娘たちの花嫁道具

 財産と呼べるものなら基本的に何でも嫁資かしになりましたが、普通はお金と品物でした。


 カテリーナの嫁資は基金から500フィオリーノ、金銭で250フィオリーノ、品物で200フィオリーノと決まります。足りない50フィオリーノはアレッサンドラの末っ子のマッテオが兄に送った手紙によれば、すぐに用意できないので後払いという話でまとまったようです。


 なお、余計な出費を抑えるため披露宴は行わなかったこともマッテオは伝えています。


 品物というのは、要は衣類や花嫁道具です。新婦の持ち物も夫の財産という扱いなんですね。マルコが日記に詳しく書き残したところによると、カテリーナは次のような品物を携えて彼の家に引っ越してきました。


*()内は用語の意味です。



テン皮で縁取りした白いダマスク織りのチョッパ(丈の長い優雅な外衣)

・刺繍と貂皮の縁取りがある白いチョッパ

・細い袖のある白いチョッパ

・白と青のガムッラ(ゆったりした丈長のドレス)、緑色のベルベットの袖つき

・トルコ石色のガムッラ、アレクサンドリア産のベルベットで仕上げた袖つき

・赤い毛織りの生地6ブラッチョ(約350センチ)

・装飾のあるブラウス 7枚

・手ぬぐい 10枚

・ハンカチ 30枚

・ヘアアクセサリー用の幅広の布 30枚

・ダマスク織りの白色の布1ブラッチョ(約60センチ)

・大きめの手ぬぐい 2枚

・幾何学模様の装飾と両家の紋章がある

・小型の祈祷書

・珊瑚の一連

・柄が銀製の幅広のナイフ 2本

・銀の装飾がある暗褐色のベルト

・絹のベッレッタ(ふちのない帽子) 6個

・針箱 3つ

・刺繍のあるハンカチ

・象牙の櫛 2本

・亜麻糸の玉 9個

・クッフィア(頭巾帽) 24枚

・リボン 数本

・赤い靴下 3足

・靴 2足

・ハサミ

・リネンの襟 2つ



 嫁入道具は時として新郎の側にわだかまりを残したようです。


 14世紀フィレンツェの商人、グレゴリオ・ダーティは結婚し、銀行を通じて金800フィオリーノと新婦の親族から100フィオリーノ相当の品物を受領しました。ところが、受け取った物品はどうみてもその価値に満たないものでした。



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 妻の嫁入道具を受領した。妻の従兄弟らはそれを106フィオリーノと見積もり、別の勘定で6フィオリーノを引いたので、100フィオリーノとなった。しかし妻から話を聞き、私も実際に見たところ、これは30フィオリーノ以上の過大評価である。しかし私は黙っていた。

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 実物を見て「?」と思っても大人の対応として言わなかったんでしょうね。


 貧しい庶民の嫁資は衣類や日用品だけでした。次は15世紀なかばのイタリア北部の記録に残っているレーナという女性の嫁資。



・シーツ数枚

・毛布数枚

・テーブルクロス数枚

・フライパン

・把手のない平鍋

・黒い布のマント

・ラシャのマント

・大きい毛皮

・女物のシャツ 3枚

・古いゴンネッラ(ゆったりめのワンピース)

・袖付きの黒いゴンネッラ

・ピニョラートのグアルネッロ(質素な室内着)

・その他細々したもの



 総額約8フィオリーノ。「ピニョラート」は小さな松の実を散らしたような柄のある、羊毛や麻を混合した伝統的な生地だそうです。


 前にご紹介したフェデリーコ2世・ゴンザーガの婚約者、マリア・パレオロガの嫁資は金3万ドゥカート+1万ドゥカート相当の宝石類でした。ドゥカートはヴェネツィア共和国の金貨で、価値はフィオリーノと同じです。さすが王侯貴族は桁が違うね。


 ところで、夫婦の片方が死んだら嫁資はどうなるのでしょうか。


 夫に死なれ、まだ若いので実家に戻りたい場合、妻は嫁資の返還を請求する権利がありました。再婚資金にできますからね。しかし大抵は夫がビジネスに運用してしまい、親族や残された子の財産が減るので実際はおいそれとは返してもらえませんでした。嫁資に衣類や道具が含まれるのはそういう理由もあったようです。


 なお、妻が先に死去した場合は返還の必要はなし。グレゴリオ・ダーティは妻に先立たれて再婚することを繰り返し、4人の花嫁から受領した総額はなんと1万2千フィオリーノ。事業の失敗や債務に苦しむことの多かった彼にとり、この嫁資は大きな助けになったのでした。

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