空虚

@shrimpy

第1話

「今日ほんとによく晴れてんなぁ」

男は目を細めながら言った。日本人は話題に困ると必ず天気の話をする。

「うん、そだね」

天気なんてどうでもいいけど、その日の空は阿呆みたいに澄んでいた。平穏な日曜日。

「はい、これヘルメット」

バイクに乗るのは初めてだった。

「ここに足かけて」

「うん」

下半身にごうごうとエンジンの振動が伝わる。勢いよく走り出す。空気を真っ二つに切り裂いていく。

「うわ、怖い怖い」

「大丈夫、しっかり捕まってて」

彼の肩をしっかりと掴む。この男と会うのは初めてだった。


カーブを曲がる時、わざとらしく車体を傾けてくる。私がまた怖がって、それを彼が笑った。この男が誰なのか、どんな人なのか、どこへ向かうかなんて分からない。知らされてもいないけど、連れ出してくれるなら何でもよかった。


「ここ、おれん家」

さいですか。

「降りて」

まずい。

「はい、中入って」

「お邪魔します...」

まだ逃げられる。

「リラックスしてていいよ」

逃げろ。

「汗かいたからちょっと足洗って来る」

絶対足だけじゃない。こいつ全身洗ってる。早く。玄関を飛び出せ。



「はー、さっぱりした。仕事で腰凝ってるからさ、ちょっとマッサージしてよ」

「ん?分かっ、た。」

分かんない。だめだ。とりあえず帰らなきゃ。

「はあぁ、気持ちいい〜。もっとして。」

「こう?」

「んんっ、いいね〜」

何やってるんだよ私、本当に。

「ねぇ、抱きしめていい?」

「えっ」

「布団の上で抱きしめたい」

「あっ、布団の上じゃなくても、いいじゃん、ここですれば...あっ...」

抵抗できない。いつの間にか布団に体を抑え込まれて、息もできない速度で唇を奪われる。

不本意だなんて言い訳できない。家に転がり込んだのは私だし。薄いレオパレスの壁の中、キスの音が響く。遠くでサンデージャポンが芸能人の不祥事を知らせていた。

「舌出して」

「んっ...」

「もっと口開けて」

あつい。覆いかぶさる人の熱が。

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