第31話 再会(3)

「え? 北都マサヒロさんの付き人、してるんですか?」


昼食を採りながら麻由子はちょっと驚いたように言った。


「うん。 なんか入っていきなりすぐに。 もう最初はね~。 参ったよ。 あの人、めちゃくちゃだし、」


そこのデザートのアイスクリームでとりあえず満足した八神はスプーンを置いて言う。


「すっごく変わった人って有名ですけどね。 前にオケと競演した時も。 リハではまだ全然って感じで、こっちが心配になるくらいだったけど。 本番ではすごかったし、」


麻由子は外の景色を見ながらその当時のことを思い出していた。



「ラフマの・・2番でしたね、」


「ウン。」


その場にいたものしかわからない


感動。



「真尋さんのピアノを聴いてると。 ほんとその世界に入っていっちゃいそうで。 どんなに無茶を言われても、しょうがないなあって、」


八神はふっと笑った。


麻由子は黙っていた。


そのときの自分の気持ちを思い出しているようだった。



「あの人はきっとピアノ弾くこと仕事だなんて思ったこと、ないよ。」


「え?」


「ピアノを弾くのが楽しくて仕方がない。 ピアノが大好きでたまらない。 もう、それだけで。」


八神は優しく微笑んだ。



ピアノが


好き・・。



麻由子は自分の心の底に鬱積していた気持ちが


少しずつ


少しずつ


水蒸気のように蒸発していくのが


わかった。


「ま、プロとしてはね。 どうかと思うけど。 真尋さんはコンテストでもたいした成績残してないし。 そういう人たちに比べたらネームバリューもない。 でも、なんかさ。 お母さんのゴハンって感じしない?」


八神は無邪気にそう言った。


「はあ?」


ちょっと感動しかかっていた麻由子の気持ちが意外な言葉で現実に引き戻される。


「お母さんのゴハン?」


「そう。 超一流って言われるピアニストのピアノは、一流シェフが作った料理。 見た目も味も。 非の打ち所がない。お金いっぱい払っても食べたい、食べる価値があるって思える料理だと思う。 でも、真尋さんのピアノは、お母さんの料理みたいで。 お金は取れないけど、毎日飽きずに食べられる感じ。 なんだろ。すっごい不思議な感じで・・」


言っている本人でさえもよくわかっていない感覚だったが、麻由子はあまりにもそれが心にピタっとハマって、


「なんか、わかります。 すっごく! 前に何かで読んだことあるんですけど、お母さんのお料理を毎日食べられるのは、微妙に味が違うからなんですって。 シェフの人はプロだから毎回同じ味のものができるけど、お母さんの料理はそうじゃないから飽きないって。」


笑顔でそう言った。


「そうそう! そんな感じ! 真尋さんのピアノって聴くたんびに違う気がするんだよね。」


八神も手を叩いて嬉しそうにそう言った。

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