火蓋が切られた
あんまりいい気がしない俺をよそに、びいは真っ直ぐに長屋門へ向かった。
富士山本宮浅間大社のお膝元、富士宮商店街を後にし、強い日差しもものともしない足取りで、あっという間に着いた。ゲンキンなものだ。
ゆっくりとはためく長屋門の垂れ幕の下をくぐると、左手に座敷の入り口、そこに一人のスラリとした青年が黒っぽい作務衣姿で立っていた。
「綺麗……」
青年はびいを見て、思わず声を漏らした。びいは「はじめまして」と名乗った。
むすっと後ろにいる俺に気付いたのか、青年は狼狽しながら「こちらへどうぞ」と言い、俺達は火縄銃の並ぶ座敷に通された。
縁側からは美しい庭が見え、すぐ隣に併設されている建物が見えたが、まるでいつの時代かわからない。戦国武将の掛け軸、火縄銃の弾を持ち運んだ弾薬入れ、鉄砲動乱が床間に飾られ、雛壇になった部屋の左隣には、たくさんの火縄銃が飾られていた。
俺は何となく心の中で「雑兵……」と呟いた。あいつはそこまで位の高かった奴じゃない。気に入らないというわけじゃないが、戦記の人に比べれば、あまり俺達と深い関わりがあったというわけじゃないだろう。
びいがどうしても来たいと言ったから。
講義のようなお話を一同、聞いた後に一人一人、火縄銃を触ってもいいということになった。ふと、この話はしたかどうか忘れたが、ワクチン反対の街宣活動に少しだけ関わっていた時のことを思い出した。
怖いと言われたこと。
俺達は伊達に海外生活を長く送っていたわけじゃないからな。海外で実弾射撃の経験は残念ながらなかったが。俺は嫌な予感しかしなかった。
一番重いと言われる火縄銃がどれだけ重いのか、試しに持ってもらう順番が回ってきた。皆、重くて支えなしではふらつきそうな中を、浴衣姿のびいが軽々とぴたりと照準を合わせて構えた。
「引き金に指をかけないで!」
青年は慌てて言った。びいは「重いですね……」とにこやかにスッと銃を肩から外した。にこにこしているびいをよそに、俺は思わず苦虫を噛み潰した。
小物を相手にすんなよ。
俺は心の中でそう呟きながら、集合写真に収まった。びいは長髪を後ろで一つくくりにした黒いTシャツの若者と話している。たまたま会場設営の備品の制作をした木の作家さんと覗きにきたらしかった。にわかカメラマンとして、集合写真のシャッターを切ったのはその若者だった。
びいは木の作家さんともどんなふうに製作したのか、何の木が使われたのか話をしていたが、3人でこの後、富士山本宮浅間大社にお参りをしようと勝手に話をつけてしまった。居合という共通の話題を見つけたびいはとても機嫌が良く、人の良さそうなその二人にびいを任せることにし、俺は黙ってさっさと会場を後にした。
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