第149話 進んで(1) 

「でも。 八神さんってバカなことばっか言ってるんですけど~。 すっごく思いやりがあるってゆーか。 優しいですよね。」


夏希は洗った食器を洗いカゴに入れながら言った。


「そぉ?」


美咲はなんだか照れてしまった。


「話も楽しくって。 ほんとになんか中学生くらいに戻った感じがしちゃって。 いっつもあたし、『おれのこと先輩だと思ってねーだろ!』って怒られちゃうんですけど。」



なんだか


会社でのふたりが目に浮かぶようだった。


別に


ヤキモチとかそういうわけじゃないけど。


すっごく


微笑ましいような。




「オッケー。 んじゃあ、日にちは結婚式の翌週の日曜ってことで。 ここなら何とか全員揃いそうやし。 真尋も一回帰ってこれるしね。 で、場所は社長んトコのリビングでってことで。」


南はすばやくメモ書きをして言った。


「八神さん、ウエディングケーキ作ってくれるんですって!」


夏希が嬉しそうに言うと、


「へ~! それ、ええやん! ついでに他の食べ物も頼みたいよね!」


南は笑った。



誰のパーティーなんだっつーの。


だから。


側で聞いていた八神は心底メイワクそうな顔をした。


「ちゃんとさあ、美咲ちゃんにもドレス着せて! 八神も王子みたいにしちゃってさあ、」


「わ~、おもしろそー。」



おもしろそ~って


なんの余興だ?


八神はいちいち反論するのも


もう面倒だったので。


怒りを鎮めつつ、仕事に没頭した。


「ねえ。 ところでさあ、勝沼の結婚式。 あたし呼んでくれるんやろなあ。」


南は石のように頑なになった八神の背中を叩いた。


ああ、面倒くさい・・


「ほら、志藤ちゃんが東京の『父』なら『母』はあたしやろ? あ、そうだ! 婚姻届出す時も、証人になるから!絶対、あたしにサインさせてよ!」



返事をするのも面倒だ・・


さらに


八神は流されつづけ。


あっという間に年が明けた。




「へえ、いいトコやん! 内装もキレイやし、」


「11階だからけっこう眺めもいいんです。 日当たりもいいし。 あたし、ひと目見て気に入っちゃって。」


年明け早々、八神と美咲はやっと手に入れた新居に引っ越すことになった。


「思ったより広いし。 ほんまいいとこ見つけたやんか、」


南は奥で片づけをする八神に言う。


「もう、ちょっとは手伝ってくださいよ~、」


いつまでも話してばかりの二人に言った。


「八神、これはこっちでいいの?」


玉田も手伝いに来てくれた。


「あ、すんません。 そっちの隅に。」


「でも、いいよなあ。 なんか独立するって感じで。 ウチなんか親と同居だし・・」


玉田は部屋を見回して言った。


「金、残んないッスよ。 おれなんか親と同居のが楽でいいって思っちゃいますけど、」



玉田さんの奥さんの里香ちゃんは


元北都フィルのチェリストだった。



「里香ちゃんは元気ですか?」


懐かしくなって聞いてみた。



「え? ああ。 仕事が楽しいみたい。 子供を保育園に預けて。 ウチのオフクロも送り迎えしてくれるし。 まあ、子育ては家族全員でしてる感じで。」


玉田は嬉しそうに微笑んだ。



「そうですかあ。」


「八神が結婚するって言ったらすんごい驚いてたよ、」


「はあ?」


「でも、よく考えたらもうすぐ30だもんねって、笑って。 なんかおまえすっごく子供に思われてたみたいだよ。」


アハハと笑われた。


「だからね。 おれ、ほんっと見た目よりすんごいしっかりしてるんですよ? ほんと・・」


八神はぶーたれた。



「それで。 マンション買うにあたって印鑑証明とかいるでしょ? それ登録しに行くのに慎吾ってば三文判しか持ってなくて! それ区役所に持って行っちゃって。 区役所の人に失笑されて、」


「アハハ・・八神らしいな。」


美咲と南はまったく八神がしっかりしていないエピソードを話して笑いあっていた。



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