第158話 好きな人のこと(1)
「あれ・・・八神は・・?」
もう、いつ寝てるのかもわからなくなってきた真尋はげっそりした顔で言った。
「ん。 ちょっとね。 あんたおなかすいてるやろ? いろいろ買ってきたよ。」
「え~~。 もー、なんか・・八神のつくったオムライスが食いたかった~~。」
真尋はピアノにつっぷした。
「ほんまにもう。 八神に甘えてばっかりで。 美咲ちゃん、家出しちゃったんやって。」
南は荷物を置いてそう言った。
「ハア? 美咲が家出??」
「・・この前も八神があんまり帰ってこないって、彼女から相談されて。 あんたの世話してることはわかってるんやけど。 たぶん、そのことが原因で。」
「・・・・」
真尋は黙ってしまった。
「八神も。 あんたのことになると、それが最優先になってしまうから。 ほんまにあの子、夢中になると止められへんし。 あんたにいいピアノ弾いてもらおうと思って、ほんまに必死で。 どんなわがままも聞いてやって。 夜中に呼び出されても文句ひとつ言わないで。 ほんまにもー。頭が下がるわ、」
南はふっと笑った。
「美咲ちゃんもわかってると思うよ。 わかってるけど・・なんかバクハツしちゃったんやろなあ・・」
真尋は黙って、ピアノの蓋を開けて背筋をしゃんと伸ばした。
そして
ものすごく集中した目で
ピアノを弾き始めた。
八神はヤブヘビになるのを覚悟で実家に電話をした。
「美咲? 連絡ないけど・・」
美咲の母は不思議そうに言った。
「そう、・・」
「どしたの?」
「・・ケンカしちゃって。 美咲、家飛び出しちゃって・・」
小さな声でそう言った。
「え~? ケンカ? しょうがないわねえ・・。」
いつものこと、と母はお気楽にそう言った。
「こっちの友達、おれ知らなくて。 会社の人とかも。 ひょっとしてそっちに帰ってたりしてって・・」
「帰ってきてないし、電話もないわよ。 まあ、ちょっと待っててごらんなさい。 そのうち帰ってくるから。」
「でも、」
「結局、いつもなんでもなかったみたいに仲直りするんだから。 大丈夫よ、」
美咲の母の明るさに少し救われた。
南は真尋のスタジオを出て帰ろうとすると、そこに美咲が立っていたのに驚いた。
「・・美咲ちゃん」
「南さん、」
美咲も驚いていた。
「どないしてん。 もー、八神から家飛び出したって聞いて。」
慌てて駆け寄った。
「・・も・・なんか、」
美咲はグスっと泣いて、手で涙を拭った。
「八神、探してるよ。 それで、あたしに真尋のこと頼むって。」
その言葉を聞いて
美咲の涙は止まらなくなってしまった。
度々咳き込む彼女に、
「あんた風邪引いてるやん。 もー、この寒いのに上着も着ないで。 とりあえず、ウチ行こう。 タクシー拾うから。」
南は美咲を支えるように歩き出した。
「美咲さん、」
絵梨沙はやってきた美咲に驚いた。
「ん。 真尋のスタジオの前で会ったの。 エリちゃん、悪いけどあったかい飲み物淹れてあげてくれる? 真尋はあと1時間くらいしたら帰ってきてこっちで寝るって言ってるから。」
「は、はい・・。」
絵梨沙はうなずいた。
美咲はずっと泣いてうつむいたままだった。
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