もしも、全ての人が善人ならば、私は
鳩ノ木まぐれ
第1話
開場した体育館で私は、生徒達が用意してくれた席を探して座る。
今年の九月、私はこの高校で教育実習生としてお世話になっていた。授業や体育祭で仲良くなった生徒たちが「ぜひ文化祭に来てくださいね」っと招待してくれたのだ。
招待状の文化祭パンフレットを見るとどうやら演劇をやるそうだ。演目は「白雪姫」しかし、普通の白雪姫ではなく少しアレンジした「IF白雪姫」をやるそうだ。
開場してからしばらくして、辺りを見渡すと席はほとんど埋まっていた。やはり高校の文化祭ということもあり、私の周りは制服を着た学生だらけだった。ちょっと肩身が狭いかも。
開演のブザーと共に幕が上がる。
『ある国のある王様の娘に、まるで粉雪の様な白い肌をもつ、綺麗なお姫様がいました。その名前は白雪といって、その国自慢のお姫様でした』
幕が上がると白を基調とした衣装を着た生徒二人が、ティーカップを挟んで向かい合う形で座っていた。
「お妃さま、アフタヌーンティーに誘っていただきありがとうございます。この紅茶とっても美味しいです」
「喜んでもらえて何よりよ。それに久しぶりに白雪とこうしてゆっくりとお話できる時間が欲しかったのは私の方だもの。ありがとうね」
ステージから客席へ白雪とお妃の和やかな雰囲気のある会話が広がる。
第一声で生徒たちのたくさん練習してきたことが伝わってきた。
「そうだわ。私、最近お菓子作りに挑戦しているの。実は今日のお菓子は私が作ったものなの」
「まあ、お妃さまが? とても楽しみですわ!」
「ラ・フランスのタルトを作ってみたの、お口に合うといいのだけれど・・・。いかがかしら?」
お妃に勧められたタルトに対して白雪は食べるふりをする。上品に手で口を隠して咀嚼し、口の中身を無くしてから白雪は表情をパッと明るくして言う。
「ラ・フランスってこんなにもみずみずしい甘さの果物だったのですね。私、初めて食べました」
「そうなの? 気に入ってもらえてよかったわ!」
『国は、いたって平和で悪い魔女なんかも現れず、皆それぞれの幸せの中で静かに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』
ナレーションの子がそこまで言うとステージの幕が下り始める。
えっ、おわり?
流石に早すぎると思うが、幕はそのまま下がり続ける。
私と同様に客席の生徒も動揺の声を上げている。
「もう終わり?」「いやいや、流石にそんなことはないだろう」
「ちょっと待った!」
ステージの奥の方から男子生徒の大きな声が飛んできた。すると下りきった幕が、今度は次第に上がって行く。客席からは「やっぱりね」「終わりじゃないんだ」といった声が聞こえてきた。
幕が上がり切ると白雪やお妃だけではなくカラフルな三角帽子を被った小人たちや弓を持った狩人、三人の部下を引き連れている豪華な衣装の王子がいる。そして最も客席から注目されているのは人面リンゴと手足の生えた鏡だろう。「なにあれ」「気持ち悪い」「あはは、最高」などと、かなり絶賛だった。
間を少しおいてから王子は言った。
「ちょっと待ってくれ。僕たちの出番が無いじゃないか」
王子の訴えに白雪は困ったように聞く。
「出番とは何のことです?」
「そ、それは・・・」
「?」
どう説明していいのか困っている王子の肩を叩き狩人が話かける。
「終わってしまった噺はどうにもならない。あとは、俺たちで進めるしかない」
「そうだな。しかしどうやって進めようか・・・」
「うーん・・・」
王子と狩人がどうしようか悩んでいる最中、リンゴが喋り出した。
「あのー。僕らもこのまま終わられると出番が無いのですが・・・」
「・・・」
全員がリンゴを見るが、見てみぬふりをする。
「あ、あのー。聞いてますか? 流石にスル―は傷つくのですが・・・」
「「「リンゴが喋るな!」」」
「えーーーー!」
リンゴに対する周りの扱いが雑過ぎて面白い。客席もかなりの数の子が笑って見ている。
客席が爆笑の中ふと、私は思った。
小人が六人しかいない。確か『白雪姫』の小人は全部で七人いるはず。なんでで一人足りないのだろう。
私が小人のことで疑問に思っていると、狩人への相談が終わったのか、王子が意を決して前に出る。
「白雪姫、僕は貴方に永遠の愛を誓います。だからこれから、一緒に城まで来てほしい」
「・・・素敵だわ。私、永遠の愛に憧れていたのだもの。とてもうれしい。でも・・・、ごめんなさい。私、今の暮らしで十分幸せなの」
白雪は丁寧に言葉を選んで断る。
求婚を断られた王子は膝をついて悔しそうに言った。
「そんな・・・。一生で一度きりの恋だったのに・・・」
おいおい、と泣く王子に狩人はしゃがみこんで励ました。
なんか狩人、顔が近くないかい?
