第157話 大切なもの(4)

「あ・・」


八神は自分の行動にびっくりしてしまった。


美咲はぶたれた頬を抑えて、驚いたように八神を見て、その目にどんどん、どんどん涙があふれ・・


泣きながら部屋を出て行ってしまった。



「美咲!」


八神は慌てて追いかけた。




「は? 八神? どしたの?」


南は携帯に出た。


「す、すみません!あのっ。 美咲が・・美咲がいなくなっちゃって・・」


八神は狼狽しながら言った。


「美咲ちゃんが??」


「ケンカして。 そしたら、出て行っちゃって。 あの、南さん、真尋さんのスタジオに行ってもらえますか? なんも食べてないだろうし・・無茶をするといけないので、」


「い、いいけど。 でも、大丈夫なの??」


南も心配した。


「な、なんとか探します。 すみません、お願いします!」


八神は慌てて電話を切った。


風邪ひいてるのに


まったく


このクソ寒い中・・


どこ行っちゃったんだ・・



美咲から殴られたり、ひっぱたかれたりは


正直


しょっちゅうだけど。


自分が美咲を叩いてしまったことは


初めてのことだった。


つい


カッとなって・・


『慎吾は自分が果たせなかった夢を人に見ているだけよ!』


あの言葉が


ものすごく


心につきささって。



麻由子のことを出されたことも


腹が立ち。


だけど


叩いてしまうなんて・・



八神は心底後悔していた。



美咲のこっちの友達はほとんど知らないので、彼女がどこへ行ってしまったのか


皆目見当がつかない。


まさか


実家・・


帰ったとか?



想像するだけで


どんな騒ぎになるんだ、と


ゾッとした。



それでも彼女は上着も着ずに、バッグも持たずに出て行った。


お金なんかそんなにないはずで。


どこかに泊まるとか、


そんなことだってできないはずだった。



南は絵梨沙のところに行き、事情を話した。


「え? 美咲さんが??」


「ようわからへんねんけど。 八神、真尋んとこ行けないって言うてるから。あたし真尋の様子見てくる、」


「え、あたしが行きます。 このところずうっと八神さんにお任せしている状態で。 真鈴が風邪を引いていたので、八神さんも気を遣ってくださって。 どうしよう、そのことと関係あるのかしら、」


絵梨沙は心配そうに言った。


「ああ、いいって。 あたし行くから。 真鈴、まだ熱あるんやろ? エリちゃんはついててやって。 美咲ちゃんにはあたしも連絡を取ってみるから・・。」


「でも、」


「だいじょうぶ。 あの二人ほんまにくっだらないことでケンカしては、いつの間に仲直りしてるし、」


南は彼女を安心させるようにそう言った。



美咲の携帯に電話をしても全く繋がらなかった。


南は仕方なく真尋のところに食糧を持って出かける。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る