します。

 特に大人がいない環境なんですから、きちんとしたメリハリを持った生活が大切です!」


 妙に張り切った声を上げるトモ・エ。


(ひょっとしてこのアンドロイドはイスラ星人の子どもを教育するために作られたんじゃ)


 そんなことを考えてしまうソラであった。

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