「王子、このくらいで泣くなよ。もっと前向きにいこう」
「今さっき会ったばかりの君に何が分かる! 僕は人生最高の幸せを掴めなかったんだぞ!」
「確かに断られたかもしれない、でもそれはたった一度きりのことじゃないか。もしかしたら、彼女にアプローチが足らないだけかもしれないだろ? 君の言う通りさっき会ったばかりなんだからさ」
「そ、そうだな。前向きに考えよう」
――狩人、イケメン過ぎる。
王子は立ち上がり白雪に言った。
「白雪姫、僕は諦めない。もっと僕のことを知ってもらって、そして好きになってもらう」
「あ、はい、頑張ってください」
白雪の対応が少し棒読みだったことが気になる。素で引いてない? ここはもしかしたらアドリブだったのかもしれない。客席から少し特殊な歓声が聞こえてくるが私は知らない。・・・知らない。
「だからお願いだ。僕に付いて来てくれ」
「ごめんなさい」
「どうしてもかい? どうしても・・・」
王子の様子がおかしい。うつむき何かをブツブツとつぶやき、顔をあげて白雪に言った。
「分かってもらえないのであれば、分かってもらうしかない、何をしてでも君への愛を伝える!」
王子は三人の部下に「捕らえろ」と命令した。
「しかし、そんな強引なやり方でいいのですか?」部下の一人が王子に聞く。
「話が聞いてもらえないのであれば仕方がない、いいから捕らえろ」
「「「は、はい」」」
三人の部下は白雪を捕らえようとするが、そこに狩人が立ちはだかる。
「なぜ邪魔をするんだ? 君は僕の恋を応援してくれるのではなかったのか?」
「応援はする。でもこんなやり方で彼女が振り向いてくれるとは思えない。王子、君のやり方は間違っている」
狩人は白雪に向かって言った。
「白雪姫、今のうちに逃げるんだ」
「わ、分かりました」
そう言って白雪は下手の方(客席から見て左手)へ逃げて行った。それらを追うように狩人、部下、王子の順で下手の方に駆けて行った。
ステージは騒がしさを見送るように下手を見ている。
やっと小人たちが喋りだした。
「・・・これ、私たちのやることないね」
「無いな」「無さそうですね」「右に同意」「っ・・・」「ZZZ・・・。っ! ・・・ZZZ」
各々の生徒が小人の個性を出そうとしているのがよく分かる。
「さあ、私たちは私たちの仕事に戻りましょう」
水色の小人がそう言うと他の小人も下手の方へ帰って行った。
残されたお妃はリンゴと鏡の姿を見て恐る恐る尋ねた。
「あ、あの、何故そのような恰好をしているのですか?」
「何故、と聞かれても鏡だから、と答えるしかないのですが・・・」
「そうですか・・・」
突然人面リンゴが挙手をして喋りだす
「あ、僕にも自己紹介させて下さい」
「「リンゴが喋るな!」」
「そうですか。まぁリンゴだと分かってもらえれてれば、それでいいのですが・・・しゅん・・・」
相変わらずリンゴに対する風当たりがきついなぁ。
「あれ? 何かがおかしいですよ」
鏡が何かの違和感をお妃に訴える。
「私はお妃さまに仕えていた鏡のはずです。なのにその記憶がありません」
「何かの勘違いなのでは?」
「そうなのでしょうか・・・」
鏡が悩んでいるとお妃が言う。
「そんなことより私は、白雪が気になります。大丈夫なのでしょうか・・・。そうだ、もしよければ貴方たち白雪を守ってくれない?」
「私でよければ、喜んで」
「ありがとう、よろしくお願いね」
「では、行ってまいります」
鏡は下手へ行こうとするとお妃は何かが分かったように微笑む。
「確かに貴方は昔、私に仕えていたのかもしれませんね」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も」
「では改めて行ってまいります」
鏡ってまさかの難聴系主人公なの?
