3-4.隠された感情

 諦めたセノンは少女に近づき、しゃがみ込んで背中を差し出した。

 少女はおずおずと、申し訳なさそうにセノンの肩に手を回し、首にしがみく。

 そのままセノンは少女の足に手を回し、体を持ち上げた。



(ううん…)



 セノン以上に小柄で、まだまだ肉付きの薄い少女の体はやたらと軽く、軽々持ち上がった。

 しかし遠慮がちに寄せられる体はやはり少女らしく柔らかく、セノンはひどく落ち着かない。


 努めて平静を装うが、知らず知らず頬が赤くなりかける。



「あの…ごめんなさい、迷惑かけて…」

「ああいや…気にしないで。君が悪い訳じゃないから」



 やたらと渋ったセノンに、大層申し訳なさそうに少女が謝罪を口にする。

 その少女の様子に、今更ながらセノンは慌てた。



「でも…」

「いや、こっちこそごめん。あんな態度取られたら不安になるよね。なんでもないから気にしないで」

「っは、はい」



 顔を背中の少女に向けながらそう言って、セノンは無理に笑って見せる。


 その笑顔に少女は息をのみ、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 だがすぐに前を向いて足元を確認していたセノンは、そのことに気づかない。



「村ってどっち?」

「あ、あっちです」



 その後、三人は少女の案内で森の中を進み始めた。

 少女曰く一時間もかからない、数十分程度の距離とのことだ。


 少女の名前はネリといった。

 カイオの指摘撮り付近の村の住人で、一人で森に来ていたらしい。


 そしてセノンはちょっと驚いたのだが、年はセノンの一歳年下だった。

 もっと下かと思っていた。



「えっ…!お二人はあの、『希望の勇者』様と『従者』様なんですか!?」

「うんまあ、一応ね」



 お互いの自己紹介の中で、二人の名前を聞いたネリが驚く。

 二人の活躍のほどは彼女の村にも届いているらしい。



「そんな、あの有名な勇者様にわたし、なんて失礼を…!本当にごめんなさい…!」

「いや、ホントに気にしないで。これが僕らの仕事だしさ」



 慄くネリに、セノンは慌てて声をかける。

 あまり恐縮されてしまうのもばつが悪い。



「あんまりかしこまられるのも好きじゃないし、お願いだから普通にしててよ。勇者とか、様、って呼ばれ方もホントは好きじゃないんだ…まあカイオについては、もう諦めてるけど」



 意識して気さくな声を出し、少女に語り掛ける。

 その時カイオは不安定な足元がないか確認するため少し先行しており、セノンの呟きに振り返った。



「セノン様、なにか仰いましたか?」

「ううん、別に」



 首を振って否定するセノンの様子を見て、ネリはくすくすと可笑しそうに笑う。

 少し元気が出てきたようだ。


 その後も、大したことのない話題でもネリは嬉しそうにし、ころころと笑う。

 元々は明るく元気な少女らしい。



「そういえばネリさんは、どうしてあんなところにいたの?」

「実は…お母さんが少し体調を崩しちゃったので、妖精の果実を取りに来てたんです」

「妖精の果実…」



 その言葉に、セノンは事前にカイオから聞いていた情報を思い出す。


 妖精の果実。

 市場には高級食材として出回る果物で、高い栄養価と豊富な魔力を蓄える。

 ただ育つ環境が極めて限られており、養殖の方法も見つかっていない。


 そのため基本的には偶然環境が整った土地で自生するものが収穫され売られている。

 今回依頼してきた村も、そうして妖精の果実を売ることで収入を得ている村だ。


 ただ問題もある。

 ほとんどの魔獣は、魔力の豊富な食物や生き物を好み食らう。

 特に食いでがあり、大抵の個体で一般的な動物を上回る魔力貯蓄量を誇る人間という種を狙って襲う傾向にある。


 そして、妖精の果実もまたその高い魔力含有量から魔獣の好みに合致していた。


 いままでは村に明確な損害を及ぼすほどの数の魔獣は存在していなかったようだが、今回討伐対象となる魔獣が増えたのはこの果実の存在が原因ではないかとされている。


 だが村人たちは生きていくためにも、この果実から手を引くわけにもいかない。



「果実が見つからなくて、つい少し森の奥まで入ったんです。まさか、魔獣があんな近くまで来ているとは思わなくて…」

「そっか。…でも、やっぱり危ないよ」

「はい…ごめんなさい。でも…いえ、なんでもないです」

「…?」



 ネリが何かを言い渋ったのにセノンは眉をひそめる。

 ネリは最後の言葉とともに、セノンの首に回した手にきゅっと力を込めていた。


 セノンからは見えない伏せられた顔には、隠しきれない喜びの表情が浮かんでいた。

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