第350話 降霊の朝


 朝まで。朝まで、あの子と話していたから。いや、俺一人が話してた。


そして朝になって。



 俺はちょっとだけ寝たが、眠くなかった。


 話しながら、あまりにも泣いて、それからぼんやりしていた。泣いたというのもわからないくらいに、自然だったから。



 明るい日差しの中、こんな日差しの中で彼女と会うことはなかったと思い、庭に出た。それから、本当に彼女がいると確信したから、話し続けた。


 庭のコデマリが派手な音を立てて倒れた。


俺があまりにあの子に執着をするから、ダメ、と彼女はそういう……そういう意味だった。


俺は無理矢理にこの世とあの世を地続きにしようと……そうするから。


それはダメ、と。

 

 あの子が珍しく、ダメだと言った。


 現実を見て、と。現実を見なさい。


 俺は、もうちょっと話す時間が欲しい、と泣いた。朝からそうやってずっと、ビデオカメラに向かって話し、Bが心配している。


「泣くなよ……ちっちゃいちゃん」


 俺が河沿いを歩かせてくれ、5分でいいから、と言った時も、クリーニングを取ってきたBは、静かに車の中で俺を待っていた。


 俺は河を見ながら、あの子と話したが、あの子はいつもいつも、私のことばかり考えてはダメ、と言った。


 四月だから……四月のうちは……


 俺は食い下がった。


一度しか夢に出てきてくれなかった。


ずっとこうやって話したかったんだ。


 俺は必死で訴えた。


 現実にしっかり生きて……逃げちゃダメ。


 あの子ははっきりそう言った。そんなこと言うの、本当に初めてなくらいだった。



 俺が泣いているから、犬の散歩の人が通りにくそうに心配し、それから目立たないように立ち去って行った。


 なぜ。この国を見せたかったんだ。長い間。綺麗な国だろ?


もしも生きていたなら……きっと俺がこの国にいるのを喜ぶよな?



 俺はキラキラした川面に向かって、そう言った。独り言にしては大きいから、散歩の人が俺を怖がっているのがわかる。


 彼女は、わざわざ、本格的なレストランでアルバイトしていた。ウェイトレスなんて、彼女に似合わないのに。


 ワインや、メニュー、テーブルマナー。


 本場の、本場の料理のことを知りたい、と言って。


 彼女は何でも、本物が好きな人だったから。

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