地域最安値スーパーカワモト
スーパーカワモトはここいらの地区で一番の最安値をうたうスーパー。むこうのスーパーで、もやしが20円ならカワモトは15円にする。こっちのスーパーでタイムセール豚ひき肉100グラム100円が開催されたら、カワモトは100グラム95円に値下げする。そのぐらい挑戦的な店なのだ。
さて、どのスーパーでも長年頭を悩ませる問題がひとつある。一生懸命な企業努力で薄利を得ても、これのせいで利益がぱぁになり、店によっては閉店に追い込まれてしまう。
そう。万引きだ。
地域最安値を目指すスーパーカワモトは人件費を削りがちだ。もちろん例外なく万引きに苦労している。
っと思うだろうが、これは驚きの事実なのだが、スーパーカワモトでは滅多に万引きは発生しない。特にこれといって見回りを多くしているとかいうわけでもない。なぜこんなにも万引きが少ないのかよく近隣の店に不思議がられる。
理由は簡単なのだ。私がいるから。その一言に限る。
私は毎日完全ボランティアでこの店の店内の巡回を行っている。勘違いしてもらいたくないのが、報酬は一切もらっていない。
なぜそんなことをしているのかというと、別にカワモト店長と仲がいいとかいうわけではない。はじめて私がこのスーパーにやってきたとき、一円でも安くするためのこの店の努力に胸を打たれた、ただそれだけなのだ。
スーパーカワモトは私がこうして巡回をはじめるまで比較的万引きの多い店だった。カワモト店長に直接聞いたわけではないが、彼の困り果てた表情で店内をウロウロする姿をみればそんなことぐらいわかる。
それに私がはじめてここへやってきたときも、私の目の前で人当たりのよさそうなおばさんがポケットに玉ねぎやジャガイモを見つからないようにしまい込むのを見てしまった。
だからこそ、その日以来私は毎日このスーパーカワモトへやってきて、万引きを
しようとたくらむ不届き物はいないかどうか目を光らせている。
自慢ではないのだが、私は今にも万引きをしようとたくらむ人を見分けるのが人一番得意だ。
目やその人の放つ雰囲気をみれば一瞬で見分けがつく。こいつ盗む気だな、と。
今私が後ろをばれないように追いかけているこの六十代半ばの男も一目見てやる男だと分かった。
一度見たその眼つきは鋭く獲物を探すハンターの目。背中から漂うその雰囲気は盗みを覚悟したものだった。間違いなくやる。
男は店内をさもなにを買おうか迷うようなそぶり見せながら手ごろな商品を物色している。
ふと鮮魚コーナーに来た男がばら売りしてある魚肉ソーセージを手に取った。そしてそのまま製菓コーナーの人目の着かないところに移動する。私はあの犯罪男に見つからないよう最善の注意を払いながら男の様子を伺った。
男はせんべい売り場の前できょろきょろとまわりを見る。次の瞬間、色あせたジャージのズボンにソーセージを詰め込んだ。そして素知らぬふりをしたまま店の入り口から堂々と出ていった。
店を出た彼の後を急いで追う。
「すみません。ちょっといいですか」
そういって男に声をかけると男は怪訝そうな顔をして
「なんですか」
と答えた。
私は彼にちょっとこっちにいいですかといって店の裏口の方へ案内する。
「あなた、盗りましたよね」
男の顔色が変わる。
「何のことですか」
「私見ていましたよ。あなたが鮮魚コーナーの魚肉ソーセージをそのジャージのポケットに入れるところを」
そこまでいうと男は観念したのか今にも泣きそうな顔で
「すみません。つい出来心でやってしまいました。どうか警察だけは勘弁してください」
と謝ってきた。
私に謝っても仕方ない。いかに小さくて安いものだろうが盗みは盗み。罪は償わないといけない。しかし私も鬼ではない。
「分かりました。あなたの為今回は黙っておきましょう」
私は男の前に手のひらを出す。
男は申し訳なさそうにジャージからソーセージをだし私の手のひらにのせる。
そしてその場を去ろうとする男に私は言った。
「なんの御冗談ですか?口止め料払ってくださいよ」
男はきょとんとしている。
「黙っておく代わりに口止め料払ってくれといってるんです。嫌ならすぐに店員を呼んできますよ」
男は慌てて財布からありったけのお金を出す。しめて7,572円。
これが私の生きる糧になる。今日は奮発してお刺身でも食べよう。男から取り戻したソーセージをもとの場所に戻し、代わりにお刺身盛を手に取る。6種類も刺身が入って500円きっかりなんてなんて安いのだろう。一緒にビールを購入し店を出る。
出口の近くでカワモト店長が何やら作業をしている。ふと目が合った。私は会釈し店から出ていく。
明日も当然万引き犯を見つけにスーパーカワモトに向かう。
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