第24話 逃げ(2)

こんなとき

シューベルトは悲しすぎる・・。


八神は真尋のスタジオで椅子に腰掛けながら彼のピアノを半分魂を抜かれながらぼーっと聴いていた。


「なんだよぉ。 暗いオーラがこっちまで来るじゃんか!」

真尋は八神を見てそう言った。


「へ?」


ハッとした。



そして


「あ~~~、ウチ帰りたくないよ~~。」

まるで子供のように椅子の背に額をくっつけてうな垂れた。


「またかよ! ウチ来るか?」

真尋はため息をついた。


「・・ってわけにもいかないんだけどなあ、」



涼ちゃん

ことの真相知って、絶対に美咲の父ちゃんと母ちゃんに言いつける。


あのおしゃべりな涼ちゃんが黙ってられるわけない。

おれと美咲がこんな関係だなんて。


考えるだけでゾッとした。



「彼女、まだいるの?」

真尋に言われて、


「はあ、」

曖昧に頷いた。


「別につきあっちゃえばいいじゃん。そんなウダウダ悩まないで。八神、別に彼女がいるわけじゃねえんだろ?」


「いませんけど。 でも、やっぱ・・美咲とはつきあえないっすよ。 真尋さんだって『家族』とそんなんなっちゃうって考えてみてください、」


逆に質問してみた。


「そんなんなっちゃってんだァ、」


そこに感心され、墓穴を掘ったことに気づきドキっとした。



「だって~~。 狭い部屋に二人っきりなんですよ~? 負けちゃいますよ~~、」

もう泣きそうだった。


真尋はため息をつきながら、


「そんなの男だもん。 しょうがないじゃん。 しかも、すっげーブスとかなら考えちゃうけど、あんなカワイイ子だよ? そりゃ、やっちゃうって!」


ヘンな励まし方をした。


「しかも、おれの一番上の姉貴がこっち来ちゃってて、美咲がおれんトコいるのバレちゃって!! 今日、帰ったら話あるとか言われてて、あ~~~、おれ、もう、どうしよって!!」

八神はもう真尋にすがってしまった。



「どうしよって。 ありのままを話すしかないじゃん。 欲望に負けてやっちゃったけど、おれはつきあう気はないって。」


「そのセリフだけだと、おれすっごい悪い男じゃないですか・・」

ムッとした。


「んじゃ、どうすりゃいいんだよ、」

真尋は八神の煮え切らない態度に逆ギレしそうだった。




重い

重い足取りで八神は家路に着いた。


「あ、慎吾おかえり。 ゴハン作っておいたよ、」

姉に明るく迎えられた。


「・・ただいま・・・」

亡霊のように入っていくと、美咲ももちろんいて、


「ね、ウィークリーマンション、ここにしよっかと思って。 ほんと便利だね、なんでも揃ってて。」

無邪気にパンフレットを差し出して嬉しそうに言ってるし。



ほんっともう

能天気だなっ!!


恨めしかった。


姉が作ってくれたご飯を食べながら、妙な沈黙が続いていたが、



「で、ちゃんと段取りしなくちゃだし。 いつごろがいいの?」

涼が突然言い出した。


「は・・?」


その意味がわからずボケっとしていると、


「だから、あんたたちの結婚!」



味噌汁が逆流しそうだった。


「なっ!! なんで!? け、結婚っ!?」


それには美咲も驚いた。


「え、だって、そうなんでしょ?」

涼は二人を交互に見る。


もう

口が

空回りして

言い訳もできなくて


「ま、でも。 美咲のお父さんとお母さんも、ウチの両親も。 わかってっから。」

ケロっとして言う涼に


「な、なにが・・わかってんの?」

ようやく声が出た。


「美咲が慎吾のこと、ずうっと前から好きだってことは。 ていうか、あたしたちもわかってたけど。」


「はあ?」


「わかってなかったのはあんただけだよ、」

涼は八神をジロっと睨んだ。


頭の中が

小宇宙のように

ぐるぐる

ぐるぐると

何かが回ってしまっているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る