ようこそ、座間ナンデモ相談事務所へ。
鈴木 千明
少女A -Request-
ようこそ、座間ナンデモ相談事務所へ!おや?相談ではない?いえいえ、結構ですよ!気軽に訪ねていただけるのも、我が事務所の売りです!“時間を潰す”という依頼も承りますよ?〝ナンデモ〟相談事務所ですから!ではでは、はじめましてに、ある少女のお話を1つ──
スマートフォンで地図を確認しながら、歌舞伎町の裏通りを進む。少し古いビルに挟まれた、階段を上がった2階。ビルの外観や薄暗い階段の中では少し浮いてしまっている、洋風のドアを見つけた。ドアの横に、小さめの看板が吊られてある。
「
ドアノブに、“ご自由にお入りください。”とカードが掛けてある。
空気と共に有りっ丈の勇気を吸い込み、息と共に緊張を幾分か吐き出した。
カランコロンと軽い音が、開いたドアから鳴る。
「ん?やぁやぁ、こんにちは!
カウンターの向こうにいた少年が近づいてくる。
「ようこそ、座間ナンデモ相談事務所へ!ささ、どうぞ座って座って。」
「はい…」
ローテーブルの前のソファに座らされる。
「飲み物は何にします?コーヒー?紅茶?それともココア?」
「え?えっとじゃあ…紅茶で。」
「ホット、オア、アイス?」
「アイスでお願いします。」
助手、かな?事務所の代表にしては、若すぎるよね。
紅茶を淹れる少年は、高校生か大学生くらいに見える。
「どうぞ。」
私の前のコースターに、アイスティーの入ったグラスが置かれる。
「ありがとうございます。」
「ミルクとシロップは?」
「いえ、大丈夫です。」
少年はマグカップもローテブルに置き、奥のデスクの上からタブレットを持ち出して、私の対面に座った。
「さてと…初めまして。座間ナンデモ相談事務所、代表の
「えっ…あなたが代表、なんですか?」
「そうですよー。」
「随分、お若いんですね…」
「よく言われます。あ、実年齢はシークレットなので、ご想像にお任せします。」
にこやかに返す少年──もとい、座間さん。
なんだか…ものすごく胡散臭い。そもそもこの事務所の存在は、ネットの掲示板で知った。“どんな悩みでも解決してくれる相談事務所がある。”そんな噂を目にしたのがキッカケだった。
「では、お名前からどうぞ。」
「は、はい。
「年齢を聞いても?」
「17歳です。」
「高校生ですかね?」
「はい。」
座間さんはタブレットを抱え、そこにタッチペンで書き込んでいく。
「うんうん。では、メールでもお伺いしましたが、相談内容をさらに具体的に聞いても良いですか?」
「はい。…友人を、助けてほしいんです。」
私には親友がいる。名前は
「大丈夫?」
そんな私を助けてくれたのが、茜だった。
茜は私とは対照的だった。明るく、クラスの中心にいた。そんな茜がどうして私に声をかけたのか、聞いたことがあった。
「クラスの名簿で名前を見たときから気になってたんだー。ほら、茜と葵。なんか、運命な気がして!」
彼女は笑顔でそう答えた。自分の名前にこれほど感謝することは、後にも先にもないと思った。
同じ高校に通うことが決まった時は、また一緒に過ごせることに2人で喜んだ。今思うと、私は学校の中で孤立しないことへの安心感の方が、強かったのかもしれない。
だから、茜がイジメに遭っていることを知った時は、ショックだった。
それを知ったのは、高校1年の10月。夏休みが明けた頃から、悪口を言われたり、無視されたりすることがあると、茜から告白された。
「でも大丈夫。私には葵がいるもん。全っ然、辛くないよ!」
いつもの笑顔でそう答える茜。中学での経験から、茜のような存在がどれだけ大切かを私は知っている。だから、今度は私が彼女を支える番だと思った。絶対に茜から離れていかない、と。
イジメは徐々にエスカレートしていった。中心となっていたのは、ある女子のグループ。夏休みに入る前までは、私の知る限り、他の子をイジメたりはしていなかった。本当に突然、茜をイジメの対象にした、という印象だった。暴言を浴びせたり、茜の持ち物を壊したり。私は放課後になれば茜と一緒にいたが、校内で話すことはほとんどなかった。クラスが違うから。…という理由で、避けていた。自分も標的になるのが怖かった。茜がイジメに遭っているところに出会しても、茜が気付かないうちにその場を離れていた。
「2年生に上がってからは、そのイジメがもっと酷くなってて、…茜自身への暴力とかも、あるみたいなんです。」
「それで、流石に見て見ぬフリができなくなった阿部さんはウチに来た、と。」