鏡が下手に下がりきる前にまたリンゴが口を開く。
「あの・・・僕は・・・」
「「水を差すな!」」
照明が落ち、何も見えなくなる。客席は次の灯りを待っている。
照明が戻り、上手(客席から見て右手)の方から王子と部下三人が出てくる。
「白雪姫はそんなに遠くまでは行けないはずだ。きっとこの街の中にいる。見つけて捕まえろ」
「「「はい」」」
王子は部下たちに指示をした。それに三人の部下も答えステージの左側を探し始める。
「嗚呼、白雪姫、何故貴方は白雪姫なの・・・」
「「「それは違う!」」」
息がピッタリな部下たちのツッコミに、客席が笑いの渦に飲まれる。
「い、いいから探せ、僕はあっちの方を探してくる」
王子はそういって上手に消える。
部下の一人が上手の奥を覗くような怪しい行動をとった。
「よし、王子はもう行ったぞ」
「ふわあーー。やっとサボれるーー」
三人の部下は座って話し込み始める。
「しかし、どうしちゃったんだろうな、王子」
「確かに、いくら告白してそれで振られたとしてのあんなストーカーみたいなことしなくてもねぇ」
「おかげで、俺たちまでストーカーみたいなことをさせられるし」
「はぁ、だなー」
部下の一人が何かを考える。
「確かめたいんだけどさ、王子って出番が欲しくて白雪姫に告ったんじゃん」
「そうだな。結果は即却下だったけど」
「いや、断られたことは置いておいても、さっきあの場にいた全員って出番が欲しかった人達だよな」
「何言ってるかよくわかんないんけど」
「つまりは、俺たちも出番欲しくないかって話だよ」
「そりゃあ護衛の俺たちが何か手柄を立てれば出世とかも出来るかもしれないけどさ」
「いやいや、そういうことじゃなくて。出番というより見せ場だよ。姫なら追われる身、王子なら姫との結婚、狩人なら姫を守ること。そんな物語みたいな人生の見せ場のことだよ」
「確かにそれは欲しいな」
「でもどうする? 俺たちは王子や狩人みたいにはいかないだろ?」
「ちっちっち。何も考え無しにこんな話をしてはいない」
「ということは、俺たちにもふさわしい出番が・・・」
「いや、それはない」
「今考えがあるって言ったじゃん」
「考えはある」
「どんな?」
ドヤ顔の部下は、残りの部下に耳打ちで伝える。
「それ、やっても大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫、どんなにマズイことでも気づかれなきゃいいんだって」
ステージの照明がまた落ちる。
次に照明があけると森の中だった。そこに白雪姫が不安の足取りで登場してきた。
「お城から離れ過ぎかしら、森も深くなってきたし・・・。どこかで休める場所を見つけなくちゃ」
白雪は辺りをきょろきょろしながら休める場所を探している。
「それにしても、王子さまはどうしたのかしら。結婚を断ったことは悪いと思うけれどここまですることはないと思うわ! あ、こんなところに切り株が。ごめんなさい、私ヘトヘトなの少し休ませてもらうわね」
白雪は怒りや申し訳なさといった感情を豊かに出して演じていた。そんな所が素直にかわいいと思った。
「そういえば、今日の王子さまは少し変だった気がする。たしか、出番がどうとか言っていた気がする・・・」
さっきから『出番』という台詞が頻繁に出てきている。私の周りの生徒も白雪と同じ様に悩み顔になりながら顎に手をあてていた。
「出番って何の事かしら。分からないわ・・・。うーーーん。あ! もしかして王子さまは魔法にかけられているのでは。そうだとしたらすぐに解かなくては。・・・でも魔法の解き方を知らないわ。どうしましょう」
