第78話 縋る(1)

カレーなんか


食べたいわけじゃなかった。




「あ・・んっ、」


美咲を夢中で抱いた。


胸の中がぽっかりと穴が空いてしまったようで


寂しくて。



どうしようもなくって。


「あっ、あっ・・」



いつもよりも


激しく彼女を攻めて


「・・慎吾」



彼の背中に手をやって


ぎゅっと抱きつきながら


「慎吾がつらいときは。 呼んで。 いつだって・・あたし、慎吾になら・・どうされても、なにされても・・いいよ、」


美咲は吐息で彼の耳元で


少し震える声で言った。



「え・・」



八神はその言葉で


まるで催眠術から覚めたように


彼女を抱く行為を


やめた



なにされても・・いいよ。



そんなこと、


そんなこと




「慎吾・・?」


美咲は彼の頬に手をやった。


「ご・・ごめ・・」


涙が出てきてしまった。


「え?」


「・・ごめん・・」


そのまま彼女の胸に顔を埋めて泣いてしまった。



おれは


美咲を


なんだと思ってるんだ


『都合のいい女』にしてるのは


おれじゃねえか。




「ほんっと、おれって何やっても、ダメだなあって、」


その後は美咲にそのまま抱きつくように


子供みたいに泣きながら、自分のダメさを彼女に訴えた。


「も~・・そんなことないよ。 慎吾、今まで一人で東京で頑張ってこれてほんとに偉かったじゃん、」


美咲はそんな八神の頭を優しく撫でながら、まるでお母さんになったかのように慰めた。


「おれ、いったい・・何やってきゃいいんだ。」


「今は好きなことしてられるじゃない。」


美咲は静かにそう言った。


「慎吾・・事業部で仕事しないかって誘われたって、あたしにほんっとに嬉しそうに話してくれて。 すっげー嬉しいって。 また音楽の仕事できるんだって、あたしは、ちょっと寂しかったけど。」


「美咲・・」


八神は目だけ彼女に向けた。


「やっぱり・・東京がいいんだなあって。 慎吾、ここじゃなくって東京に行きたいんだって。 あたしのところにはいてくれないんだって。 寂しかった、」


美咲はそのときのことを思い出して、ちょっぴり悲しくなり八神の背中に手を回してぎゅっと力を入れた。


「でも。 事業部に入ってからの慎吾もすっごく楽しそうだったし。 大変なんだろうけど必死に頑張ってるのわかるし。 みんなからもほんっと・・かわいがられてて。 うらやましいくらいいい職場だよ。 慎吾に何もなかったら、誰もそんなに面倒見てくんないよ。」



誰の


どんな言葉より


気持ちがあったかくなっていくのがわかった


「失敗なんか。 慎吾、今まで失敗したってへこたれずに夢中で頑張ってきたじゃない。 あたしは、そういう慎吾が・・好きだから。」


美咲はそっと八神にキスをした。



うんと小さかったとき。


おれたちはこうやってひとつの布団でじゃれあいながら眠った。


今こうして


お互い


一糸纏わぬ姿で


抱き合い


抱擁し


お互いを求め合う。


いつの間にか


おれたちは


ただの男と女になって。



体を


交わし。



今だって


すっごく後ろめたい気持ちでいっぱいだけど


おれの本能が


美咲を求めてしまうような気がして


それはもう


理屈じゃあなくて。


悔しいけど


美咲を『女』として認めてるんであって。

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