「…はい。学校や保護者に言っても、根本的な解決にはならないって思って。でも、警察に行ったところで、動いてもらえなさそうですし…」
「なるほどなるほど。阿部さんの依頼は、そのイジメを終わらせたい、ってことで良いですかね?」
「はい、そうです。」
「ふむふむ…」
藁にも縋る思いで相談してみたけど、本当に解決できるのかな?それに、お金の方も心配だ。
「あの、料金の方は…」
「初回の相談は無料ですよ。解決料はこれから調査して見積もりを出しますけど、そうだなー…………このくらい?」
座間さんが指を2本立てる。
に、2万?20万?20万だったら、さすがに…
「でもでもでもでもっ!」
座間さんがソファから勢いよく立ち上がり、右手のタブレットを胸に当て、左手で握りしめたタッチペンを掲げる。
「阿部さんのご友人への想い!しかと胸に届きました…!この座間 シオン、その素晴らしき友情に敬意を払い、今回の解決料はなんとなんとー!驚きの95%OFF!1万円ポッキリでお受けしましょう!!」
「え!?」
…詐欺、じゃないよね?…もし1万円で茜へのイジメがなくなるなら、頼まない手はないけど…
「…良いんですか?」
「漢──座間に、二言はありません!」
100点満点のドヤ顔で、座間さんはソファに座り直す。
「ふぅ…それで、依頼します?しません?」
「本当に、解決してくださるんですか?」
「それはもちろん、ウチは解決率100%ですから!万が一、億が一にも解決できなければ、料金は頂きません。そもそも、解決してから後払いで頂いてますので。」
…今まで逃げてきた分、このくらいのリスクは覚悟しないとダメだよね。
「…お願いします。茜へのイジメを、なくしてください…!」
「承りました!」
座間さんが指をパチンッと鳴らし、立ち上がる。デスクの上のファイルから一枚の紙を取り出し、再びソファに座った。
「では早速、契約といきましょう。ウチは信頼が取り柄ですから、一緒に契約内容のチェックをお願いしますねー。」
座間さんと共に、契約書に書かれている内容をチェックしていく。
依頼主は、阿部 葵。依頼内容は、石川 茜へのイジメを終わらせること。解決できた場合の料金は、1万円。
「内容に同意するのであれば、この欄にサインと捺印をお願いします。」
「あ、ハンコ…」
「無ければ拇印で良いですよ。」
名前を書き、拇印を押す。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
渡されたウェットティッシュで親指を拭く。
「調査を始めるにあたって、いくつか質問をさせてください。まず、石川さんの写真とかってあります?」
「はい、あると思います。」
「今、メールで送ってもらっても良いですか?」
「はい…」
メッセージアプリ内の茜とのチャットには、たくさんの写真が貼られている。そのほとんどが、茜のスマートフォンで私たちを写したものだ。その中から、茜だけが写っているものを探し、メールを作成して送信。少し遅れて、座間さんのタブレットから通知音がした。
「…はい、確認しました。では次に、高校の名前を伺ってもよろしいですか?」
「私立A高校です。」
「かなり人気の私立じゃないですか!入るの大変だって聞きましたよ?」
「えぇ、まぁ…」
「ん?A高校…………あぁ、確か
「土井さん?…土井先生のことですか?体育の。」
「はいはい、そうです!ちょっと知り合いで。あとは…イジメているグループについてお聞きしたいんですが、中心となっている人物はいますか?」
「えーっと、確か茜と同じクラスの…………
「フルネームわかります?」
「名前までは…すみません。」
「いえ、結構ですよ。そうですね…………とりあえず今日はここまでです。進展がありましたら、またご連絡いたします。それと、調査を依頼したことはご内密に。阿部さんからも何かあれば、気軽にメールしてください。」
「はい、よろしくお願います。」
事務所のあるビルを出ると、日が傾き始めていた。
ごめんね、茜。こんなことになる前に、助けられたら良かったのに。でも、私1人じゃ…
スマートフォンが震える。通知欄には、茜の文字。アプリケーションを開き、メッセージを返す。今日のことを話そうとして、踏み止まる。
ご内密に、って言ってたよね…
返事を打ち終え、駅に向かって歩き出した時、視線の端に何かが映った気がした。辺りを見渡すが、誰もいない。
気のせい、かな?
少し怖くなり、足早に大通りへと向かった。
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