あやかしさん、いらっしゃい
帆場蔵人
第1話 赤い傘
そろそろ梅雨の季節だねぇ、と
「あぁ、九州地方は梅雨入りしたみたいですね。ん?なんですか」
香椎先輩が手招きしてアンパンを指差す。はて?なんだろうか。
「みっしー、きみさぁ。これ、粒あんだよね?」
「あー、購買のこし餡ぱん、切れてたんですよ。すみません」
ぼくこと、
「みっしー、粒あんなんてのはこし餡を作る途中の代物なんだよ。いいからコンビニで買ってきてよ」
そんな先輩のワガママでぼくは近所のコンビニに向かうことになったのだった。
「あ、みっしー。雨には気をつけなよ」
「雨ですか」
「この時期だと赤い傘かな」
梅雨が近いとはいえ、今日は晴天だ。香椎先輩はふふ、と笑う。この先輩の言うことは出会って三ヶ月たつがよくわからない。
「しとしと……雨音って足音みたいじゃないかい?薄暗い雨にけぶる彼方から、しとしと、しとしと……ナニカがやってくる。まぁ、気をつけるに越したことはないさ。きみは出逢いやすい」
そう言って先輩は長い髪をそっ、と撫でた。
香椎先輩のその言葉が不吉な予言だったようで、下駄箱で靴を履き替えていると雨が屋根を叩く音が聞こえてきた。参ったな、傘持って来てないぞ。コンビニまでは走って数分かかる。どうしようかと、思案していると下駄箱の端に立てかけられた赤い傘……
傘の柄にピンクの付箋、
『困ったかた使ってね♡』
と、書かれている。赤い傘、ねぇ。香椎先輩の言葉を思い出す。しかし、傘があれば助かる。ありがたくお借りしよう。きっとだれか親切な人がいたのだ。ぼくは赤い傘を手にコンビニに向かった。だが……少し歩いて異変に気がついた。学校の門を抜けて右折、このまま真っ直ぐ歩けばコンビニのある広い道にでる、はずなのだが三十mほど先の角にいつまでたっても辿り着かないのだ。ぼくは足を止めた。人気は無い。雨がしとしと傘を叩いていた。肌寒い……辺りを見回したときふい、に白い手が伸びてきて傘を持つ手を握ってきた。誰かがぼくのとなりに、傘の中にいた。入ってきた気配はなかった。気がついた時には、そこにいたのだ。冷たい手の感触、うちの学校の制服、女子生徒だ。長い黒髪が雨に濡れていて、俯いた顔は……よく見えない。ソレがボソッと何かつぶやいた。
「……いが……ね」
なんて言ったんだ。あんただれだ?
「もしかして傘の持ち主の方、でしょうか」
恐る恐る聞いたぼくの言葉に、
「ア、い、あい、かサ……あいあいがさ……」
「え? いや、あのもしかして……相合い傘って、言ってます」
ニィィィ、と彼女の口の端が上がる。
「あい、あい傘、かさかさ、相合いガッサ!
あ、い、あ、い、がさぁ!あい、あいっ!」
おい⁈ なんか変な感じのテンション上げてきたんですけど⁈ ちょっ、手、手ぇ、めっちゃ、力強く掴んできてんですけど、いや身体すりつけて来ないで、なんか怖いんだけど!