白雪が王子の助け方を考えていると上手から人面リンゴと鏡が息を切らしたように走ってきた。
「そ、それなら僕が知ってますよ」
「・・・うーーん。ん? わ! びっくりした。」
「あーー、僕はそういう立場でしたね」
そろそろリンゴの出番も与えてあげようよ。かわいそうじゃん。
「白雪姫、ご無事でしたか」
鏡は紳士的に白雪に聞く。
「どうして、貴方たちがここに?」
「お妃さまに白雪姫を守るように言われて来ました」
「・・・話が見えてこないわ」
「私は、元々お妃さまの使い魔だったのです。私はお妃さまを裏切ることができません。だから私に姫を守らせてください」
「そういうことだったの、わかったわ。鏡さんありがとう。よろしくね」
下手から若葉色の小人が飛び出してくる。
「こっちの方から声がしますよ。ほら、やっぱりいました」
「ほ、ほんとだ」
そしてぞろぞろと小人たちが出てきた。
「あの美しい人は白雪姫で間違いない」
「・・・こっ・・・こんにちは・・・」
「そんな奴、助けてやるなんて言うなよお前ら」
「そなんにいじ張って、がんこもん、疲れん?」
社交性が一番ある若草色の小人が白雪に話かける。
「だいたいのことは先ほど見ていたので分かっているつもりです。この近くに僕たちの家があります。少し休んで行って下さい」
「まぁ、あのときは挨拶できなくてごめんなさい」
「いいんですよ。それより休んで行ってくださいよ」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
「では、ついてきてください」
白雪は立ち上がり先導する小人たちについていく。
照明が落ち次に明るくなるころには白雪たちは小人たちの家に到着していた。
「大きな家ですね」
「ありがとうございます。実はこの家この間完成したばかりなのです。さあさあ、中へどうぞ」
「おじゃまします」
「すみません椅子が足りませんね」
鏡が手を振って遠慮した。
「いいです。私たちが立っていますから」
「そうですか。でも一つは余っているので白雪姫、どうぞ」
「ありがとう。やさしいのね」
「そいつは真面目なだけだぞ」
小人たちの間で笑いが起こる。
鏡は何か考え、前に出て小人に尋ねる。
「ここだいぶ森の奥ですけど・・、お客さんはよく来るんですか?」
「いいえ、お客さんが来たのはあなた方が初めてですよ」
「鏡さんどうかしましたか?」
「じゃあなぜ、椅子が余っているんですか」
バッ、とピンク色の小人が椅子から立ち上がる。BGMはどこかで聞いたことのある様なホラーの曲に変わり、これを聞くと客席の空気がピシ――っと張りつめた様になった。
「実は、つい先日までここにいる仲間は七人でした・・・」
「えっ、じゃあ、あと一人は・・・」
「はい、ある日、行方不明になりました」
「「「えーっ」」」
白雪、鏡、リンゴは驚く。
「あいつ、寿退社だろ? この間街で見かけたぞ。なんでも、結婚して妻と一緒にアクセサリーショップを始めたらしい」
「そぉなの?」
小人の間抜けな声で不気味なBGMが止まる。
「そうそう、というか俺らが宝石を売りに行っている店の中の一つだったぞ。そのぐらい覚えとけよ」
「寿退社ですか。どんな方だったんですか?」
「実はあいつは・・・心配性なんだよ・・・。あっ、性格がね」
「そうなんですか」
鏡がそっけない。
「でも、ここを出ていく時はものすごい未来が明るそうな顔してたよ」
「そうそう、違和感がすごかった」
恐る恐る一人の小人が手を挙げて言う。
「実は、私は見てしまったのです。心配性の彼が綺麗な女の人を口説いているところを」
