第30話 再会(2)

「ほんとも~、自活するんじゃねえのかよ、」


八神はカレーを頬張る美咲に呆れたように言った。


「なんか、カレーが食べたくなっちゃって。 でも、一人分カレー作るのなんかおいしくないし、」


美咲はニッコリ笑った。



近所のウイークリーマンションにとりあえず引っ越した美咲は何かというと八神の所にやってくる。



八神の携帯が鳴った。


その発信元を確認した彼はそっとベランダのほうに出た。


「あ、もしもし? うん、大丈夫。 もう家だから。 うん、うん。 ああ、そうかあ。 なかなか厳しいなァ、」


背を向けて話をする彼を美咲はちょっと不思議そうに見た。


誰かと電話をするときに自分がいてもおかまいなしに目の前でしてたのに。


『異様』な


空気を敏感に感じ取っていた。




八神は何とか麻由子にもう一度あのヴァイオリンへの情熱を取り戻して欲しかった。


彼女は世界の壁に負けて、自信さえ失っている。


コンクールに出ることを勧めてみたが、まだまだそんな気にはなれないと言う。


「・・気を悪くしたら、ゴメン。」



ある日


会社を終えてから彼女と食事をした。


「え?」


「マユちゃん、ひょっとして北都フィルに戻りたいって思ってるんじゃない?」


ずっと思っていたことを口にした。


「・・・」


麻由子は黙ってうつむいてしまった。


「おれから、志藤さんに話、しようか?」


と言うと、バッと顔を上げて、


「そんなこと! そんな・・図々しいことできるわけ、ないじゃないですか。」


必死にそう言った。


「きっと志藤さんはわかってくれるから、」


と言ったが、彼女は首を横に振るばかりだった。


「まだまだ、あたしは北都フィルに戻して欲しいと言えるほどの力も今はないです。 今は学校のオケに選ばれることがやっとで、」


麻由子は小さな声でポツリポツリと言った。


八神はため息をついた。



麻由子は話を逸らすように


「今度のお休みはいつですか?」


八神に言った。


「えっと、今度の日曜だけど。 次の土日は事業部の旅行なんだよな。」


手帳を見ながら言う。


「どこか連れてってください。」


彼女はニッコリと笑った。


「どこか?って?」


「えーっと・・ディズニーランドとか!」


少しだけ


以前の彼女に戻ったような気がした。


それがちょっと嬉しくて


「うん、いいよ。」


八神は頬杖をついて笑った。




「今日、ミッキーに会ったら写真撮りたいな、」


日曜日


梅雨はまだまだ明けていないが、晴天だった。


八神と麻由子は約束どおりディズニーランドに出かけた。


「おれ、前来たときにツーショで撮ったよ。 あれ、けっこう切り込むのが大変なんだよな。 みんな遠巻きに並んじゃって、」


八神は笑う。


こうして楽しそうに笑う彼女は


普通の23歳の女の子で。


オケのアイドルだったあの頃に戻ったように思えてしまった。


「あ~、ソフトクリーム食いたいな。 どっかに売ってないかな、」


八神はキョロキョロする。


そんな彼に麻由子はクスっと笑って、


「ほんと八神さんって変わってなーい、」


と顔を覗き込んできた。


「は? おれ?」


「ほんとオケのときからいつもニコニコしてて、子供みたいで。」


「4つも下の人間から言われるのは心外だな、」


ちょっとムッとした後、


「できればチョコソフトがいいな、 ないかな。」


やっぱりソフトクリームのことで頭がいっぱいだった。



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