劇場女

クレイドール107号

第1話

よくね、劇場にお化けが現れるって言うじゃないですか。ウチの劇場にも現れるんですよ、女のお化けが。

若手の漫才師が出ていると、舞台の袖から女の人が顔半分覗かせて、ジーっと見ているんです。それも18〜19くらいの可愛い子でね、可愛い言うてもさすがに覗かれてたら漫才師も気になってしゃぁない。お客さんらもあれ、何や女の人が居るやん、言うてやっぱり気になって漫才聞いておられへん。しかも女が覗いてるのは若手の、そない売れてへん研究生上がりの子ぉばっかりやねんね。ベテランの芸人さんの時はなんか知らんけど、出てきいひん。M兄さんとか、怒ってはったしね。何で俺らの時は出てきいひんねん!て。そない怒らんでも、思うたんですけど、さすがによう言われへんしね、そらタイプなやいからやろこんなおっさんなんて、心では思たんですけど。まぁともかく、そのうち後輩のBの出番の時に現れるようになってね。言うてもそれまではいろんな若手の子ぉらの出番の時に覗いてること多かったんやけど、こないだからそのBの時に女が覗いてはる。Bも何で俺の時やねんと溢しとってね。そう言いながらでも顔はニヤついとったわ。例えお化けでもお前の追っかけやんか、そう言うとそんなん気持ち悪いっすわ、そう言うてね。と言うのは、Bの奴、結構女好きやしね。まだ売れてへんのにタレが多いんですわ。あ、タレ言うのんは、業界で彼女の事ですわ。ホンマにええ加減にせんと、別れる時ストーカーとかされるで。言うてキツく忠告してたりするんですけどね。Bの奴ヘラヘラしてばっかりで。そしたら三週間位前でしたか、そのBから夜中着信があって。

何やまた付き合うてる女の話か、冷やかしたら、違うんです。聞いてくださいとえらい様子が違うんですわ。一体どないしたんや。聞いたらね、女が家に居るんですわ。こない言うんです。そらお前の彼女やろ、お前の家に居って不思議でも何でもないやん。そう返したら、違うんです、女です!あの女です!は?あの女?女ですよ!劇場の!覗いてたあの女!俺の家に居るんですわ!こう言うんですわ。よう聞いたらね、帰って来たら何か視線を感じる。どっかで感じた事ある強い視線。え?まさか…。そう思いながら視線を感じる方向に顔を向けると、キッチンの棚越しに女が覗いてる。その次は冷蔵庫と壁の隙間から。風呂に入っていると、視線が上から感じる。見上げると換気口の隙間から女の顔が。トイレに入って用を足してたら鍵を閉めたはずやのにいつの間にか扉が少し開いてて、その隙間から女が顔半分、ジーっ目線落として用を足してるとこ見てニヤニヤ薄ら笑い浮かべている。もう怖くて、引っ越ししよか思てるんです。そう切羽詰まる感じの電話やったんですわ。ところがそれ以来、何回電話しても、メール送っても、Bから返事が来んのですわ。俺らも、先輩たちも、Bの家族には一応伝えたんですけどね。劇場を無断で休むなんて、この世界では考えられへん事やし。あの覗いてた女に何かされたんか、そう思たりね。でも変なんですわ。その女がこないだからも劇場に現れとるんですわ。Bの家に居った女が。Bが居らんようになっても今まで通り舞台の袖に。あいつ何やねん。そう腹も立ったんやけどね。

別の若手の芸人の出番の時にジーっと顔を半分出して覗いとぉる。お客さんらも、またや!なんて言うて、アンケート用紙に書いたはるし。いつまであの気持ち悪い女を出すんですか?そう言うクレームもあって。会社の方も無視できひんしね。アンケート読んだマネージャーさんが、この人元々昔芸人さんやったんやけど、その人が思わずツッコんだんですわ。

「顔を半分出していつも覗いてる?そんなん家政婦は見た!やないか!」って…。

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劇場女 クレイドール107号 @cureidoru107

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