「えー、あの心配性が?」
「ありえねー」
「実はその女の人が心配性さんに話かけるまではいつも通りの心配性さんだったのですが話かけられたとたんに態度を変えて口説き始めたんです。あれはどう見ても魔法でした!」
小人は立ち上がり興奮気味に言う。
「恋の魔法!」
「おーー」、とステージは驚きの声を上げる。
白雪は小人たちに尋ねる。
「その心配性さんのお店ってどこですか? 私、会ってみたいです」
「別にいいですけど、今頃、王子の部下たちが白雪姫を探しているころじゃないですか?」
「そうです。危ないですよ」
「大丈夫です。そんなことよりその魔女さんに会いたいです」
照明を落として背景を森から街中へ変える。先ほどとは違いセットにお店があった。
中には変に派手な格好の三人の組と店員さんらしき女の人がいた。
白雪たちはその三人組が王子の部下だと気が付き、お店の陰に隠れる。
「いくらになります。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
三人組は店を出ると言った。
「よし、この格好なら完璧だ」
「ちゃんと王子に見えるかな」
「王子の出番を奪っちゃおう大作戦、開始だ。いくぞ、えい、えい・・・」
「「「おー」」」
部下三人組はそういって下手の方へ消えて行った。
お店の陰から白雪、鏡、リンゴが出てくる。
「向こうの人たちもいろいろ考えているんですね」
「お店の中に入りましょうか」
一同はお店の中に入っていく。
「いらっしゃいませ。・・・っ!」
何かに気が付いたように店員が固まる。
「このお店に心配性さんと魔女さんがいると聞いてきたのですが・・・」
「はい、心配性は店主です。ですが、今は出かけていていないのですよ」
「ということあなたが魔女さまですね」
「はい、そうです。今は・・・」
「今は? どういうことですか?」
「・・・」
魔女は押し黙る。
「・・・はあ、話すしかなさそうですね。実は、今のお妃は私の姉なのです」
「「「え?!」」」
その言葉に白雪と鏡が驚く。何故かリンゴだけは驚かなかった。
「魔女さまはお妃さまの妹なんですか? でもそんな話今まで一度も聞いたことが無いのに」
「私の口から説明が難しいから私よりも、このことを一番知っていそうなリンゴくんに聞いた方が早いと思うけどな」
「やっと出番がまわってきた!」
――よかったね、リンゴ。
「何で、リンゴがそんなこと知っているんだ?」
「その辺のことまで全部話すから、鏡は少し黙っていて」
「っ・・・」
またステージが暗くなる。
『ある国の外れに悪い魔女が住んでいました。その悪い魔女は美しく、誰にも負けない自信がありました。ある日悪い魔女は何でも知っている魔法の鏡を手に入れました。そこで魔女は気になりました』
「鏡よ鏡。何でも知っている魔法の鏡よ。この世で一番美しい人は誰だい?」
何度も聞いたことがあるような台詞を悪い魔女は自信たっぷりに演じていた。
「この国の王の娘、白雪です」
「え?」
「白雪です」
「・・・」
「あ、ちょっとご主人様? 何をするんですか止めてください。揺らさないでぇぇ」
明かりがつくと魔女と足の生えた鏡が取っ組み合いをしていた。
「お世辞も言えない鏡なんてただの板切れよ!」
「ひど、板切れってあの板切れですよ。じゃあ僕も言わせてもらいますけどね。ご主人様は自分に酔いすぎなんですよ。この世で一番と言ったので一人しか挙げませんでしたが他にも挙げてない人がいます」
「そんなの聞きたくないわ! こうなったら白雪姫を殺してやる」
明かりが消える。
