第116話 すれ違い(1)

「まあ、八神からだいたいのことは聞いたけど。 ほら、あいつガキっぽいやんかあ。 いきなりそんなシチュになって動揺してんねん。 別に美咲ちゃんのことがどうとかやなくて、」


南は八神を庇った。


「そんなことわかってます。 慎吾が意気地なしで優柔不断な男だってことは! わかるだけに腹立たしいんです!あたしは別に子供ができたからって慎吾にいきなり責任とらせようとか考えてないし。 正直、結婚だっていつになってもいいと思ってます。 最終的にあたしと一緒になってくれるって約束してくれれば・・慎吾がもっともっと甲斐性ができて、家庭を作れるようになったらでもいいと思ってるのに。 それを、押し付けがましく。 ほんっと今思い出しても頭にくる!」


「まあまあ、そんなに怒らないで、」


「南さん! あたしが妊娠してなかったことは絶対に慎吾に言わないで下さい! 今後の出方を見たいので。 もっともっとお灸を据えないと気がすまない!!」


美咲の剣幕に南はもう何も言えなかった・・




八神からは朝と昼の2度の着信と


『具合はどう?』


たったこれだけのメールが1度入っていただけだった。



もう・・これだけ!?



それはそれで美咲は腹立たしくて仕方がない。



一方の八神はどうしていいかわからず、一人部屋で悶々としてしまった。


美咲の気性の激しさは今に始まったことじゃない。


一度怒ると手がつけられないこともわかっている。



『あたし一人で産んで育てる!』



・・やりかねないし・・


なんだよ・・


おれのこと好きで


結婚したいんじゃなかったのかよ



ベッドにつっぷしてしまった。




真尋は日本に戻ってきていて、年末に向けてコンサートツアーをすることになり曲の仕上げに大忙しだった。



「はあ? 聴いてこなかったァ?」


斯波の怖い顔がさらに怖くなる。


「はあ・・なんかすっごく弾くの嫌がって・・あの人はああなっちゃうともうダメなんで。 しかも、おれが手ぶらで行ったもんだからもう機嫌が悪くなってしまって、」


八神はがっくりとうな垂れた。


「そんな、あいつの言いなりでどうすんだよ、」


またジロっと怖い目で睨まれた。



「すんません・・また帰りに寄ってきます、」


もう


踏んだり蹴ったりだった。




7時ごろ会社を出て真尋のところに寄った。


今度は彼の大好きな揚げたてのピロシキを持って。


「こんばんわ、」


スタジオに入っていくと、床にごろんと転がった足だけが見える。


「??」


真尋は床に寝転がっていた。


「また!」


八神は真尋の身体を揺り起こして、


「ちょっと! 地べたに寝るなって斯波さんに言われてるでしょう!?」


「あ?」


ようやく目を開けた。


「しかも! ぜんっぜん練習してる風じゃないし!」


「やってるよ・・たまたま八神がやってない時に来るだけだ、」


ムッとしてそう言われて、心底腹立たしくなった。


「ほんっと!! 真面目にやって!」


八神が絶叫したので、真尋は


「どしたの、八神・・珍しいじゃん。 ピリピリして、」


と起き上がった。


「ピリピリって・・、もう日にちもないのに、」


「いつもの八神ならこんなことで怒らない。」


真尋はそう言って鼻をひくつかせ、


「お! ピロシキ!」


と彼が持ってきた紙袋を開けて、


「揚げたてだあ! うっまそー!!」


と早速パクついた。


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