足踏み鳴らさないで……ヤバい、逃げ場がない。なんか違う意味で怖くなってきた。
「相合い傘は、恋人の証し、よね。ねぇ、あなた……もう将来を誓いあってもいいわよね! そう、そうなのよ、わたしとあなた、相合い傘でロマンチックに肩を寄せ合いましょうよ、ねぇ、ねぇ、ネェェェ!このまま、あなたはわたしと、永遠にこの雨のなか運命の赤い相合い傘の下で肩を寄せ合って歩き続けるのよ!」
「ちょっ、意味がわからんのだけど!てか、あんた何?相合い傘やりたいなら、誰か別の人に頼んでくださいよ。永遠てなに⁈」
しかし、グイグイとぼくの手は引かれる。なんて力だよ、わわ、永遠に歩くって、誰か助けて、叫んでみるがだれも現れない。直線の道もいくら歩いても景色の変わらないのだから尋常ではない。え? これ霊的な、アレな、トラブル? や、ば、い……
「助けてぇぇぇ、ヘルプぅぅ!」
「うふ、うふふふふふ、うふふ、うひひひ、ひひひ、ウキャキャ、きゃ、ふふふひっ、ふふひっ……」
あかん、この人? どこかに逝ってはる。そうして、ぼくは延々と延々と、どれぐらいソレと相合い傘で歩いたのだろう。へとへとで、もう引き摺られるようになっていた。ソレは相変わらず嬉々とした笑い声で鬼気とした狂気を振りまいている。あゝ、、もう、このまま、永遠に……
その時、何かが聞こえた、そう言えば、何しに出て来たんだっけ……
あんパン、
あゝ、そうだあんパンを買いに香椎先輩の、
あんパンを買いに出て来たんだ。
あんパン、こし餡パン、
なんだか幻聴が香椎先輩の声が、わかってますよ。こし餡パンでしょ。でも、もう……
「あんパン!ってんだろうがよォ!」
幻聴じゃない⁈ 隣にいた女子生徒の形をしたソレの後頭部を学校指定の上履きを履いた脚が撃ちぬく。前のめりにぶっ飛んでいった。顔面からコンクリートにダイブである。
「なぁにしてるのかな?」
香椎先輩がゆるりとした佇まいで、蹴り足をとん、と地面についた。よく解らないけど、た、助かった。先輩はそのまま倒れて打ちつけた顔を押さえて悶える女子生徒に近づいていく。
「まぁ〜た、出やがった。毎年、毎年、梅雨のカビみたいなヤツだね。除菌してやろうか? え? このおバカ妖怪ちゃん」
「ひいぃぃぃい」
もの凄く怯えてますが…… え? 妖怪ってなんでしょうか。幽霊とは違うんですか。
「こいつはねぇ、梅雨どきになると現れる妖怪あいアイ傘だよ。なんか知らないけどね。相合い傘に憧れたあまたのモテない奴らの怨念が凝り固まったヤツさ。ふらふらになるまで男子生徒を連れまわすのだね。去年はおれちゃんに絡んで来たから、締めてカビキラーしといたんだけど」
「なんですか、そのはた迷惑な妖怪は⁈」
「あ、ああぁぁ、相合い傘がぁ、相合い傘が羨ましかったのよぉ。男子と、男子とアイ、アイがさぁ、したかっただけなのぉぉ」
なんだか推理漫画の犯人の自白みたいに地面に手をつき号泣する妖怪?あいアイ傘、それを香椎先輩がうるさい、と小突く。なんだか哀れだな。
「あれ? そういえばここ下駄箱?」
今さら気づいたけれど、雨の道を歩いてはずが学校の下駄箱の前にぼくはいるのだった。さらにいえば雨も降ってない。
「なぁ、テメェまたカビキラーしてやろうか? え?」
「いやぁぁぁ、消滅しちゃうぅぅ」
するのか、カビキラーで。
「嫌ならあんパン買ってきな。こし餡な、こし餡。ほら、早くいきなよ。走れ?」
妖怪あいアイ傘は駆け足で、黒髪を棚引かせながらコンビニへの角を曲がっていった……いや、マジ妖怪? 香椎先輩、妖怪をパシらせてるじゃないか。いや、それより……
「ぼく、女なんだけどね」
「あ、そういやそうだ。もう学ランやめたら?」
「スカート嫌いなんですよ」
ぼくは素っ気なく答えた。早く言ってたらやめてくれたのだろうか。因みにコンビニのあんパンが売り切れていたようで、買ってきたクリームぱんを口に捻じ込まれる妖怪の図をこの後、見ることになるのだった。
皆さん、梅雨どきには妖怪あいアイ傘にご注意ください。
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