「鏡、お前も付いてくるのかい? それと何だい? その足は」
「僕、魔法の鏡なんで、足ぐらいなら簡単に生やすことができるかなと思って」
「気持ち悪い」
「やっぱりご主人様、僕の扱いひどくないですか?」
「・・・」
「よし、到着したよ。ここがお城だ」
明かりがつくと、そこには門番の様な格好の三人組が立っていた。
「よーし、今日も真面目に働こう!」
「「おー」」
「それにしても王子も飽きないものですよねお姫さまの顔見るためだけにわざわざ来るなんて」
「そこはやっぱり愛ゆえにじゃあないか?」
その兵士三人組に魔女は近づいていく。
「おい、そこ怪しい者、止まれ」
「もう少し不真面目でも魅力的よね」
「何を言っているんだ・・・」
魔女は呪文を唱える。
「非常、この者たちの大切な真面目さは、今、失われた」
「「「うわ!」」」
三人組は魔法にかかったようになった。
「どうぞ、どうぞお通り下さい。一人や二人通ったところで誰も気が付かないでしょう」
「俺たちはちょっとその辺りで休憩しようか」
「そうだね立っているだけの仕事じゃあ疲れるしね。休憩も必要必要」
そういって三人組は下手の方に消えた。
明かりが消えて、またつくまでに悪い魔女と鏡は上手側にいて下手側には白色の衣装の初めに見たお妃のような人がいた。
ライトは色のついた光で今までにない華やかさがあった。
悪い魔女はその人を見て驚いて言った。
「お前はあの時の落ちこぼれ。生きていたのか」
「え? お姉さま? 何故こんなところに?」
「お前こそなぜこんな場所にいる。いつもいつも私の邪魔ばかりして」
「そう、また何か悪いことをしにここに来たのね」
「不運、この者の大切な記憶は、今、失われた」
妹は魔女の放った魔法を避ける。
「やめて、お姉さま!」
「うるさいよ。私はお前が嫌いなんだ・・・」
魔女は恨みを込めて静かにそういった。
「鏡、こいつを抑えてな」
「はい」
鏡は魔女の妹の腕を捕まえ後ろにまわり抑える。
「止めて! 放して!」
「不運、この者の大切な記憶は、今、失われた」
魔女がもう一度魔法を放つ。そのとき、妹は鏡を振りほどき前かがみに倒れ込む。
「「うっ、ぐわぁぁ」」
叫び声を上げたのは鏡と魔法をかけた魔女自身だった。そして魔女と鏡も倒れる。
倒れた実の姉に駆け寄り介抱する。
「お、お姉さま?」
「・・・」
魔女に反応は無い。
「そんな・・・」
鏡が起き上がる。
「ここはどこだ? 何が起きたんだ?」
今の魔法は当たると記憶喪失になってしまう魔法だったのか。
「どうしよう。このまま誰かに見つかってしまうとお姉さんは悪者になってしまう」
『お困りですか? お嬢さん』
「何だ。これ、動くぞ」
鏡はリンゴを下手のステージ裏へ投げる。すると、下手から手足の生えたリンゴが登場した。
「貴方は?」
「僕はリンゴです。ただ、少し物知りな知恵の実なだけです。お嬢さん、今まであったことは見ていたので分かります。解決策はありますがそれをやってしまうとあなたは結婚できなくなってしまいます。それでもあなたはやりますか?」
「はい、お姉さんが助かるなら、もちろんです」
場面は暗くなり店の場面に戻る。
「・・・っというわけで、僕はお嬢さんに魔女とすり替わる事を勧めました。僕の話は以上です」
「え、じゃあお妃さまや俺に記憶が無いのもそのときに」
「はい、記憶のなくなる魔法にかかったからです」
「では、王子さまの様子がおかしくなったのは」
「この事とは関係ありません」
「そうですか・・・。じゃあどうしたらいいのでしょう。魔法にかかっていないのであれば、解決しようがありません」
魔女は白雪の肩に手をそえて言った。
