第43話 全てを(2)

「もう、気がついたらそばにいて。 あたしのことは何でもわかってくれるんです。 ケンカしても次の日になったらなんでもなかったかのようにいられるし。 ・・慎吾、優しいし。 バカなことばっかり言ってるけど、思いやりがあるし。 あたしのわがままも、しょうがねえなって感じで許してくれるし、」


美咲は


あんなに言葉につまっていたのがうそのように



どんどん


八神への想いが口をついて出る。



「まあ、それって基本かもしれへんな。恋愛の、」


南はふっと微笑む。


「言わなくてもわかっちゃう関係。 自分らしくいられるって言うか。」


美咲はふと立ち止まった。


「どしたの?」


「慎吾・・つきあいたい人がいるって。」


ボソっと言った。


「え、」


南は今朝の話とその話が一直線に繋がった。


「ゆうべ、あたしにそう言って。 『ごめん、』って。」


「・・そっか、」


「その人、元オケのメンバーで。 今、いろいろ悩んですごく頑張ってるんですって。 その子を応援してあげたいって。」


南は事業部にやって来た、小柄で年より若く見えたあの彼女を思い出していた。



「慎吾ね、けっこう・・心の中熱いっていうか。 誰かが必死になってがんばてってるの見ると、放っておけないところあって。 学校の文化祭とかね、そういうのも大好きだった。 みんなで力合わせて頑張ったりするの。」


美咲は嬉しそうにそう言った。


「ショック、やなかったの?」


「まあ、ショックはショックですけど。 そんなでもないっていうか、」


「なにその余裕、」


南はちょっと笑ってしまった。


「慎吾、あたしのところに帰ってくると思うんです。」


美咲は前を真尋とふざけながら歩く八神の後姿を見て言った。


「え、」


「根拠はないんですけど。 高校時代にもちょこっとつきあってた彼女いたけど、 あ、絶対にすぐ別れるって思ってて。 でも、あたしは別の人とつきあったりしてるんですよ? それでも、慎吾は絶対にあたしのところに帰ってくるって、すっごい自信あったし。 案の定、3ヶ月も、もたないで別れちゃったし。 ああ、やっぱりねって感じで。 あたしが慎吾のこと世界中で一番わかってる。 ううん、宇宙一、慎吾のことわかってるって自信がありますから、」


美咲は大きな目をぱちくりさせて、南にニッコリと微笑んだ。


彼女のその自信に


南はなんだか感動してしまった。





何でもなかったかのような


毎日がまた始まる。


美咲は新しく就職した会社に行き始め、自分なりに頑張っているようだった。


八神は彼女のことが心配ではあるが


今は


麻由子のことが気になる。



コンクールにエントリーした麻由子は


ヴァイオリンに熱中した。


こんなに


真正面からヴァイオリンに向き合ったのは


久しぶりだと


自分でも思っていた。


八神は彼女が納得いくまで練習ができるように、以前オケで使っていた小さなスタジオを格安で借りれるように取り計らってやったり、会社が終わってから彼女の様子を見に行ったりと、一生懸命支えた。



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