第25話 逃げ(3)

「美咲が26にもなって彼氏もいないって、この前もおばさんが嘆いてたけど、結局『慎吾と一緒にさせればいいか。』って感じで丸く収まっちゃって。」


か、

勝手に丸く収めるなっ!!



八神はそう叫びたかった。


「なんかおじさんが会社関係の人からお見合いの話を美咲に持ってきて、それに反発して美咲とケンカになって出て行っちゃったって言うから。 きっと慎吾の所に行ったんじゃないかっておばさんが。」



ぜんぶ

お見通し?


ていうか

いつの間にそんなことになってたの??



八神は気が遠くなりそうだった。



全身の毛穴が開いて

嫌な汗が流れ出した。



「涼ちゃん、あたし結婚はまだまだ考えられないよ。 慎吾だってまだこの仕事始めたばっかだし。」

美咲は涼に言った。



って、

もう『結婚』が

前提ですか!!



「ほんとお父さんとお母さんには、あたし、仕事も決まったしなんとか自活して頑張るからって言っておいて。」



もっと

もっと否定をしてくれっ!



「まあねえ。 慎吾があんたを養うまでできるかなってあたしも心配だったけど、」

涼はため息をついた。



だから!

そうじゃなくって!!



「慎吾も頑張ってるから。 ほんと、あたしも頑張るよ。」


美咲はニッコリ笑った。


「そうねえ、」


一見、おだやかに話はまとまった。



しかし

八神はひとり茶碗を手に固まったままだった。


そして

ハッとしたように


「ば、ばあちゃんには! ばあちゃんには言わないでくれ!」

と涼に必死に言った。



「は? ばあちゃん?」

姉は怪訝な顔をした。



「ばあちゃんには・・」



ほんと

おれたちが

こんなんなってること

知られたくない。



「ばあちゃんね。 最近、寝込むことが多くて。 この前も検査入院したんだけど、急に弱っちゃってね~。 もう84だからしょうがないんだけど。 ちょっとボケも来ちゃってるし。 まあ、ばあちゃんには余計な心配をかけたくないってみんな思ってるだろうから、」


「そうかあ。 慎吾のことも心配してるだろうね、」

美咲も八神の祖母のことを思った。



姉は泊まっているホテルに帰ってしまった。




八神はもう自分の部屋なのにいたたまれない。


それにしても

両方の家族がそんなん思ってたなんて。


わかってなかったの

おれだけかよ!



ったく

みんな勝手なこと言いやがって!



なんで

もうおれが美咲と結婚することが前提なわけ?



考えれ

ば考えるほど腹立たしくなった。



「慎吾、気にしてるの?」

そんな様子に気づいた美咲が彼の顔を覗き込む。


「は?」

不機嫌そうに彼女を見た。


「気にすることないって。 みんな深く考えてないだけだから。 あたしだってねえ、別に慎吾と一緒になりたいとかそんなこと言ったことないからね。」


「わかってっけどさあ。 ほんっと干渉するよな。 相変わらず。ほっとけって、」


「あたしも慎吾も末っ子だし。 みんな気にかけてくれてんだよ。」



おれは4人姉弟の末っ子で。

美咲は3人兄妹の末っ子。



おれたちが生まれた頃は、みんなもうそれぞれに忙しい時で。



正直

あまり気にされずに育ってきた。


そのくせ

こんな噂ばっかしやがって!



あ~~、考えれば考えるほど腹が立つ!!



八神はタバコの空き箱を握りつぶした。



「ね、明日、慎吾お休みでしょ? ここ入居するからさあ。一緒に来て。 契約のこととかもあるし。あたし、よくわかんないから。」


美咲は

あくまでもマイペースでこれからの

東京ライフをエンジョイすることで

もはや

頭がいっぱいのようだった。

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