「私の得意な魔法は幸せの魔法です。この魔法の一つを教えてあげるわ」
魔女は手を広げ、客席に向かって言った。
「人は皆、望みを叶えることで幸福になる。白雪、あなたの望みは何? あなたが気にかけている王子の望みは何?」
「私は今まで通りお妃さまと一緒に暮らしたい。たとえ、それが偽りだったとしても・・・」
魔女の問に白雪は頭で整理するように呟く。
「でも、それだと王子さまの望みが叶わない・・・」
「そんなことないわ。必ずみんなが幸せになる方法があるはずよ。それが幸せの魔法」
「みんなが・・・幸せに。全員の望みが叶う・・・幸せの魔法」
白雪はゆっくりと立ち上がって深く考える。
「私は・・・。王子さまは・・・。そうだわ!」
何かに気が付き、店を出ようとするところで鏡に止められる。
「待ってください。どこへ行くのですか。まだ外には王子やその部下たちがあなたを捕まえようと探しています」
「いいえ、私はその王子さまに会いに行くのです。会って話をすればきっと王子さまも分かってくれるはずです」
「ですが・・・」
「それに、私は魔女さまに教えてもらった幸せの魔法もあります。だから大丈夫です。私を信じて下さい」
「・・・分かりました。信じます。信じることも大切ですね」
「ありがとうございます鏡さん」
白雪は一人、店を飛び出し王子のもとへ走った。
照明は一度真っ暗になり、明るさを取り戻すと王子が白雪を探していた。そこに部下三人と白雪が走り込んで来る。
「待てーー。もう観念しろ」
「放して下さい私は王子さまにお話があるのです」
それを見た王子は部下に命令する。
「もういい、放してやれ」
「ありがとうございます。では、お話を聞いていただけるんですね?」
「もちろんです。で、お話というとやはり・・・」
「はい、結婚のことです」
「では僕に着いて来てくれる気になったのですか?」
「いいえ、私には私の幸せがありますからそれは無理です」
「では、何を話すことがあるのですか」
「王子さまは私と結婚したいとおっしゃっていますよね?」
「そ、そうだ・・・」
「でしたら、私のお婿さんに来てください! そうすれば二人の望みが叶って幸せになれます」
「・・・・・・」
王子は絶句する。
「王子さま・・・。それでは、ダメですか?」
「白雪姫、僕は間違っていた・・・。自分の幸せのことばかりを追いかけて、本当に大切なはずのきみを見れていなかった・・・。こんな僕でも迎え入れてくれるかい?」
「もちろんです。私だって王子さまのことを愛していたのですから」
「ありがとう白雪姫、絶対に幸せになろう」
王子は思い出したように、部下三人に言った。
「お前たち、僕は家出するから王子の座はお前たちの好きにしていいぞ。うまいことお父さんをごまかしておいてくれ」
「そんなの無理ですよーー」
一人の部下の反対に残りの部下も頷いて同意する。
「それにお前たちちょうどいい格好をしているじゃないか。というわけで、あとはよろしくー」
「「「そんなーー」」」
こうして幕が下り、今度こそ、本当の終わりのようだ。
みんな元気に青春していていい演劇だった。
私は体育館の明かりがつくと、パイプ椅子から立ち上がりここから立ち去る。
劇中の『幸せ』という言葉がとても嘘っぽいと感じていた。それは高校生が発した言葉だからなのか、それとも私の悩みだからなのか、分からないけれど・・・・・。
もしも、全ての人が善人ならば、私は 鳩ノ木まぐれ @hatonogimagure
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